第九話:暴走する星
契約は、「暴走」という形で履行された。
陸の最後の叫びを合図にしたかのように、右腕に埋め込まれたスキルチップが、その本性を現す。
それは、もはや単なる光の明滅ではなかった。
青白い稲妻がチップを中心に迸り、陸の皮膚の下を、まるで生き物のように駆け巡ったのだ。
「ぐ……ああ……あああああっ!」
声にならない絶叫が、再び陸の喉を裂く。
今度の感覚は、先ほどの拒絶反応とは次元が違っていた。
全身の神経細胞一本一本が、未知のエネルギーに乗っ取られ、強制的に書き換えられていくような冒涜的な侵食。
体中の血液が沸騰し、骨が内側から軋むような、絶対的な激痛。
見ると、右腕の皮膚の上に、光で描かれた幾何学模様がタトゥーのように浮かび上がっていた。
それはチップから肘、肩へと伸び、やがて全身へと広がっていく。
まるで、青白い光の回路が「空星陸」という人間を、新たな器として作り変えているかのようだった。
彼の意思とはまったく無関係に、その膨大なエネルギーは行き場を求めて暴れ回る。
陸の身体から、青白いオーラのような光が立ち上り、周囲の空気をびりびりと震わせた。
地面の小石が、カタカタと音を立てて浮かび上がる。
「な、なんだ、ありゃあ!?」
「ひっ……!」
包囲していたスカベンジャーたちは、恐怖に顔を引きつらせ、後ずさった。
卑しい欲望は、理解不能な現象を前にした純粋な恐怖へと塗り替えられていく。
彼らがこれまで経験してきたどんな暴力とも、どんなスキルとも、目の前の現象は明らかに異質だった。
陸自身にも、何が起きているのか分からない。
ただ、自分の身体が、もはや自分のものではなくなっていく――その確かな感覚だけがあった。
制御不能。
巨大な力の奔流に木の葉のように翻弄される、ちっぽけな意識。
それが、今の彼だった。
やがて、エネルギーの暴走は臨界点に達する。
陸の身体を中心に、周囲の空間が、ぐにゃり、と陽炎のように歪み始めたのだ。
瓦礫の山が、背景の空が、そして驚愕の表情で立ち尽くすスカベンジャーたちの姿が。
まるで水面に落とした絵の具のように、溶け合い、混じり合っていく。
(死ぬ)
そう、直感した。
だがその感覚は、これまで感じてきた死の恐怖とはどこか違っていた。
それは殴り殺されるような物理的な終焉ではない。
もっと根源的な、存在そのものがこの次元から消滅してしまうような、静かで、絶対的な喪失感。
助かる、という感覚とも違う。
これは、どこかへ「行く」のだ。
自分の意思とは関係なく、この暴走した力が、自分をどこか――まったく別の場所へと運ぼうとしている。
陸の身体が、ゆっくりと宙に浮き上がる。
彼の指先から、身体が青白い光の粒子となって、さらさらと崩れ始めていた。
ブレザーの袖が、肌が、肉が、骨が。
その構造を失い、純粋なエネルギーの集合体へと分解されていく。
痛みは、もはや感じなかった。
ただ意識だけが、急速に希薄になっていく。
最後に見たのは、恐怖と驚愕に歪んだスカベンジャーたちの顔だった。
彼らの目に映る自分の姿は、もはや人間の形を留めてはいなかっただろう。
ただの、青白い人型の光。
そして次の瞬間。
ぱん、と、静かにシャボン玉が弾けるような音を最後に。
空星陸という存在は、その場所から跡形もなく完全に消失していた。
後には、呆然と立ち尽くすスカベンジャーたちと、三つの死体。
そして、地面にわずかに残された青白い光の残滓だけが。
まるで何もかもが幻だったかのように、静かに揺らめいていた。




