表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コズミック・ドリフター  作者: naomikoryo
始まりの墓標(廃墟ユートピア "ウロボロス")

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/12

第三話:生への執着

二日が経過した。

あるいは、三日だったかもしれない。

空を支配する三つの月は、それぞれ異なる周期で満ち欠けを繰り返し、地球のそれとは比較にならないほど複雑に、この星の昼と夜を演出していた。

だが、陸にとって、そんな天体の運行はどうでもいいことだった。

彼の内なる時計は、もっと原始的で、切実なリズムを刻み始めていたからだ。


ぎゅるるる、と腹の虫が悲鳴のような音を立てた。

もう何時間そうしているだろう。

胃が、その存在を主張するように、内側から激しく痙攣する。

最後に固形物を口にしたのは、いつだったか。

学校帰りに友人たちと食べた、コンビニの肉まん。

あの湯気の向こうに見えた、友人のくだらない笑顔。

そんな、あまりにも平和な光景が、今はもう手の届かない銀河の彼方の出来事のように思えた。


飢えだけではない。

喉が焼け付くように渇いていた。

唇はひび割れ、舌は乾いて口内に張り付いている。

唾を飲み込むことすら億劫だった。

思考は霧がかかったように鈍化し、複雑なことを考えようとすると、すぐに意識が散漫になる。


「みず……」


かすれた声が、自分でも驚くほど弱々しく響いた。

生存本能。

教科書で習っただけの、その言葉の意味を、陸は今、全身で理解していた。

彼の思考を支配しているのは、ただ一つ。

「水」と「食料」を求める、動物的な渇望だけだった。

昨日まで空星陸という人間を形成していた、悩み、喜び、見栄、羞恥心といった複雑な感情は、生命維持という絶対的な命令の前では、あまりにも脆く、色褪せていた。


彼は獣のように四つん這いになり、地面を嗅ぎまわった。

匂いを頼りに、湿り気のある場所を探す。

やがて、巨大な貯水タンクだったものの残骸の下で、地面が黒く湿っているのを見つけた。

瓦礫の隙間から、ごく少量ずつ液体が染み出している。


陸は、その液体に顔を近づけた。

鼻を突く、オイルとカビが混じったような強烈な悪臭。

液体の表面には虹色の油膜が浮かび、得体のしれない浮遊物が漂っている。

これを、飲むのか。


脳裏に、衛生、細菌、病気といった言葉が浮かび、警鐘を鳴らす。

だが、喉の渇きは、そんな理性的な判断を嘲笑うかのように、彼の喉を締め上げた。


陸は意を決し、地面に滲んだその液体に、直接口をつけた。

舌に広がる、鉄錆の味と、油のぬるりとした感触。

言葉にできないほどの不味さに、吐き気がこみ上げてくる。

しかし彼はそれを必死にこらえ、飲み下した。

水分が、乾ききった喉を潤していく。

その、ほんのわずかな快感が、屈辱と嫌悪感を上回った。


一度飲んでしまえば、もうためらいはなかった。

彼は犬のように、夢中で地面の汚水をすすった。

もう、自分が人間であるとか、高校生であるとか、そんなことはどうでもよかった。

ただ、生きるために。

この一秒先の渇きを癒すために。


その時だった。

視線の先で、この星の住人の一人が、何かを捕らえているのが見えた。

トカゲのようにも、ネズミのようにも見える、六本足の小動物。

住人はその生物を無造作に掴むと、石で頭を砕き、手慣れた様子で皮を剥ぎ始めた。

そして、まだ痙攣している赤黒い肉の塊に、かじりついたのだ。

滴る血を美味そうにすするその姿を見て、陸は先ほど飲んだ汚水とは別の理由で、再び吐き気をもよおした。


あれが、この世界での「食事」なのか。

あれをしなければ、ここで生きることはできないのか。


昨日までの自分が当たり前に享受していたものが、ここでは命懸けで手に入れなければならないものなのだと、彼は改めて思い知らされた。

蛇口をひねれば、無色透明の水が無限に出てくる奇跡。

冷蔵庫を開ければ、安全で、調理された食料が手に入る奇跡。

その奇跡の上に成り立っていた、空星陸という存在。


汚水をすすり、満たされない空腹を抱えながら、陸はぼんやりと空を見上げた。

三つの月が、静かに彼を見下ろしている。

プライドも、羞恥心も、生存本能の前では塵芥に等しい。

それを彼は、この数日間で骨の髄まで叩き込まれた。


だが心の奥底で、まだ何かが最後の抵抗を試みていた。

あれだけは、嫌だ。

あの獣のような食事だけは。

それは人間としての、あるいは空星陸という個人としての、最後の砦のようなものだったのかもしれない。


しかしその砦もまた、無慈悲な時間と飢えの前では、いずれ崩れ去る砂上の楼閣でしかないことを、彼は予感していた。

胃の痙攣が、また一段と激しくなる。

陸はうずくまり、腹を抱えた。

その目は、先ほど住人が小動物を捕らえた茂みを、無意識のうちに、じっと見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ