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コズミック・ドリフター①始まりの墓標(廃墟ユートピア "ウロボロス")  作者: naomikoryo


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第十二話:最初の取引

少女に言われるがまま、陸は薄暗い路地裏をさらに奥へと進んでいった。

行き止まりかと思われた壁の一部に、少女が何かの装置を触れる。

すると、壁は音もなく横にスライドして開いた。

隠し扉だった。

中からは、無数の機械が発する電子音と、冷却ファンの低い唸りが漏れ出してくる。


「入れ。いつまでも、そんなボロを着て突っ立ってるな」


少女に促され、陸はおそるおそる中へ足を踏み入れた。


そこは小さな部屋だった。

だが壁という壁が、床から天井まで夥しい数のモニターとサーバーラックで埋め尽くされている。

モニターには意味不明な文字列や、どこかの監視カメラの映像、星図のようなものが目まぐるしく表示されていた。

床にはデータディスクらしきものが無造作に山積みになっている。

部屋の中央に置かれたコンソールの周りだけが、かろうじて人の生活スペースを確保していた。

まるで秘密基地か、あるいはハッカーの隠れ家のようだ。


「……ここ、は」

「私の仕事場だ。見ての通り、しがない情報屋だよ」


少女――リラ・アステル。

彼女は後にそう名乗ることになる。

リラはそう言ってコンソールの椅子に腰掛けると、陸の方へ向き直った。

紫紺の瞳が、改めて陸の右腕を射抜く。


「さて、本題だ。その腕、見せてみろ」


有無を言わせぬ口調だった。

陸はまだ状況が飲み込めないまま、しかし彼女の瞳の力に逆らえず、言われるがまま汚れたブレザーの袖をまくり上げた。

自らつけた傷は、もうほとんど塞がっている。

ただそこには、黒曜石の紋様のような痣――スキルチップ――が不気味に浮かび上がっていた。


リラは椅子から立ち上がると、陸の腕を掴み、その痣を仔細に観察し始めた。

その指先は、見た目に反して驚くほど冷たい。


「……間違いない。埋め込み直後の生体との癒着反応。それに、このエネルギーの残滓。やはり『惑星渡り(アステリア・ホッピング)』か」


「惑星……渡り……?」


陸は老人の最期の言葉を思い出す。

そして、自らの脳裏に流れ込んできた、あのビジョンを。


「そうだ。数あるスキルチップの中でも、特に希少とされる超長距離空間跳躍系スキル。文字通り、星から星へ、自分の身体ひとつで渡ることができる。……もっとも、制御が極めて困難な暴れ馬でもあるがな。さっきの光の漏れ方からして、あんた、まだ一度もまともに制御できてないだろ」


リラはすべてを見透かしたように、淡々と告げた。

彼女はこのチップのことを、あまりにもよく知っている。


「……なんで、あんたがそんなことを……」

「言っただろ。情報屋だと。私は、あんたが考えているよりも多くのことを知っている」


リラは陸の腕を離し、再び椅子に腰掛けた。

脚を組むと、まっすぐに陸を見据える。


「で、だ。異邦人さん。あんた、これからどうするつもりだ? その様子だと一文無し。この世界についての知識もゼロ。おまけに懐には、闇市場じゃ国家予算並みの値がつく超希少なスキルチップ。あんたみたいなカモは、一日もすれば腕ごとチップを剥ぎ取られて、路地裏で死体になってるのがオチだ」


言葉はナイフのように冷たく、そして的確に真実を突いていた。

陸はぐっと唇を噛みしめた。

反論の余地が、まったくない。


「……じゃあ、どうしろって言うんだ」

「取引をしよう、と言っているんだ」


リラの紫紺の瞳が、わずかに細められる。

その奥に、初めて鋭い打算の光が宿った。


「あんたは、その『惑星渡り』の力を私に貸せ。私の『足』として、私の行きたい場所に私を運べ」

「……見返りは?」


「三つだ」


リラは細い指を一本ずつ立てていく。


「一つ。あんたに、この世界で生き抜くための最低限の知識と衣食住を保証してやる」

「二つ。その暴れ馬の制御方法を教えてやる。今のままじゃ、次に暴走したら今度こそ宇宙の塵だ」


そして彼女は三本目の指を立てると、悪魔のような笑みを人形めいた顔に浮かべた。


「三つ。あんたが血眼になって探してるであろう故郷――『地球』とか言ったか?――その情報を、私の持つ情報網を駆使して全力で探してやる」


地球。

その言葉を聞いた瞬間、陸の心臓が大きく跳ねた。

目の前の少女は、自分にとって唯一の、そして最後の希望の糸になりうる。


しかし、その瞳は胡散臭かった。

言葉のすべてが、計算され尽くした甘い罠のように聞こえる。

彼女は俺を利用したいだけだ。

それは火を見るより明らかだった。


だが、今の自分に他の選択肢があるのか。

この申し出を断ってこの部屋を出ていけば、彼女の言った通り、明日には物言わぬ死体になっているだろう。


不信感。

警戒心。

それでも陸の心の天秤は、ゆっくりと、しかし確実に一つの方向へ傾いていった。

生きるために。

そして何より、あの日常に帰るために。


「……分かった」


陸は乾いた唇を舐め、決意の言葉を口にした。


「乗ってやるよ、その取引」


その言葉を聞いて、リラは満足そうに深く頷いた。


「交渉成立だな。歓迎するよ、私の新しい『相棒』」


差し出された、白く冷たい手。

陸はその手を、強く握り返した。

それは悪魔と交わした、魂の契約。

こうして、故郷を求める一人の異邦人と、真実を求める一人の情報屋の、奇妙で歪な旅が、今、幕を開けた。

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