表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コズミック・ドリフター 【♪毎日 お昼12時更新予定♪】  作者: naomikoryo
始まりの墓標(廃墟ユートピア "ウロボロス")

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

第一話:鉄と瓦礫の空

意識は、澱んだ水の底からゆっくりと浮上するように、現実の輪郭を取り戻していった。


最初に感じたのは、匂いだった。

鼻腔を刺す、むせ返るようなオイルの匂い。

それから、雨に打たれた古い鉄の匂い。

空星陸そらぼしりくの眉間に、かすかな皺が刻まれる。

この不快な嗅覚情報だけで、自分が今、いつものベッドの上にいないことだけは確かだった。


次に、音。

キィ、と周期的に鳴る金属の軋み。

遠くで、何かが崩れ落ちるような低い地響き。

風が何かの隙間を通り抜ける、甲高い風切り音。

どれもが彼の日常には存在しない、異質な音の断片だった。


重い瞼をこじ開ける。

視界に飛び込んできたのは、見慣れた自室の白い天井ではなかった。

赤茶けた錆に覆われた、巨大な鉄の天井。

無数の配管が血管のように走り、そこかしこから正体不明の液体が滴り落ちていた。


「……っつ」


脳の奥で、鈍い痛みが脈打つ。

まるで、ひどい乗り物酔いの後に似た浮遊感の残滓が、三半規管をかき乱していた。

陸はゆっくりと上半身を起こす。

背中に触れる地面は、コンクリートのように硬く、冷たかった。


自分が倒れていたのは、巨大な建造物の内部らしかった。

見渡す限り、そこは文明の墓場とでも言うべき場所だった。

足元には用途の分からない機械の部品や、砕けたコンクリートの塊が散乱している。

少し離れた場所には、小山のようになった鉄屑の山。

その頂からは、まるで朽ちた巨人の背骨のように、歪んだ鉄骨が突き出ていた。


何が起きた?


陸は記憶の糸をたぐり寄せようとする。

そうだ。

俺は学校の帰りだった。

友人の中西と馬鹿話をしながら、いつもの商店街を歩いていた。

夕日が目に染みて、カラスの鳴き声がやけにうるさい。

そんなありふれた放課後。

そこから、どうしてこんな場所に?


誘拐か?

だとしたら、あまりにも規模が大きすぎる。

手の込んだドッキリにしては、悪趣味が過ぎるだろう。

思考は空回りし、答えは見つからない。

ただ、胸騒ぎだけが警報のように鳴り響いていた。


ふらつく足取りで、陸は壁の崩れた場所から外へと踏み出した。

そして、息を呑んだ。


空が、見たこともない色をしていた。

紫と深い藍を混ぜ合わせたような、不気味なまでに美しいグラデーション。

そして、その空には、ありえないものが浮かんでいた。


巨大なガスの惑星。

その周囲には、土星の輪のようなリングが淡い光を放ちながら、ゆっくりと回転している。

それだけではない。

空のあちこちに、三つの月が浮かんでいた。

一つはクレーターだらけの無骨な岩塊。

一つは氷に覆われているのか、青白く輝いている。

最後の一つは歪に欠けた、不吉な三日月。


この光景を前にして、陸の心の中で、かろうじて現実と繋ぎ止めていた最後の糸が、ぷつりと切れた。


夢じゃない。


ここがどこかなんて分からない。

けれど、一つだけ確かなことがある。

ここは、俺の知っている世界じゃない。


見渡す限りの地平線まで、鉄と瓦礫の山が続いていた。

天を突くようにそびえ立っていたであろう巨大な塔は、半ばから無残にへし折れ、その断面を空に晒している。

文明が一度死に絶え、その骸だけが残されたかのような荒涼とした風景。


陸は自分の服装に目を落とした。

見慣れた、高校のブレザーとスラックス。

革靴。

この世界の、錆びと退廃の色に染まった風景の中で、彼の姿だけがあまりにも場違いだった。

まるで精巧なジオラマの中に、一つだけ間違って置かれたプラスチックの人形。

強烈な違和感と、自分がこの世界における完全な異物であるという事実が、ナイフのように彼の心を抉った。


「帰らなきゃ……」


誰に言うでもなく、乾いた唇から言葉がこぼれ落ちた。

それは祈りであり、悲鳴であり、そして、これから始まる果てしない絶望の、ほんの始まりに過ぎなかった。


風が折れた塔の隙間を吹き抜け、まるで死んだ世界の嗚咽のような音を立てていた。

三つの月が、たった一人で立ち尽くす異邦人を無感情に見下ろしている。

陸は、自分が途方もなく広大な孤独の海に、たった一人で投げ出されてしまったことを、全身で理解していた。

心臓が恐怖で氷のように冷たくなっていくのを感じた。

これからどうなるのか、どうすればいいのか、何も分からない。

ただ、終わりのない灰色の世界が、彼の目の前に広がっているだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ