1話 5節
ロギンナはカエデに対し語りだした。
「まず、陛下でございますが、
陛下は幼少期より命を狙われた事が何度もあり、
自身の死というものに対しての考え方がシビアでございます。
要は、自分はいつ死ぬかわからない。
と考えていらっしゃいます。」
「いや、それは誰もが考えている事じゃないか?」
「では、カエデさま。
皇后である貴方がもし今亡くなったとします。
亡くなった後の事について何か考えていらっしゃいますか?」
ロギンナの問いにカエデは動きを止めた。
少し考えて、答えを絞り出す。
「私が亡くなっても、別に何かあるって言うわけではないだろう。
せいぜい、国葬が行われるぐらいか?
私としてはそんなものはやって欲しくないんだが。」
「いえ、考えなければならない事は多いのです。
例えば、お世継ぎ。
お世継ぎを産まないまま、カエデさまが亡くなってしまえば、
お世継ぎ問題が発生してしまいます。
幸い陛下はまだお若いため、再婚が可能でございますが、
仮に皇后さまが突然亡くなった時の事を考えると、
存命中に再婚相手などを手配しておくのが正しいでしょう。」
「あはは。ちょっと待ってくれ。
自分の夫の再婚相手を用意するとか、馬鹿な話はないだろう?
私が死ななければ、その再婚予定相手はどうなるのか?
ずっと未婚のままでいろと言うのか?
馬鹿げた話だと思うが?」
ロギンナはカエデの反論に笑った。
「そこです。
普通の人はそこまで考えない。
可能性でしかないものを、考えても無意味だからです。
ですが、陛下はそこまで考えていらっしゃる。」
「考えてる?
それじゃあまるで、自分が死んだ後の事まで想定していると
言うのか?ウルは?
それで、私が選ばれたと?」
「ええ。
帝位継承権は、カエデさま、セリア姫、アトロ王でございますが、
セリア姫、アトロ殿下は揺るがないものとして、
皇后は選択できるものでございます。
自身亡き後、セリア姫やアトロ殿下と対立する事がない。
というのが、皇后の最低条件でございました。
また、セリア姫やアトロ殿下から見て、不満がある人であってもなりません。」
「はははは。
夫人、私はセリが何を考えているかわからないところがあるし、
アトロ王に関しては、父上を殺したも同然の立場だ。
今、ウルが亡くなったら、その二人を抑える事も出来ないだろうし、
その二人と対立する気なんて起きないよ。」
「軍を率いて、お二人とケンカする事はないという事が肝要なのです。
カエデさまは私の見立てでは、例えばアトロ殿下が
帝位を主張すれば、大人しく身を引く方だと存じております。」
「当たり前だ。
ウルを支えるために、皇后になったのだ。
肝心のウルが皇帝でなくなったのであれば、
私はどっかに隠居するよ。
次期皇帝など真っ平ゴメンだね。」
この言葉は嘘ではない。
貴族を毛嫌いしてきた宇宙海賊出身の女性である。
皇族はおろか、貴族になりたいなどどいう願望の欠片もなかった。
「ですが、ワルクワのカーナ姫が皇后であったならどうでしょう?」
「そりゃあ実家のワルクワがちょっかいかけ・・・・・・。
ああ、なるほど。
それは困る。」
カエデは政治に詳しい人間ではなかったが、
ロギンナが言わんとした事を理解した。
ウルスとワルクワ王国の同盟は、
ウルスがメイザー公爵に勝つための必須条件である。
だが、それは盤石な同盟でなくても良かった。
後方の憂いを無くすために、ただの不可侵条約でも良かったのだ。
更に言えば、ウルスとメイザーとの戦いに
ワルクワは援軍を出したかった。
何故なら、ウルスが負けてしまえば、
メイザー治めるスノートールと同盟しているガイアントレイブの
2国とワルクワは対立する事になる。
その場合、国力差はスノートール・ガイアントレイブ6に対し、
ワルクワは4。
ワルクワにとって、ウルスの敗北は対岸の火事ではなかったのである。
ワルクワの援軍が必要だったのは、他でもないワルクワ自身であり、
ウルスとの同盟が成立しようが、成立しまいが、
ウルスに負けてもらう訳にはいかなかった。
従って、ウルスとカーナ姫の政略結婚という一手がなくとも、
スノートールとワルクワの同盟は締結されるし、
ワルクワはウルスに対し、援軍を出さざるを得なかったのだ。
対して、カーナ姫と政略結婚が成立した際のデメリットは大きい。
前述したセリア姫とアトロ王との関係である。
カーナ姫は大国ワルクワのお姫様である。
もしウルスがなんらかの病気などで早世してしまった場合、
スノートール王国はどうなるのか?
考えれば誰でもわかる事だった。
少なくとも、セリア姫やアトロ王が平穏にカーナ姫とスノートールという国を
治めてくれる保障などどこにもないのである。
むしろ可能性的には、ウルスが居なくなった途端に
ワルクワの後ろ盾を以って、セリアやアトロを排除する動きが加速するほうが
確率は高いように感じられる。
メイザー公爵との内乱を確実に勝利するために、
スノートールは再び内乱の時代に突入する火種を抱えるという事である。
果たしてそれは「勝利」と言えるのか?
カエデの反応にロギンナは満足そうである。
「そうです。
内戦を勝利するために、再び内戦が起こるような状況を作る。
つまり、メイザー公爵に勝利するために、
カーナ姫という別の内戦の要因に成りかねない人物を国内に招く。
という選択肢は、陛下には『ない』というのが
セリア姫のお言葉でした。」
「だがそれも、3国の外交関係、
戦力差などを十分に吟味した上で判断しなければならない。
確かにあの時点で、ウルスとワルクワの同盟が成立しないわけがない。
だが、その同盟は固い同盟であるのであれば、
それに越したことはなく、
政略結婚を拒否する選択肢はないと思っていたが・・・・・・。
なるほど。
ウルスはセリのみならず、元々アトロ王も助命する気でいたのだな。
確かに二人の事を考えれば、ワルクワとの政略結婚は邪魔だ。
しかも同盟交渉を行っていた時期は、セリはまだアトロ王の元におり、
二人の結婚話も出ていた時期だ。
セリだけを助けようと考えていても、カーナ姫はバグになる。
というわけか・・・・・・。」
「はい。
そしてここで重要なのは、
陛下は、セリア姫やアトロ王の事を考えて
政略結婚を拒否したのではなく、
スノートールの国民の事を考えた決断だったという事です。
内戦になれば、疲弊するのは国民です。
ましてや、陛下はメイザー公との内戦を短期決戦で
収束させるつもりでおりました。
その判断も、内戦の長期化は国民への負担になることを
鑑みての判断。
ですから戦線を収縮し、短期決戦を挑んだのです。
陛下は一切ぶれてはおりませんわ。」
「いやいやいやいや。待ってくれ。
カーナ姫を妻に迎えるという事は、
アトロ殿下とセリを排除しなけれなならない。と。
二人とも国民の人気は下手したらウル以上だ。
例えウルが存命中でも、そんな事をしてみろ、
国が割れるぞ。
メイア王妃が自決した事で、国民はメイザー公爵を見限った。
セリを排除でもしようもんなら、それこそウルの首が飛ぶ!
そこまで考えなければならないのか?
外交とは・・・・・・いや、政治とは・・・・・・。
無理だぞ。私には。
無理だ。
そうだ。ウルに直訴して、この結婚はなかった事にしてもらおう。
私では皇后など務まらない!!!
無理だ!!!」
本気か冗談かわからないほどの狼狽え振りを見せるカエデを見て
ロギンナは笑った。
彼女には、まだ隠し玉が残っているからである。




