1話 3節
この皇后裁判と呼ばれる特異な儀式は
皇后カエデが罪人を裁くといった風変わりなものであったが、
ある程度の決まり事はある。
カエデはまず、それをショコバン伯爵に説明せねばならなかった。
「伯爵。
先の内戦で貴族連合は陛下に対し反逆を企てた。
王族や貴族は、政治に関わるという特権を持つが
その私財、財産には制限を付けるという
国の方針があるにも関わらず、貴族連合の暴走を招いた事を
陛下は重く捉えていらっしゃる。
従って、陛下は現貴族の爵位を全て取り上げ、
その資産も全て没収するとお決めになられた。
それはショコバン伯爵家も例外ではない。
だが、安心したまえ、
全ての貴族の爵位の没収であり、
ジャコバン伯爵家のみを断絶させるのではない。
制度が変わるのだ。
ショコバン伯爵家に汚名が付くわけではないよ。」
「なんとっ!
全ての貴族を!!」
ジャコバンは大げさに驚いてみせたが、演技には見えなかった。
彼の驚愕も当たり前と言える。
内戦前のスノートールの3分の1は貴族領だったのだ。
その全てを没収するというのは、やりすぎているように思えたのである。
特に貴族は王国の治安と秩序を維持してきた自負がある。
それを解体するというのは横暴に思えたのだ。
ただ、先の内戦でウルスは勝利した。
それはつまり3分の1の勢力に対し既に勝利したという事でもある。
ジャコバンは、没収という決定では、
内戦が再度勃発する事を恐れたのだが、
実のところ、貴族側をまとめるようなリーダーシップを持った人物は
今のところ見当たらない。
それほど先の内戦でウルスと敵対した
メイザー公爵が一人抜きんでていたのである。
メイザー亡きあと、その後を継げるのは息子のアトロしかいなかったが、
アトロはウルスに忠誠を誓っており、
此度の貴族連合の解体も承知の上であろう。
だが、ジャコバンはそこまで洞察する事は出来なかった。
「皇后さま。
恐れながらスノートールに於いて、
貴族連合の力は侮りがたしでございます。
ここで貴族の爵位を取り上げるなどという決定をしましたならば、
折角の国内の安定も、再び崩れかねません。
どうか、陛下にご再考の進言を。」
「心配は無用だ伯爵。
伯爵が反対分子を率いて、旗揚げするのであれば話は別であるが、
それならそれで構わぬよ?
帰郷して軍をまとめ上げればいい。」
「ご冗談を!
圧倒的不利と思われた先の内戦で、
見事勝利したウルス陛下に戦いを挑む命知らずが
いるとは思えませぬ。」
「そういう事だよ。伯爵。」
「ッ!!!」
カエデの言葉にショコバンは言葉を失った。
ジャコバンはガクッとうなだれる。
今や皇帝ウルスに対して、ケンカを売るような貴族は皆無であろう。
それほど、メイザー公爵抜きの貴族連合は烏合の衆だったのである。
カエデは少し間を置いて、話を続けた。
「選択肢としては二つある。
爵位を返上した場合、財産の没収はあるが、
当面の生活費などは帝国が工面しよう。
贅沢は出来ぬが、今の生活レベルを維持するぐらいにはね。
もう一つは爵位を残すために、スノートール王国、
アトロ王の下に行くことだ。
王国の領地はかなり狭くなるため、伯爵領は1惑星の1地方などに
なると思うが、そこで静かに暮らすのであれば
爵位の存続を許す。
アトロ王の了解はとっている。
実を取るか?名を取るか?だ。」
「そんな、名前だけの貴族に何の意味がありましょう?」
ジャコバンの台詞にカエデの眼光が光る!
「黙れ!!
そもそもスノートールは民主王政にて、
政治の専門家としての貴族があり、
議会に貴族院として参加できる特権がある代わりに、
固有資産の所有は認められていなかった。
それなのにも関わらず、制度を悪用し資産形成に政治特権を利用して
財を成した事が、今回の内戦を引き起こした元凶だ!
質素たるスノートール貴族の矜持を忘れ、
己の欲望のままに権益を望み、
あまつさえ、メイザー公の甘言に乗って
王家に対し反逆した立場で何を言う!
名だけの貴族?
大いに結構!
それがスノートールの貴族制度である。
不服なら爵位を返上し、己の力で財を成すがいい。
スノートールは、個人で財を成す事を禁止してはおらぬ!」
カエデの怒声は、ジャコバンの身体を後ろに押すかの如く
怒鳴られた男は上半身を後方に逸らした。
カエデの台詞は正論である。
確かに現行の制度では、建国時の理念を忘れ
貴族も私有地や会社を持つことが許されていた。
従って、この件でジャコバンが責められる謂れはない。
法には則っていたのだ。
しかし、だからといって建国の理念を知らないわけではない。
法が変わったとて、それを理由に理念に背いていいというわけではない。
黙るジャコバンにカエデは猶予を与えなかった。
「さて伯爵。
私も暇ではない。
どちらにするか決めていただけますかな?」
一転して、柔らかな口調で諭すのだが、
それこそが、逆に恐ろしい。
ジャコバンにもはや、自己の権益を述べる度胸などなかった。
「私の息子は、今エーノーシン国立大学に通っております。
皇后さまもご存じかと思われますが、あそこは
資産家の子女が通う大学にて授業力が高く、
今収入源を断たれますと、息子の学費の工面に苦労してしまいます。
爵位を返上した場合、どの位の生活費を頂けるのでしょうか?」
一気に話が生々しくなった。
伯爵にしてみれば、切実な問題なのであろう。
しかし、カエデが望んでいたのはこういう話である。
貴族のプライドとか、意地とかそんな事ではなく、
リアルの切実な問題を片付ける話がしたかったのだ。
「ロギンナ夫人。
ジャコバン伯爵への配給の予定は?」
カエデはロギンナに話を振った。
もうすでに、ジャコバンの身辺調査は終わっているのだ。
ロギンナは手元の資料を見る。
「はい。
ジャコバン伯爵家には、当面の生活費として
月60万デューセルの配給を計算しております。
伯爵さまは自宅も含め、総資産1億2千万の資産をお持ちですが、
資産価値2千万の所有を認めます。
内訳に関しましては、伯爵様にて決めていただいて構いません。
また、息子クロア様の残りの学費は全て帝国にて支払い、
寮での生活費として配給とは別に10万デューセルを支給致します。
まだ学生の娘さまがあと2名おられますが、
身の上に合った進学をなされれば、お金に困る事はないでしょう。」
「2千万しか手元に残らないのですかっ!?」
あまりにも酷い!という表情でジャコバンは訴えた。
が、カエデはジャコバンを睨みつける。
「伯爵領の住民に、伯爵家の評判をリサーチしたのだ。
悪評などはあまりなかったが、いい評判も聞かなかった。
そなたも、父親も、貴族社会での評価だけに気を取られ、
領民の事を考えた政治を怠っていたのであろ?
息子がエーノーシン国立大学に通っているのであれば、
実力があれば、良い企業に就職できるはずだ。
息子の稼ぎも考えれば、十分すぎるほどである。
これは、敗走する友軍の殿を務め、
見事な討ち死にを遂げたそなたの父に報いた結果だよ。
父に感謝するがいい。」
カエデの言葉に、ジャコバンは再びうなだれた。
もはや何も言い返す気力のない男を見下げ、
カエデは椅子から立ち上がると、
ロギンナに資産の調整をするように命じ、謁見室を後にした。
こうして一人目の皇后裁判は一方的に終了する。
カエデの名は、再び貴族社会に激震を呼び起こしたのであった。




