第二話
この手紙に書くにあたって、私は何度も過去と向き合いました。何故あのような悲劇が起きてしまったのか。何故私は先生のことを愛してしまったのか。その理由を探し求めている内にある事実に気付きました。
それは、私はまだたった十八年しか生きてはいませんが、引力を持つ人間にはまだ二人しか会っていないということです。何もしなくても周囲にいる人間を自然に惹きつける。まるで宇宙を漂っていたちいさな隕石やちりがその引力に引き寄せられていくように人が集まり、気付いた時にはその人物が中心にいる。一般的にクラスのムードメーカーや人気者がそういった部類に入るのかもしれませんが、私はその二人程強い引力を持つ人物にまだ出会ったことがありません。
その内の一人は先生でした。全校生徒五百人の、この辺りではお嬢様学校と謳われる格式高い女子校。それが私たちが通う高校でしたが、先生は教師の中では一際若く、おまけに男性で、目鼻立ちのくっきりとした若手俳優のような顔立ちに私たちは全員目を奪われてしまいました。高校二年の時、新学期初日の、先生が「今日から君たちの担任になりました」と教壇に立ったあの瞬間、教室が揺れるくらいの歓声が起こった事を覚えていらっしゃいますか?休み時間になればいつも先生のことを女子たちが取り囲んだことを覚えてらっしゃいますか?
休日の過ごし方や、彼女の有無、好きなドラマやつけてる香水、女子の好きな服装、などと無数の質問が飛び交い、しまいには先生が好きだと言った香水をつけてくるそんな女の子までいたくらいでした。
ですが、ただ若くてかっこいいというだけでは女の子の心は動かせません。それ以上に先生には素敵な面が沢山ありました。気さくで優しくて、子供のように無邪気な笑みを溢しながらいつも生徒に目線を合わせてくれる。そんな先生の人間性に皆惹かれていたのだと思います。
私たちのいたあのクラスには、先生と同じような引力を持つ人間がもう一人いました。その子の名前は、佐伯穂乃香。彼女は私の一番の友達だったので、これから先は穂乃香と書かせて頂きます。
穂乃香は本当に綺麗な子でした。胸元まで流した指通りの良さそうな綺麗な黒髪に、透明感のある白い肌。それから大きな目に高い鼻梁。身長は168cmもありスタイルが良く、皆がモデルとかやったらいいのに、とふいに口にしてしまう程でした。かわいいだとか綺麗だとか、一般的に女性を褒め称える時に用いる言葉は全て穂乃果の為にあり、彼女自身がそれらの言葉を自らの存在で体現していたように私は感じました。
自分で言うのもなんですが、私の容姿も綺麗な部類に入ると思います。でも、私も含め、あの高校には可愛くて綺麗な子は沢山いましたが、その中でも穂乃香は頭一つ抜きん出ていたように思います。
「ねえ、昨日さ明日美と駅で別れたあと、またナンパされちゃった」
教室の窓から挿し込んだ透明なひかりを身体に浴びながら、机に頬杖をつき穂乃果が私に微笑みかけてきたのは高校二年の五月のことでした。私はその時、「へえ」とか「そうなんだ」とか曖昧な返事を返したのだと思います。すみません、ここら辺に関してはよく覚えていません。というのも、穂乃果が男性を声を掛けられる事などそう珍しいことでは無かったからです。たとえば道すがら、たとえばカラオケやファーストフード店で、穂乃果をみた男性は宇宙を漂う塵のようではなく、文字通り街灯の明かりに群がる気色の悪い蛾のように引き寄せられ、声を掛けてきたのです。穂乃果と付き合うことが目的なのか、あるいはその美しさを自らの網膜にほんの一瞬でも長く取り込みたいのか、それは分かりませんが、私はそんな場面に何度も出くわしました。何故なら、中学一年の時から私は穂乃果の親友で一番の理解者だったからです。
そして穂乃果は、自分が美しいということをこの世界の誰よりも理解していました。