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四人の大学生

 夢村優二は部活動に入らず勉強と農作業の手伝いを続けてきた。高校を卒業すると、京都府南部にある大学に通うことになった。今までいた桐風村から大学まで片道五時間以上はかかるので、近くにある安い一軒家に引っ越しをした。独りで伸び伸びと暮らすのではなく、他の学生と部屋を分かち合うのだ。


 優二は怠けずに毎日登校し勉学に励んでいた。アパートにいる時も時間が有れば本を読んでいた。優二は文学作品よりも警察白書や防衛白書などの行政資料を好んで読んだ。大学近くの本屋では様々な本が売られているし、大学図書館も非常に充実している。


 同居人には一つ歳上の吉田寅次よしだとらじがいた。家事は曜日ごとや時間帯で分担している。寅次もよく読書をしており、英語の科学雑誌を好んで読んでいる。


 澤木とその子分達からは勉学に集中するようにと言われて優二はアルバイトもサークル活動もしていない。けれども寅次は週三回以上も運輸関係のアルバイトをしている。寅次に時間が無い時は優二が掃除や炊事をする。寅次はその度に謝り、時々料理店で料理を奢る。


 優二が二回生になった時には同居人が二人増えた。川口銀慈かわぐちぎんじ番場信自ばんばしんじ。二人も読書家で、時間が有れば銀慈は経済新聞を読み、信自は文学作品を読んでいた。二人もまた、アルバイトをしていたので家事が出来ない時があった。自然と優二が多く家事をするようになり、他の三人はその分、家賃や水道料金や光熱費など、経済的に負担した。洗濯物は各自でやるが、炊事と掃除は優二が一番上手かった。


 四人共、サークル活動に参加しなかった。その分の時間を宿題や読書やアルバイトに費やした。


 四人は普段は無口で酒も飲まず煙草も吸わなかったが、集まって食事する時には身の上話をした。


 信自は和歌山県出身で母子家庭だった。兄がいて家庭を支えているがそれなりに苦労している。母親はスーパーで朝から晩まで働き、兄は信自の面倒をみていた。


 銀慈は兵庫県出身。親に恵まれていたが、在日朝鮮人ということで子どもの頃からイジメを受けたり濡れ衣を着せられたり辛酸な目に遭ってきた。本名は李銀慈リエウンジャ。今はなるべく在日朝鮮人である事を隠しているが、信頼出来る者には告白している。


 寅次は三重県出身。三重県にも部落があって、寅次はそこで生まれ育った。近隣の町村の者からは露骨に疎まれていた。特に年配であればあるほど、避けられていた。


 皆、重い告白をしている。優二もまた少年時代を語った。すると三人は青白い顔をした。優二は無表情で、

「ヤクザは犯罪者だから皆、俺を軽蔑するのか?」

 寅次は悲しい顔をして、

「小学生の時にそんな無茶をさせられて可愛そうだな」

 銀慈は険しい顔で、

「そうだ。あんたじゃなくて父親が悪いだろう」

 信自は困った顔をして、

「よく分からないけれど、良いヤクザに育てられて良かったな」

 優二は微かに笑った。


 夏休みに優二は三人を桐風村に誘った。時給は安いけれど珍しい野菜や山菜が採れるし、気分転換にもなる。澤木達にはシノギの現場だったけれど、作物を農協に通さないだけで直接、消費者に適正価格で売っているだけだった。農薬も化学肥料も無闇に使っているわけではないし、むしろ半端な農家よりも安全な農法を行っている。


 信自は少しひるんだが、銀慈と寅次は誘いに乗った。信自も最後には三人についていくことにした。四人は六人乗りの車で交代で運転しながら桐風村に行った。車の所有者は優二だったが、費用は四人が使うので四人で出し合っていた。


 桐風村の人々は若者が四人も来たので素直に喜んだ。特に澤木は優二に友人が出来た事を嬉しがった。


 四人は歳を取った極道達と一緒に朝から晩まで農作業をした。晴れた日は田畑で、雨の日は倉庫で作業をする。澤木は村中を周りながら的確に指示を出した。


 休みの時は川原で魚を釣ったり泳いだり遊んだ。村の伝統行事も再現して楽しんだ。勉強三昧だった四人には心地良い刺激になった。


 また、四人は軽トラックで作物や加工品を運んで都市部に売り込んだりした。独り暮らしで寂しがっている者を見つけては商品を勧める。京都府だけではなく、その他の近畿地方、東京にも行った。一応、極道の組織なので他の系列の極道を刺激しないように澤木が場所を選んでそこに四人を行かせた。


 四人は丸一ヶ月、桐風村で働いた。三回生の寅次は、

「このままこちらで働こうかな」

 と、呟いた。しかし澤木達は猛反対した。警察による極道への取り締まりが年々厳しくなっている。極道は極道。上の命令とあらば殺人も拒めない。普段、気さくな澤木が真顔で寅次を諭した。しかし寅次は、

「考えさせて下さい」

 寅次は部落出身者として悩みがあった。先輩や同輩が部落出身者である事を理由に就職で差別を受けている話を何度も聞くのだ。部落差別は年々弱まっている報告は有るが、まだまだ根強い。特に結婚での差別は根深い。


 悩む寅次を見て、銀慈も澤木の生き方に興味を持った。在日朝鮮人と言うだけで銀慈も辛酸な目に遭ってきた。信自もまた、極道らしくない澤木達に好奇心を持った。


 四人の学生は岐路に立った。

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