将来の心配
絢子が中学二年生、静子が高校一年生、周自が高校三年生の春。周自が困った顔して、
「父ちゃんと母ちゃんが大学に行けと言ってる」
静子は、
「行った方が良いよ」
周自は右人差し指で首を掻きながら、
「静子は新学校だけど俺はバカ高校だぞ」
絢子は明るい顔で、
「成績が良いなら何とかなるよ」
「だからバカ高校だから当てにならないんだよ」
周自は溜息交じりに言った。静子は、
「私は大学に行くけどね」
三人は勉強の合間に進路について語り合った。三人を見守っている杉林・上原・白川は三人の為に参考書を買ったり三人が気になる場所に連れて行ったりしていた。
三人の子ども達の結束は昔から非常に固い。杉林は、
「三人の仲が良いのは素晴らしいけれど、他の者にも目を向けるのも大事だよ」
絢子は不思議そうに、
「私達、仲間外れなんてしていません」
杉林は、
「学校で仲良くなった友達はいないのかい?」
絢子は俯く。杉林は、
「俺達のせいで友達が出来なかったら本当に申し訳無いな」
「おじさま達のせいではありません」
絢子は否定する。
杉林も上原も白川も訝った。絢子も静子も周自も年頃だ。恋愛の一つや二つを経験してもおかしくはない。親達に反発して友人同士で固まっていてもおかしくない。しかし三人の子ども達は反発せずに勉強したり家事や仕事の手伝いを交互に行っている。子ども達からの普通を大人達である自分が奪っているのではないのか。
ある日、周自が静子と絢子を連れて、杉林達に、
「戦い方を教えて欲しいです」
と、頼んだ。杉林は険しい顔で、
「どうしたんだ、急に」
「自分の身は自分で守りたい」
周自が答えた。傍らにいる静子は無表情で、絢子はやや怯えた顔をしている。杉林は、
「そんな事をさせたくないから俺達が見守っているんだよ」
上原は、
「周自君の気持ちは分からなくはないけれど、静子ちゃんと絢子ちゃんを巻き込むなよ」
「私はむしろ教わりたい」
静子が冷静な声で言った。白川は、
「強くなりたいなら柔道部か空手部に入って鍛えれば良いじゃないか」
「銃や刃物で襲われたらどうすれば?」
静子が尋ねると上原は、
「だから俺達が守るさ」
杉林は不思議そうに、
「誰かに狙われているのか?」
周自は、
「俺達は何時誰に狙われてもおかしくないでしょう」
「だから俺達が何とかするさ。周自君。受験生なのだから、もっと勉強に専念しなきゃ」
杉林が言った。杉林達が拒むので、周自達は引き下がった。
それを聴いた優二は、
「実際、周りに怪しい奴はいたのか?」
「今のところはいません」
杉林が答えた。上原は、
「時々サツが遠くから監視しているようですが」
白川は、
「絢子ちゃんと静子ちゃんは大丈夫ですが、女の子につきまとう変態野郎をたまに見かけます」
優二の顔が険しくなる。白川は、
「念の為、軽く脅しておいてます」
優二は、
「引き続き、頼む」
「「「はい」」」
優二も愉李子も今年で四十四歳になる。一ヶ月に一度ほどだが、未だに性生活は続いている。服を着たまま軽く抱き合ったり口付けするぐらいなら、二人きりの時にしている。
優二は週に一度、桐風村の外に出ては他の組織と交渉したり交流を深めたりしている。その時にホステスやキャバ嬢による接待を受けるが、のめり込むことはなかった。彼女達の話や態度が良ければ愛想良く誉めるが、尻を触ったりも唇を奪ったりもしない。安易な接触は彼女達や店の者達の反感を買うし、相手の組織の心証も悪くする。たまに性産業従事者の女性を強く勧められるが、性交せずに花札の相手をさせるだけだった。
優二は性欲が弱い方ではなかったが、性生活で弱みを握られたくなかった。女と性交して情が移って女の言いなりになるのが嫌だった。また、女を色仕掛けで調教出来るとも思わなかった。
そんな優二を他の極道達は嘲笑したり逆に隙がないと評価したりもした。桐風組の澤木は、
「お前は砂澤一筋なのか?」
「いいえ。そういうわけではありません」
優二は否定した。澤木は、
「わざと他の女を抱いて砂澤を妬かせてみてはどうだ?」
「俺はそんな器用な事は出来ません」
優二は断った。澤木は苦笑いする。優二が他の女を抱いても愉李子はどこ吹く風。新田組の駒として絢子の母として離婚を望まないだろうが、好意や信頼を失くすだけだろう。優二はそう思っている。澤木は真顔で、
「実は川倉組長が砂澤に会わせろと仰っている」
川倉は新田組組長に就任して一年ほど経ったばかりだ。優二は息を飲み、
「何か落ち度が有ったのでしょうか」
「いや、単なる興味のようだ」