娘に罪を告白する
冬の始まり。絢子は十二歳になった。愉李子と優二は誕生日に電子辞書を贈った。国語辞典・古語辞典・漢和辞典・英和和英辞典などが全て搭載されている。ノートパソコンは去年もらっていたし、子ども用携帯電話に不満はなかった。本当はもっと明るい服が欲しかったが、絢子は諦めた。
愉李子は動きやすくて汚れの落ちやすい機能性のある服を好んでは絢子にも買い与えていた。スカートには興味が無く、絢子も愉李子もいつもズボンを履いている。時折、優二が絢子にスカートや可愛気のある上着を買ってやる。桃色の浴衣を与えて着せたこともある。絢子は優二からもらった服の方を好んだ。愉李子からの服は作業着や普段着にしている。
絢子の誕生日から数日後の夕食後。愉李子と優二は片付けをすると、絢子を居間の席に着かせた。食卓は有るがソファや椅子は無く、畳に敷かれた座布団の上に座る。
優二が切り出した、
「オカンの過去、知りたいか?」
絢子は固唾を飲んだ。気にはなっていた。絢子は頷く。愉李子は語りだした。自分がアイヌだった事も、米軍基地に爆弾と毒ガスを仕掛けた事も、それをキッカケに優二と結婚した事も話した。
絢子の顔が蒼白になっていく。父親の優二が極道である事は幼い時から知っていた。しかし、母親の愉李子がテロリストだということは知らなかった。アイヌだった事も驚きだ。
「⋯⋯これからオトンとオカンは暫く留守にする」
愉李子が暗い声で言った。絢子は、
「どこで何をするの?」
優二は目をそらす。愉李子は冷淡な声で、
「敵を始末する」
絢子は全身が冷えていくのを感じた。両親は誰かを殺すのだ。絢子は、
「冗談でしょ!止めてよ!」
「断れないの」
愉李子がいやに落ち着いた声で言った。絢子は震える声で、
「どうしてそんな酷い事をするの?」
「敵もさんざん酷い事をしてきた。私達新田組も被害を受けている」
愉李子が淡々と答える。絢子は、
「悪い奴は警察に任せれば⋯⋯」
「それが出来ないから私達がやるの」
愉李子が言った。絢子は優二に振り向き、
「オトン!止めようよ」
優二は宙を睨んだまま暗い声で、
「殺すだけじゃない。殺されるかもしれない」
ヒッと、絢子は短い悲鳴をあげた。優二は無表情で鍵を差し出しながら、
「オトンもオカンも死んだらオトンの書斎にある机の引出しを開けろ」
絢子は受け取らない。優二は悲しい顔をして、
「辛い思いをさせて悪いが仕方ないんだ」
絢子は泣いた。
絢子は自分の部屋に逃げてベッドの上で大泣きした。両親が誰かを殺す。もしくは殺される。その誰かは本当に悪い輩なのかは知りようもない。
けれども両親を止める事も出来なければ憎む事も出来ない。両親が絢子に暴力を振るったこともなければ怒鳴ったことも殆どない。いつもの両親は穏やかだ。家事も育児もこなしていたのは絢子でも分かる。
三年前も優二が傷だらけで帰って来た。あの虚ろな目は今も絢子は忘れていない。優二は好き好んで他人を傷付けて楽しむ様な人物ではない。愉李子もそうだ。だから尚の事、絢子には両親の言動が理解できなかった。
今回は優二と愉李子の他に銀慈が大阪に行く。寅次と信自は待機。絢子は暫く寅次達の所に居候することになる。
優二は、
「吉田。絢子をよろしく」
「親分も無理をしないで下さい」
寅次は青白い顔で言った。
優二達は大阪を中心に活動している半グレに攻撃を仕掛けるのだ。極道とは全く違った組織編成をしている半グレは警察も捉えどころがなく、なかなか検挙出来ないでいた。また、半グレは暴対法で弱体化した極道をどこか見下しており、極道達の縄張りを荒らしたりもしていた。
半グレはネットやSNSやダークサイトを駆使して連絡を取り合い、神出鬼没で行動原理も掴みづらい。上意下達のしっかりした組織ではなく、絶妙に離合集散する手強い集団だ。それでも新田組の上層部は半グレを調べて誰がどこで何をしようとしているかを突き詰めていった。
半グレの主な活動資金は恐喝と特殊詐欺であった。特に老女を扇動して多額の金額を巻き上げていた。そういった連中の処分を命じられ、愉李子にとってはむしろ好都合であった。爆殺しても何とも良心の呵責を感じない。騙された老女達は親族や知人から罵倒されて認知症になったり自殺したりする場合が多々あるからだ。そもそもか弱い老女を最初から狙う悪漢には不快感しか無い。
絢子には半グレの醜い部分を強調してやりたかったが、優二が止めた。半グレも悪いが極道の自分達も非がある。




