澤木四郎
夢村優二の父親が逮捕された。義理の母親と弟妹達は路頭に迷った。義母は飲食店を経営していたが父親の逮捕を知った客が離れていく。義母は引っ越しして新たに飲食店を開こうと考えた。
そんな時、極道である父親に敵対していた組織の組長とその子分が優二とその家族の所に来た。義母が涙を流し、弟妹達もつられて泣いた。優二だけは無表情で組長達を見返ししていた。
組長は宥めた、
「お前達に危害を加えに来たわけではない。少し助けてやろうと思った」
組長は語りだした。組長の名前は坂本善市。優二の父親は坂本を拳銃で襲ったが、坂本は運良く当たらずに、逆に子分達が捕まえた。このまま殺そうかと考えたが、坂本は抗争の拡大化を嫌い、彼を警察に突き出した。
いくら襲ってきた敵対組織とはいえ、警察に売った事は、極道の世界では忌み嫌われる行為だった。坂本の親分は彼の家族の面倒をみるように命じたのだ。
義母は青白い顔をしながらもハッキリと、
「これを期に極道とは関わりたくありません。私は独りで立派にこの子達を育てます」
坂本は困った顔をしながら札束を置いて、
「せめてこれだけは受け取ってくれ」
義母は黙って見つめる。弟妹達は義母の後ろで震えている。義母の右隣にいた優二が落ち着いた声で、
「俺一人でもそちらに来た方が良いですか?」
坂本と子分達は驚いた顔をして振り向いた。義母が目を大きく開けて優二の肩を掴んだ。優二は坂本を見つめながら、
「俺は足手まといにならないように頑張ります」
坂本は嬉しそうに目を細めて、
「強い子だな。まあ、カタギとして育ててやるよ」
弟妹達は怯えた目で優二を見ている。優二は弟妹達に振り返り、
「お前達も母さんを支えるんだぞ。さようなら」
優二は結局、家を出て坂本達に付いて行った。女手一つで五人を育てるのは難しいと中学生に成り立ての優二は分かっていたし、極道が敵対する組織の家族を気遣うのは不自然だ。人身売買されるかもしれない。しかし弟妹達が売られるよりもマシだ。
だが、坂本は一緒にいた子分の一人である澤木四郎を紹介した。坂本と優二は後部座席に座り、澤木は車を運転していた。
澤木は京都府北部にある桐風村で農作業を営んでいる農家だった。若者がどんどん都会に移住し、高齢者が増えていき、人手が足りない。澤木家は元々小作人の家柄だったが、耕作放棄地を借りていって、次第に村の半分以上の耕作地を任されるようになっていた。澤木家だけでは手に負えない。そこで澤木四郎は両親を説得した。村や田畑を捨てた同郷の者を諦めて余所者を呼び込もうと考えた。
澤木は極道に目を付けた。極道ならば体力と胆力が有るし、土地や住処を欲しがっている。交渉が上手く行けば互いに利が有る。最初は家族から猛反対したが、過疎化は止まらない。澤木は期待と不安の交じった気持ちで極道の事務所に電話をかけてその案を話した。最初は嘲笑されたが、事務所にたまたま居合わせた坂本がその話に興味を持った。澤木は大学を中退して一年ほど坂本で極道の見習いをした後、帰郷した。引退近い極道や組を畳んだ元組長や出所しても行く当てのない極道と一緒に作物を育てるのだ。
優二はそんな澤木の元で生活する事になった。桐風村には学校も病院も郵便局も何も無い。理髪店や雑貨店が有るぐらいだ。しかし優二は毎日、澤木の元で働く極道達に車で隣村まで送られて学校に通った。道は坂と曲線の多い獣道なので隣村まで片道四十分以上かかる。優二は勉強を頑張ったが部活動には入らず、放課後は桐風村で大人達と農作業や作物の出荷の準備をした。
隣村の中学校ではイジメられなかったが、腫れ物扱いされていた。用が無ければ誰も話しかけないし、優二も大人しくしていた。友人らしい友人はいなかった。
桐風村では大人達が優二を可愛がった。誰も殴ったり蹴ったり怒鳴ったりしなかった。仕事が上手くいけば皆、誉めるし、失敗すれば冷静に教える。日が沈む前には仕事をさせなかったし、勉強を教える者もいた。優二の境遇を知った者は殆ど涙を流して憐れんだ。小学生に刃物や拳銃を持たせて兵士の様に扱った父親を蔑んだ。子育てを放棄して逆に弟妹達の面倒を見させる父親を見下した。
極道は目上の為に殺人を犯す者であり、情け容赦はない。優二もまたそんな極道になる。その様に教わってきた優二にとっては桐風村での生活は拍子抜けであった。けれども慣れると楽しい。今まで嬉しかった事といえば義母に誉められた事ぐらいである。桐風村では色んな大人達が誉めたり教えたり食べさせたりする。村の周りに生えている山菜やアケビを大人達が取ってきては優二に食べさせる。
桐風村の一割以上は極道とその関係者だった。夏で川遊びをすると独特な入墨を彫った背中が沢山見えるし、小指の無い者もいる。
澤木は優二よりも十歳歳上のまだ二十代だが村にいる極道のまとめ役として指揮している。農作業の割り振りだけでなく、坂本親分からの指示を実行させたり、極道達同士の対立を未然に防いだりもする。極道達も澤木を親分として従っている。澤木は普段は気さくだが、極道達が喧嘩を始めると冷徹な声で終わらせる。