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2011年

 三月十一日に東日本大震災が起きた。この時、周自は中学生二年生の終わり、静子は小学校卒業間近、絢子は四年生の終わりだった。


 震源地から離れていた桐風村には被害が無かった。テレビや新聞からは毎日毎日被害状況が大々的に報道されていた。東京電力による福島原発の大事故も深刻に報道されていた。報道陣は右往左往する政府や行政の態度を非難した。政府は計画停電を試みたり住民の避難に手間取ったりしていた。


 既にSNSが普及していたので、既存の報道機関に懐疑的な者達は思い思いの情報を送受信した。中には面白がって偽情報を流す輩もいた。


 周自はSNSを眺めては興奮し、父親の信自と母親の美陽に怒られていた。時々、スマートフォンを取り上げられる。静子と絢子は子ども用の携帯電話しか持っていなかったので、SNSに一喜一憂しなかった。むしろ絢子は重々しく情緒に訴える様なテレビを観るのを嫌がった。父親の優二と母親の愉李子はテレビを点けないようにした。静子は原発事故にも地震・津波にも興味がなかった。周自と絢子をなだめるし、母親の操と父親の寅次の説明を大人しく聴いている。


 原発事故に怒った反原発派が日本国内の原発を即刻停止させて廃炉にさせろと訴えている。けれどもそれでは真夏や真冬に電力が足りなくなる。また、廃炉には時間と労力がかかる。原発以外の発電所の負担が大きくなる。原発をどうするかについて世論は分断されている。


 地震と津波への対応にも避難が殺到した。いつどんな段階でどんな支援をするか。災害支援には高度な計画性が問われるが、噛み合わないと害悪になる。震災直後では公衆衛生が著しく悪化する上に、物を保管する場所がない。無闇な物資支援が逆に現地を困らせる。素人のボランティアが中途半端に関わると復興や復旧の邪魔をする場合もある。


 阪神淡路大震災を経験した西日本からの支援は評価されている。一方、福島から東京へ送電してきた原発の事故で、東京への風当たりが強くなった。


 現地への取材方法も問われた。復旧や復興の妨げになっていないか。逆に現地にいる人々の本音を拾っているか。もしくは個人情報や機密情報や私的空間を尊重しているか。被害の遭った場所の者達はSNSで怒りを表明していく。


 静子達の卒業式は簡素に質素に行われた。静子達も表立って文句を言わなかった。


 時観組も桐風組も新田組本家から指示や情報を受け取り、事を荒立てないようにした。被害の遭った組織やそれを支援する組織から色んな事を聴かされる。治安は震災前よりも悪化しており、強盗や窃盗も有る。店やスーパーの品物を奪う者達もいる。一方で災害の規模の割には現地の人々は堪えている。


 春休みが明けて絢子は五年生になったが、気分は全く晴れない。週に一回の道徳の時間に教師達が津波や地震の映像を流したり、原発に関するドキュメンタリーを観せたりする。家が丸ごと流され、海岸近くの船が内陸まで津波で運ばれ、乗り捨てられた沢山の車が海に沈んでいく。不気味な警笛音が響く。原発事故の悲惨さを暗い声で解説される。


 最後には合掌。亡くなった人達の冥福や生き残った人達の立ち直りを祈る。絢子はこんな事をしても無意味ではないかと内心疑ったが、教師に従った。


 愉李子の製造した薬品は時観組や汪の率いる組織によって被災地に送られていった。なるべく扱いが簡単で水が無くても服用できる新薬だ。現地の人々からある程度の評価を得た。愉李子自身も医師である操と一緒に一週間ほど現地に滞在した。その間に絢子と静子は美陽が面倒を観た。


「あーあ。高校進学かー」

 周自が溜息交じりに呟いた。絢子が尋ねた、

「周自君は高校に行くのが嫌なの?」

「特に夢は無いから父ちゃん達の手伝いでもしようかなあ」

 周自が答えると静子が呆れた様子で、

「甘い。高校進学出来ないと今時、仕事出来ないよ」

「母ちゃんも同じ事を言ってる。でも、やる気出ない」

 周自が頭を上げて天井を眺める。静子は、

「名門校でなくても、とにかくどこか高校に行った方が良い」

「まあ、鈴鳴高校の方が近いし楽だな」

 周自は顔を戻して頬杖をついた。静子は、

「間宮高校は?」

「無理」

 間宮高校は歌貝村から南に位置する杉雪町にある高校で、この地域では名門校であった。絢子は、

「とりあえず頑張りなよ、周自君」

 ああ、周自は曖昧に返事をした。三人は何となく宿題を始める。分からない事が有ったら美陽に訊く。美陽も分からなければネットで調べて子ども達に噛み砕いて教える。こうして時々集まって切磋琢磨するので三人の成績はそこそこ良かった。三人は部活動に入らない代わりに親達の手伝いや勉強をしている。


 周自は気にならなかったが、性教育を受けており、大人達が心配している。思春期の多感な時期に異性を排除したり逆に迫ったりするものだが、絢子と静子は周自にとって相変わらずの幼馴染だった。同級生達から時々茶化されても周自は、

「お前達の方が変態じゃねぇか」

 と、真顔で言い返す。


 静子も絢子も既に初潮が来ていたが、周自は茶化さなかった。薬局で愉李子がナプキンを作って二人に渡して使用済を焼却処分している。逆に周自は既に夢精が始まっていたが、自分で下着を洗っている。


 周自は信自や美陽から性行為の方法を聴かされた上で禁止されている。病気と妊娠で責任を持てないからだ。経済的に自立出来て、相手の女が望んでいる時に限り性行為をする。性欲が強ければ自慰する。やり方は信自から教わっている。周自は特に反発しなかった。


 静子も寅次と操から性行為の危険性を聴かされている。女を孕ませたのに行方不明になったり、とぼけたりする悪漢は少なくない。特に小児性愛者は危険だ。性暴力を受けたら自分を責めずに親や信頼出来る大人に打ち明ける。そもそも怪しい男に近寄らない。熱心な両親の話を静子は無表情で聴いていた。

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