理不尽な抗争
時観組は街草会の事務所に向かった。街草会は阿部会の三次団体で、事件の発端となった原中の所属している極道組織である。組事務所は街中のオフィスビルの十階に有る。
優二は中に入る前に街草会に電話をかけた。宣戦布告である。堅気には被害を出さず、警察を避け、事務所内か何処かで決闘を始める。優二が冷たい声でそんな条件を出すと、街草会の会長は嘲笑しながら事務所に来るように煽った。
時観組四人は高島が率いる組員二十人と一緒にビルの中に入った。時観組と高島の部下達は前日に顔合わせをしたり打ち合わせしたりしている。
報復を想定して皆、腰を低くした。時観組が前で高島の部下達は後ろ。信自が先頭で右斜め後ろは寅次、左斜め後ろは銀慈、二人の後ろに優二。事務所の扉を信自が蹴破る。
ドドドド。ピィンピンピン。激しい銃声と共に煙が襲う。時観組は一斉に散り散りになりながら街草会の面々に攻撃を仕掛ける。なるべく体勢を低くしながら敵の攻撃を避け、ここぞという時に飛びかかる。
ドオン、ガシャン。信自は椅子やソファや机を持ち上げては敵に投げていく。ドドドド。銀慈は大きな銃を両手に持ちながら乱射する。寅次は腰を下ろしながら少しずつ的を狙って拳銃で撃っていく。優二は長刀で敵を斬っていく。
街草会の者達はガスマスクを付けながら必死で新田組の面々に応戦している。催涙ガスと神経ガスを撒いているはずだが、新田組の進撃に衰えがない。むしろ新田組のうち、四人は俊敏に動いている。
新田組側は涙を流したり、むせたりしながら暴れまわる。頭痛と吐気と目眩がするが、攻撃を止めない。高島の部下達も街草会も次々に倒れていく。しかし時観組四人は傷を負っても攻撃を続けていく。
毒ガスによる体調不良と攻撃による傷で苦しみと痛みが全身を襲う。しかし過度な興奮状態で麻痺している。双方共に弾切れ。殴り合い蹴り合い斬り合いの戦闘になった。
優二は刃物を持っている敵達に容赦なく斬りつけていく。負傷して隙が出た者を銀慈と寅次が蹴飛ばし殴打していく。信自は三人の隙をうかがう者を見つけては瓦礫を投げてそれを阻止する。
街草会は四十人ほどいたが全滅した。高島の部下達も満身創痍で死傷者が出ている。時観組の四人も負傷していたが最後まで立っていた。この激しい抗争は新田組が勝ったことになる。街草会の会長も事件の発端となった原中も今回の件で死亡した。
優二は事務所を出る前に新田組本部に電話した。慇懃な態度で事の顛末を淡々と語る。同時に寅次が隅で電話で高島に同様に語る。信自と銀慈は便所に駆け込んで嘔吐した。吐いても吐いても頭痛や吐気が収まらない。息が苦しい。
個人的な恨みはなかったのに四人は初めての殺人を犯した。
優二の目が虚ろだ。寅次は、
「組長」
「お前も休んでいろ」
優二が労った。
暫くすると新田組と阿部会の者達が警察より早く来て、それぞれの身柄を確保した。高島の部下達は半分死亡しており、残り半分は気絶している。街草会の者達も半分死亡し半分気絶している。この惨状を観た者達は息を飲んだ。
時観組の四人も生き残った者達も病院に連れて行かれた。盆で休みのはずだが、新田組の息のかかった病院であった。時観組は三日間寝込んだ。
被害の大きい阿部会側は激怒したが、更なる抗争を諦めた。毒ガスを使った負い目もあるし、抗争に負けたのだ。新田組も警察の対応に追われた。多数の死傷者を出した責任は大きい。
高島は沢山の部下を失っただけではなく、阿部会に多額の賠償金を出すように新田組本家から命じられた。高島の親分である小野寺も厳しい叱責を受けた。
本来ならば殺人と傷害の罪で捕まり刑罰を受けるはずだったが、新田組本家による司法取引で時観組は罪に問われなかった。四人は八月の終わりに桐風村に戻って行った。
阿部会の近藤鉄平は時観組に複雑な感情を抱いた。自分の子分を殺傷した恨みは有るものの、圧倒的な実力も評価出来る。新田組本家に対する忠誠も揺るぎなく、極道らしくもある。
夢村優二を調べると、テロリストだった砂澤愉李子と結婚して娘がいる。近藤は九月始めのある夜に愉李子の携帯電話にかけてみた、
「突然で申し訳ない。君は砂澤愉李子か?」
「どちら様ですか?」
愉李子が警戒すると近藤は、
「阿部会会長の近藤鉄平だ。嘘じゃない」
愉李子は息を飲んだ。居間で絢子と遊んでいた優二が異変を察して振り返る。愉李子は、
「何の用でしょう」
近藤は落ち着いた声で、
「この間、夢村がした事を君がどう思っているか知りたい」
「高島と原中がもっと早く死ねば被害は最小限に済みました」
愉李子が暗い声で答えた。優二は絢子に、
「ちょっとオカンの所に行く」
絢子はキョトンとしていたが何かを察して大人しくした。優二が愉李子の右側に立ち、様子をうかがう。愉李子は、
「阿部会会長さん。夢村に代わりますか?」
優二の目が大きく開いた。電話口で近藤が、
「そうしてくれ」
愉李子が電話を貸す。近藤は不思議そうに、
「先程、砂澤が高島と原中がもっと早く死ねば良いと言ってた」
「砂澤は最初に自殺した霧島を憐れんでいます」
近藤は一瞬、黙った。優二は固唾を飲む。近藤は、
「俺達の原中に貢ぐ為にお前達の高島の所でカネを借りてた女だろ。砂澤と知り合いなのか?」
「いいえ」
優二が短く返事をすると近藤は小さく唸る。愉李子の言葉と思考が読み取れなくて困っているようだ。優二は一度深呼吸をすると、
「砂澤は原中と高島親分が女を踏み台にしている事に女として怒っています。そして、二人がその女と組の為に詫びて自害すれば、俺達が貴方達と殺し合わなくて済んだと考えています」
近藤は黙った。電話の向こうで微かに男達の声が聞こえる。優二は宙を睨む。近藤は、
「それでお前はこの間の抗争をどう思っている?」
「貴方達に恨まれると分かった上でやりました」
優二が暗い声で答えた。近藤は、
「変な奴だな。お前も砂澤も」
と、言い残すと電話を切った。優二は愉李子に電話を返す。




