迷惑な高島
新田組は西日本最大の組織であると同時に、1980年代から東日本にも進出しており、抗争を繰り返していた。
絢子が八歳の時には大きな抗争は無かったが、水面下では対立が続いていた。東京にも新田組系列の組織は有り、元々東京を縄張りにしてきた阿部会と咲見会との緊張関係は続いている。
新田組の二次団体の一つを率いる小野寺は愛知県名古屋を根城にしていたが、下部団体を率いる高島に東京進出させていた。シノギは高利貸し。取り締まりが厳しくなっているとはいえ、人口密度の大きい東京では高利貸しに頼る者は後を絶たない。
高島は十年以上前から東京で活動していた。最初は地元を縄張りにしている極道達の間を縫うように地道に活動していたが、今の新田組は飛ぶ鳥を落とす勢いだ。一応は線引きはなされているものの、じわりじわりと新田組の活動範囲が広がっていく。
若い女性を煽って風俗関係の仕事をさせたり、若い男性を脅して肉体労働をさせたり、家族のいる者達には横領させたりもする。貸したカネを短期間で返済させる。それが出来なければ毎月、毎週の速さで利子を付けていく。
銀行から全く信用されない者達が高島の様な所に集まる。身寄りの無い者、資産も担保も無い者、困窮した自営業者も来る。高島と子分達は言葉巧みにカネを貸し、厳しく返済を要求する。
借主が自殺や逃亡をしない様に子分達が監視する。返済のあてが無ければ人手不足の職場か危険な仕事に従事させて人件費を巻き上げる。
高島達がそんな事を繰り返しているうちに女性を自殺に追い詰めてしまった。女性の名は霧島春野。霧島は阿部会の者である原中冬吾と交際しており、貢ぎに貢いでいた。原中は元々ホストで、霧島はその常連客だった。
原中は客を金ヅルとしてしか見ていなかったが、身を削ってまで貢いでくる霧島に軽い執着を覚えていた。また、阿部会としても新田組の態度が以前から気に入らなかった。原中とその親分は高島の事務所に怒鳴り込みに行った。高島は萎縮するどころか二人を殴り蹴り痣だらけにした。
これをキッカケに新田組と阿部会が徹底的に対立した。被害を受けた阿部会は新田組を非難しながら高島の事務所を威嚇した。事務所に車を衝突させて塀や壁を壊したり傷付けたり、高島達を尾行して襲ってきたりした。まだ死者はでていないが負傷者が続出している。
堅気達からの冷たい目と警察からの取り締まりで派手な行動は双方共に控えているが、一触即発である。
それを聴かされた愉李子は激怒した、
「霧島を自殺させた高島も貢がせた原中も死んで詫びれば良い」
高島も原中も事件の発端となっている。女が踏み台にされている。愉李子は険しい顔で宙を睨んでいる。優二は落ち着いた声で、
「俺達は本家から高島の援護をするように命じられている」
「高島が阿部会を刺激したのが悪い。高島が死ねば良いのに」
愉李子は腑に落ちなかった。優二は、
「本家の判断を否定する権限なんて俺達には無い」
「早く停戦した方が本家の為になるでしょ」
愉李子が言うと優二は冷たい声で、
「お前はその本家の駒だぞ」
愉李子が俯く。優二は尋ねる、
「感情的になってるのは何故だ?高島とも霧島とも面識は無いんだろ」
愉李子は顔を上げて、
「霧島は恋愛感情を弄ばれた上に自殺に追いやられた。同情しない方がおかしい」
優二は愉李子がかつて米軍基地に爆弾と毒ガスを仕掛けた理由を語った時を思い出した。強姦された親友の復讐。女の尊厳を踏みにじった者達への憎悪。
優二は落ち着いた声で、
「今回、お前は何もしなくて良い。俺達時観組が東京に行って高島を援護する」
愉李子が不安そうな顔をする。優二は微笑み、
「俺を少しは心配してくれるのか?」
「どうしても本家には逆らえないんだ」
「ああ」
盆休みが近付く頃。丁度、東京から人が少なくなる頃だ。時観組の四人は東京に向かった。桐風村に残された愉李子・美陽・操は子ども達に、
「東京に仕事に出かけた」
としか説明しなかった。母親達は不安そうな顔をしている。子ども達は幼心にヤクザの危険な仕事を感じ取っていた。桐風村の者達は母親達を手伝った。
「俺達が代わりに行けば良かったのにな」
桐風組組員が澤木に言うと澤木は、
「アイツらもヤクザだ」
高齢になった極道達はまだ若い極道達を心配した。澤木も内心、本家の方針に疑問を持っていたが、逆らわなかった。




