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緩やかな人間関係

 桐風村に戻ると愉李子は絢子の面倒を観ていた寅次と操に本を、静子と絢子には首飾りを贈った。皆、素直に喜んだ。絢子は、

「オトン、オカン、遊んで」

 と、せがんだが愉李子は絢子を抱きながら、

「ごめんね。また仕事が有るの」

「オカンのアホ」

 絢子が責める。操は、

「駄目よ、そんな事を言っちゃ」

 と、注意する。愉李子が手を離すと絢子は操の所に行って脚に抱きついた。愉李子は、

「操先生、ごめんなさい」

 操は、

「私は良いけれど、愉李子さんは大丈夫なの?」

「ええ。ありがとう」


 愉李子は自宅近くにある薬局に入ると、汪からもらった薬品の分析を始めた。薬局にはそれなりの設備や機械が揃ってはいた。愉李子はここで薬品の研究や開発をしたり製造したりしているが、工場というよりも工房に近い。小さな製薬会社より遥かに劣る。一階は研究室で、二階は保管庫と書庫とパソコンが有る。


 摂取すれば鬱気味から多幸感と高揚感が得られる。覚醒剤でも麻薬でもない新薬。原料は動物性と植物性由来の物質と衣類を染める時に出た廃棄物。それらを濃縮させて絶妙に掛け合わせている。副作用は依存性と吐気と頭痛と高熱。重度だと神経と骨を傷付ける。


 愉李子は一週間ほどで分析を済ませ、解毒剤の開発を試みた。なるべく桐風村で得られる薬草や山菜や動物の成分を使いたかったが、足りなければ優二に相談した。優二には物質名だけではなく代用品や入手方法や扱い方を伝えた。優二は坂本親分と親しい山田親分の協力を得た。山田親分は子分達と一緒に武器や車両や機械を製造しているので、様々な物質が手に入っている。


 原料が揃うと愉李子は試作品を作っていった。理論上は効能や安全性が認められても、治験してみなければ分からない事がある。愉李子は桐風村の者達にネズミやモグラを捕まえさせては動物実験して確かめた。


 薬品を調べ始めてから一ヶ月ほど経つと、解毒剤が出来た。依存性を薄れさせ、禁断症状を和らげる薬も創った。高齢の桐風組員に対しても問題はなかった。それを説明書と一緒に独楽田や汪の事務所に送る。


 夏が終わり秋が来る。汪から優二に電話で感謝の言葉が来た。解毒剤は確かに効果があったのだ。廃人になりかけた者も立ち直っているとのこと。


「兄弟。砂澤の作った他の薬も有るんだろう。売らせてくれよ。兄弟が絶対損しないようにするから」

 汪は興奮気味に取引を持ちかけた。汪達が需要の有る所を探して高く売って儲けの七割は時観組のものにする。独楽田にも説明する。優二は返答せずに保留にした。澤木と坂本と愉李子にその取引について打ち明け、独楽田にも確認をとった。独楽田は賛成したし、澤木と坂本は拒まなかった。愉李子は条件を出した。


 大量生産は難しいので何をどれだけ売るかは愉李子に判断させる。依存性の有る薬物や危険薬物は作らない。婦人用の薬品を中心に売りたい。効能や副作用や使用方法や使用量を買い手にしっかりと教える。優二を通じて汪は二つ返事で承諾した。


 二学期が既に始まっているので、周二は学校に行っている。絢子と静子は寂しくなった。暫く薬局に閉じ籠もっていた愉李子は二人の遊び相手になったり面倒を観たりした。診療所を経営する操も医師として働いていたので有り難がった。


 一ヶ月以上も薬局で没頭していた愉李子が絢子に近寄っても、絢子はねていた。父さん子になりかけている。しかし数日も経てばまた懐いてきた。


 静子は大人達からひらがなや数の数え方を教わり始めていく。絢子は傍らでその様子を眺めている。


 一旦、桐風村に平穏が戻った。


 しかし葬式が何度も行われた。元々、桐風村には八十代や九十代の老人が多い。多くは老衰で亡くなるので残された者はある程度、覚悟は出来ている。村の一割ほどいる極道達も寿命で亡くなっていく。元々、桐風組には組を畳んだ組長や刑期を終えても行く宛も無い極道が多い。


 時観組はしめやかに葬儀を手伝っていた。周自・静子・絢子は葬儀のたびにもらい泣きした。極道達も元々の村人も静かに手を合わせて故人を送る。


 それでもポツポツと、桐風村の話を聞きつけた極道達が澤木に懇願して村に移住してくる。極道達は老いていく元々の村人達の様子をうかがいながら農作業をする。村人達の代わりに外に出て必要物資を運んだり手続きを手伝ったり、送迎したりする。時折、介護もする。


 一方、桐風村から出た若者達はなかなか戻って来ない。親族を呼び寄せもしない。葬式でやっと帰郷する。澤木は複雑な気持ちになる。極道を呼び寄せた責任を感じながらも、同郷には愛郷心を期待してもいた。

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