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独楽田の依頼

 緑川は考え方を改めたのか、学校の方針を変えさせた。学校側も不登校を重く受け止めて、担任の花崎が車で桐風村に周自を迎えに来た。周自は訝しんだが、美陽が勧めると大人しく車に乗った。


 夏休み前には学校側と番場一家は和解し、登校するようになった。桐風村の者達にキッチリ教わってきたせいか、周自の成績は非常に良かった。


 和解してから一ヶ月ほど経つと夏休みになった。周自は絢子と静子の遊び相手になった。周自が威張り散らすと静子と絢子の二人で怒る。周自が何か物を取ってこさせたり勉強を自慢したり怒鳴ったり殴りかかったりすると、絢子と静子は庇い合い、周自を非難する。年下であっても二対一なので、周自は最後には必ず折れる。謝ることもしばしばだ。


 大人達は遠目でそれを微笑ましく眺めている。特に愉李子は三人に弁当を出して昼食を摂らせたり竹で作った玩具を与えたりした。竹を割いてそれを三人に渡してかごを、稲わらを渡しては草履を作らせた。三人は作り方を年寄から教わる。


 愉李子にはテロリストとしての面影が無いように見えた。相変わらず病気や怪我や婦人用の薬、洗剤を作っている。最近では、農薬や化学肥料も開発している。限られた材料で安全で効果のある薬品を創り出す。澤木も優二も不満は無かった。新田組本家から、これといった命令も無い。


 しかし八月の始めに本家から指示があった。


 坂本親分の兄弟分である独楽田陣太の下部組織と愉李子を接触させるのだ。独楽田は特殊詐欺で多額の上納金を出している。だが、最近部下達が他の組織と薬物の売買をしているのだ。少なくとも新田組では建前上では危険薬物の売買が禁止されている。本家は独楽田達を叱責し、坂本の仁州組に監視させた。


 澤木の兄弟分である紺野と羽村が既に独楽田達を問い詰めたり調べたりしていた。独楽田達は外部から仕入れた薬物を高く売っているだけではなく、自分達も摂取していた。中には依存に苦しみ始めている者もいる。薬物の販売元の方が一枚上手で儲かっているようだ。彼等には日本の新しい犯罪組織だけではなく、外国の犯罪組織も含まれていた。


 愉李子は元薬剤師として、薬物を解析して解毒剤を作ったり、新しい薬物を開発して販売元を負かしたりする事が期待された。本家からの命令を聴いた澤木と優二は苦い顔をした。薬剤師であってもそれが簡単ではない事は素人でも分かる。特に澤木は愉李子がテロリストに戻る様な気がした。


 愉李子には娘の絢子がいる。絢子は愉李子に懐き、愉李子も可愛がっている。絢子が外にいる時、優二と愉李子は束の間の性生活を営んでいる。


 優二はやけに落ち着いた声で、

「愉李子はこの時の為の駒です」

「良いのか?」

 澤木が念を押すと優二は短く返事した、

「ええ」


 優二は不安を感じつつも愉李子が命令を完遂するのではないかと予想した。優二が愉李子に独楽田の様子と本家の命令を説明しても、殆ど動じなかった。冷静に、

「まずは独楽田親分達と会って話を聴かないとね」


 優二と愉李子は絢子を寅次と操の所に預けて大阪に行くことにした。繁華街の片隅に有る羽村の店で独楽田達と会う。銀慈も二人に同行する。他所行きの格好して出かける両親に、まだ幼い絢子は怒った、

「オトンとオカン、ズルい!」

愉李子は苦笑いしながら絢子を抱き締め、

「仕事に行くからズルくないよ」

「お土産を買ってきて」

 絢子がねだる。愉李子は、

「分かった」


 運転は主に銀慈がした。優二は時折、携帯電話で電話をかけたりメールを送ったりしている。上層部との確認や打ち合わせだ。一方、愉李子はぼんやりと車窓から景色を眺めている。


 早朝に桐風村を出たが、羽村の店に到着した時には既に夜だった。三人が入ると、男達が一斉に振り返った。


 痩身で長身の男が手を振って三人を扉側のソファに座らせる。三人は頭を下げると腰を下ろす。三人の正面には三人の男達が興味津々な様子で愉李子を見ている。カウンターの奥にも男が一人、座っている。


 三人を座らせた長身の男が愉李子に、

「君が砂澤か。俺は羽村富岳⋯⋯」

 と、紹介していった。カウンターに座っているのが独楽田、愉李子達の正面に座っているのが独楽田の子分達で真中が汪、汪の右側が蔡、左側が陶。汪も蔡も陶も中国系だが日本国籍を取得している。


 独楽田は頬杖をつきながら、

「派手な事をした割には地味な女だな」

と、愉李子を評した。愉李子は無表情で受け止めた。羽村は独楽田と汪達の間にある椅子に座り、

「汪、説明してくれ」

 と、促した。汪は語り出した。自分達は元々、特殊詐欺を繰り返していた。中国系である自分達を長年見下してきた老人からカネを巻き上げる事に良心は傷まない。けれども特殊詐欺だけでは満足せず、薬物を扱うようになった。陶の同郷が陶を誘ってきたのがきっかけだ。


 陶の同郷は中国の犯罪組織で活動しており、日本にも何度も来ていた。陶とは仲が良く、陶の面子を立てる形で新田組と対立せずに取引を持ちかけた。陶も中国の犯罪組織との対立を避けたがっていた。


特殊詐欺は綿密な計画を建てなければならないが、薬物の売買自体は比較的楽である。


 取引は最初は上手くいって儲かっていた。しかし取り扱っている薬物は効能以上に依存性が高く、廃人になりかけの者も出てきた。異変を感じた独楽田は中止を考えたが、取引先の組織は続行を希望している。それで揉め始めたが、本家に知られて叱責された。


 語り終えると汪は気まずそうに肩を落とした。愉李子は、

「その薬物は今、有りますか」

 汪は独楽田に振り返る。独楽田は腕を組んで愉李子を値踏みする様に見つめている。愉李子も独楽田に振り返る。全く恐縮する様子がない。独楽田は、

「渡せ」

 汪は鞄から液体の入った瓶と粉の入ったビニール袋を取り出して机の上に置いた。瓶にも袋にも何もラベルが無かった。愉李子は袋を持ち上げて天井の蛍光灯にかざした。上白糖みたいな粉である。愉李子は、

「いただいて良いですか?機械で分析してみないと何とも言えません」

 汪は再度、独楽田に振り向く。独楽田は苦い顔をして羽村に、

「信じても良いのか?」

「ええ」

 羽村は短く答えた。独楽田は不安そうな顔をしながらも、

「それじゃあ、頼む」


 この後は皆、羽村の店の従業員が作った酒を飲んだ。独楽田や汪・蔡・陶は強めの酒を、愉李子と優二には水割りを、銀慈は烏龍茶を飲んだ。独楽田達は安心したのか上機嫌になったが、優二達は静かに飲んだ。優二は以前に独楽田が小野寺と一緒に坂本親分を罵倒したのを思い出して不快を覚えた。独楽田はあの時を詫びていない。しかし優二は何も指摘しなかった。代わりに羽村に、

「先程はありがとうございます」

「別に俺は何もしてないが」

 羽村は微笑んだ。先程、独楽田は愉李子を疑っていたが、羽村はそれを打ち消した。


 二時間ほど酒を飲み、仮眠をとった後、皆帰って行った。

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