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学びの機会

 周自は結局、登校拒否した。学校側も不登校になった周自を説得することはなかった。番場信自と美陽は時間の許す限り周自に勉強を教えた。教科書を見て範囲を確かめたが、学校のカリキュラムは二人が小学生の時と変わっていた。二人は戸惑いながらもゆっくりじっくり周自に教えた。


 二歳年下の静子も、四歳年下の絢子も傍らで興味津々と学んでいく周自の姿を観ている。静子の両親である寅次と操、絢子の両親である優二と愉李子も周自の勉強に付き合った。銀慈も他の桐風村の面々も協力している。桐風村ではWi-Fiと無線LANの普及は既に進んでいるので情報には困っていない。


 澤木は悔しがった。歌貝村による排除によって学校に行けない。周自の教育の機会が半ば侵害されているのだ。感情的には歌貝村に殴り込みに行きたかったが、歌貝村は日蓮研究会の牙城の一つだ。日蓮研究会は連立与党の片割れである正大党の票田だ。政治問題になる可能性がある。


 澤木の桐風組も時観組も極道としての自覚はあるし、排除は想定外ではある。しかし歌貝村の大人達は子どもに教育をさせる基本的な義務を怠っているのだ。それは耐えられない。憲法を護り平和主義を唱える日蓮研究会と正大党が矛盾しているのだ。極道自体は憲法に守られなくても構わない。しかし、どんな子どもでも国や憲法に守られる権利は有る。


 澤木は周自の不登校について坂本親分に報せた。穏便に済ませる代わりに日蓮研究会との接触の許可を要請した。澤木はあくまでも舌戦で日蓮研究会の歌貝村と対峙したがった。坂本はそれを認めた。


 既に優二は様々なサイトに周自の境遇をぼやかしながら書き込んでいった。時事問題や政治問題や宗教問題や醜聞を扱うサイトを見つけてはその住民達を盛り上げ、歌貝村が不利になるような文章を書いていく。サイトに合わせて堅い文章にしたり、くだけた文章にしたりした。歌貝村の学校のサイトにも書き込む。


 日蓮研究会は非会員にも投票を強要してきたので不特定多数の者から疎まれていた。日蓮研究会の中にも歌貝村の行動に不快を感じる者が増えていく。


 春の終わりに試験があった。周自は優二の車に乗せられて登校した。周二を学校近くの駐車場に降ろすと、優二は日蓮研究会の建物に向かった。


 研究会の敷地は実に広々としており、学校の校庭よりも遥かに広かった。建物はどれも十階建てで何棟か並んでいる。財源はどこから湧いてくるのだろうか。考えると嫌悪感を覚える。優二は颯爽と歩く。手前の棟の大きな玄関に入る。


 受付の若い男に無表情で、

「桐風村の夢村優二です。澤木四郎の代理で来ました」

 と、名乗る。若い男は驚いた顔をして、支部長である緑川のいる屋上まで案内した。


 部屋に入ると学校の教室よりも広かった。奥の窓際に緑川が座っており、その両側に年齢や体格が様々な男達がズラリと並んで立っている。皆、優二を睨んでいる。一瞬、極道の事務所に見えたが、極道独特の緊張感が無い。


 緑川が脚を組みながら脅した、

「君が少しでも暴れれば警察がこちらにも桐風村にも来るよ」

 優二は内心、緑川を軽蔑したが無表情のまま、

「今日は番場周自君の件で確認しに来ただけですが」

「あの子が何か?」

 緑川がとぼけた。優二は近くにいた男に何枚もの紙を渡して、

「ご存じの通り、大人は如何いかなる子どもにも教育させる義務が有りますね」

 紙には入学式からの経緯と様々なサイトの反応、歌貝村以外の日蓮研究会員の反応が印刷されていた。それを読んだ男は動揺する。隣にいた男はそれを取り上げて奥へ手渡す。奥へ奥へと紙が移動し緑川に渡る。緑川も読み、机に放り投げ、

「ヤクザの扇動かね。卑しい」

 優二は微笑み、

「嘘は書いておりません」

「事実を歪めているではないか」

 緑川が反論すると優二は涼しい顔で、

「ヤクザの息子一人が有力な宗教団体の教職員達や生徒達多数を支配できるとでも思いますか?」

「ヤクザはヤクザだ」

 緑川が言い捨てた。優二は、

「貴方達の信仰や絆は脆いのですね」

「なんだとこの無神論者!」

 緑川が机を叩きながら怒鳴った。優二は無表情で、

「暴れているのは貴方ですね」

「挑発したのはお前だ!」

 緑川が優二を指差した。優二は、

「異教徒を無理に改宗させずに教え導くのがそんなに難しいのですか?」

「ヤクザは論外だ!」

 緑川は指差した手を下げない。優二は、

「誰がどんな事をどんなに教えても最後に善悪を判断するのは教わる方です」

 緑川は手を下ろす。優二は、

「周自は真面目に勉強をしたがっています。その場を奪わないで下さい」

 緑川は溜息を吐きながら背もたれに身を預けた。優二は、

「怖がらせた事について周自に謝らせるので、貴方達は子ども達に排除を止めさせて下さい」

 緑川は無表情で優二を見つめたまま、黙っていた。優二は頭を下げると踵を返して部屋を出て行った。

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