坂本善市
新田組は定期的に幹部や直参を集めて会議を行なう。日頃は電子メールや携帯電話で連絡を取り合っているが、直接顔を合わせた方が統制も利くし意思疎通も順調になる。
九月十一日のアメリカでの事件後の冬にも幹部会が行われる。警察が重々しく警戒しているが、二次団体の親分達は何とか新田組本家の会議場に入った。
二次団体の一つである仁州組の坂本善市も会議室に行く。仁州組は新田組の中では最も低い立場であった。上納金が少ない上に抗争で名を挙げているわけでもない。他の二次団体からは侮蔑の眼差しを向けられている。
坂本は直属の子分である紺野と澤木の子分である夢村優二を連れて来た。紺野は腰が低くて穏和だが、戦えば強い。暴対法前では拳銃を持った敵対組織に対して単独で日本刀で負かした。
紺野と優二は一番左側の席に座る坂本の後ろに立った。坂本の右隣には山田敏太朗が座った。山田は坂本に微笑みながら、
「兄弟、上手くいってるようだな」
皮肉ではなかった。山田は武器や車両を製造しては販売したり上納金の代わりに納めたりしていた。物創りの苦労を知っている。桐風組が使う農機具や軽トラックも山田の組織が製造している。桐風組はその返礼として作物を贈っている。作物の質が良いのか、山田の組織はまんざらでもなかった。
坂本は返事をした、
「ありがとうな、兄弟」
フン。向かいの席で小野寺文男が鼻を鳴らした。足を組みながら坂本を睨んでいる。小野寺の組織のシノギは高利貸であり、暴対法の影響を受けながらも確実に上納金を出している。小野寺の左隣には独楽田陣太が坂本を見ながら嘲笑している。独楽田の組織のシノギは特殊詐欺。電話やサイトで被害者を焦らせて多額の金額を振り込ませるのだ。独楽田もまた、多額の上納金を出している。
坂本は黙って見返している。睨まれていると思った小野寺は心底不快そうに、
「泥臭えな、そこ」
坂本は全く応答しない。山田は右手で握り拳を作った。独楽田は紺野と優二を見ながら、
「貧乏ライターと百姓の来るところじゃねえぞ」
「兄弟。俺を罵倒するのは良いが、子分には何も文句を言わないでくれ」
坂本が低い声で言い返す。小野寺は嘲笑しながら、
「子分に気を遣うなんてとんだバカ親分だな、お前」
「うるせぇぞ、お前ら」
新田組二番目の高橋堅が一喝した。皆、息を飲んで頭を下げた。
暫くすると新田組組長の手塚晴喜が会議室に入って来た。一同は起立して深々と頭を下げた。手塚が席に着くと、一同も着席した。
手塚は時事問題や経済動向の見解を手短に述べた。近況報告も簡単に済ませる。高橋は幹部達を順番に指して近況報告させた。上納金の額や威勢の良さを自慢する者もいれば、手塚の見解や判断を誉める者もいるし、要領を得ずに冗長に話して高橋に叱責される者もいる。小野寺は自慢し、独楽田は手塚を称賛し、山田と坂本は手短に近況を報告した。
高橋は幹部達の話をまとめて手塚の指示を仰いだ。手塚は他の組織との釣り合いを述べた。挑発されたとしても無闇に抗争してはいけないし、弱気になって蔑まされてもいけない。抗争するならば事前に報連相を徹底する。当たり前の事だが意外と難しい。
手塚も高橋も威厳と貫禄が滲み出ている。幹部達は熱心に話を聴く。
今後の方向性が大方決まった所で、手塚は不意に坂本に振り向いて、
「坂本。夢村は居るか?」
坂本は一瞬、驚いたが、
「はい。この男が夢村ですが」
と、言いながら優二に振り向いた。優二は一度、鳩が豆鉄砲を食らった顔をしたが、手塚に身体ごと振り向き、直立の姿勢をとった。すぐに無表情になっている。手塚は机の上で指を組みながら、
「あの女は本当に使えるのか?」
「ええ。砂澤は使えます」
優二が無表情のまま答えた。幹部達も幹部達に後ろで付き添っていた者達も、ざわめきをたてた。米軍に対してテロを起こした女。坂本の妙案で新田組に引き入れられた。扱いに困る。
手塚が右手を上げると一同は黙った。手塚は静かに手を下ろし、優二を見つめながら
「ならば、今後も頼む」
優二は深々と頭を下げると、
「かしこまりました」
会議が終わって手塚と高橋は部屋を退出した。残った幹部達は優二と坂本を見ながら、
「あんな女を色仕掛けで落とせるものかね」
「仁州組は何故、あんな女を引き取ったんだろうな」
「組長は受け入れなさったが、よく分からない」
皆、仁州組に不満を抱きつつも何となく解散した。
紺野は優二の肩を叩いて慰めた。