意外な二人
愉李子は桐風村に来てから薬の製造をしていた。製薬会社と比べれば遥かに設備は劣るが、作れないことはなかった。
澤木達が愉李子から聴いた薬草の種や苗を集めて育てて収穫し、愉李子がそれを扱う。
腰痛や筋肉痛に効く塗り薬、消毒液や傷薬、頭痛薬や胃腸薬、水虫や皮膚病の薬、睡眠導入剤。食器用洗剤や洗濯洗剤、洗髪剤や石鹸も作った。他にも様々な薬品を愉李子は作った。陸の孤島である桐風村ではそれらを苦労して買わなくて済むようになった。
愉李子は即効性よりも遅効性を好んだ。効き目が有る方が良いけれど、副作用や依存性を嫌がった。短期間では分からないが確実に長期間効き、心身の負担も少ない。一方、洗剤等はそれなりに即効性はあったし、土壌や地下水への影響は市販の洗剤よりも少なかった。
桐風村の極道達はどんどん治験して効果を試した。良薬だと分かると新田組に報告した。薬の扱いには麻酔科医だった操も参加した。
愉李子はその他にも自信の有った婦人薬を操や美陽にも試した。性交痛の薬も月経痛の薬もそれなりの効果が有った。寅次と操の娘の静子と、信自と美陽の息子の周自の為に小児用の薬も作った。二人は時折、風邪をひくので重宝した。更に愉李子は竹で玩具を作って遊び相手になるので二人は愉李子にも懐いた。
愉李子が桐風村に来てから一年ほど経った秋。愉李子は二十九歳になった。用事がない限り、夢村優二とは毎日のように会っていた。優二は作物や加工品を出荷しては他の組織と情報交換している。一度、桐風村から出ると三日は戻らない。そうでない時は毎晩、愉李子のいるはなれに来る。
優二は上から愉李子を色仕掛けで調教するように命じられているが、無理に性交はしなかった。愉李子の製造した薬品は桐風村だけでなく、新田組本家からも評判は良かった。元々、新田組は危険薬物によるシノギを禁止していただけあって、安全性を求める愉李子と方向性は似ていた。上層部も愉李子が新田組に反目する気がない事が分かると、優二を急かしたりはしなかった。
優二は愉李子の所に来ても特に何もしなかった。時折、夕食を作ってはそれを愉李子に食べさせて近況報告をさせるぐらいだった。愉李子は優二の料理を素直に誉めながら、薬品の研究や開発を楽しそうに語る。優二は適度に相槌を打ってそれを聴く。愉李子も優二も酒よりも茶を飲んだ。
愉李子が薬品について熱弁に語る。表情は非常に明るい。優二が分からない事を尋ねると噛み砕いて説明する。優二は元々薬学に興味が無かったが、愉李子の話を聴いているうちに興味を持ち始めた。優二が市販の薬品を買って見せると、愉李子は効能や留意点をベラベラ喋る。同じ薬でも濃度や使い方によって役割や危険性が違ってくる。薬同士の相性も愉李子は優二に分かりやすく教える。
素人目でも愉李子が薬学に精通している事が分かる。薬について語る愉李子の口調や姿は優二には心地良かった。米軍基地に爆弾や毒ガスを仕掛けた危険なテロリストである事を忘れさせる。
素人ながらに話を聴いている優二に愉李子も心地良さを感じていた。ヤクザらしい殺伐とした雰囲気が優二から感じられない。普段は農作業をして作物を出荷して、むしろ農家にしか見えない。たまに銃火器や刃物で抗争の訓練をしているようだが、普段の優二も桐風村の面々もヤクザらしくはない。澤木や目上の者には非常に慇懃な態度をとるぐらいだ。
そんなある日、夕食を食べ終わった後に優二が無表情で、
「そろそろお前を抱く」
愉李子は意外そうに、
「今更私が貴方達を裏切れると思うの?貴方だって乗る気ではないのでしょう」
優二は真顔で、
「性交痛の薬を飲んでも良いから抱かれろ。俺も避妊具を付ける」
愉李子は苦笑いした。優二は暗い声で、
「今まで待ってやったんだが」
愉李子は、不思議そうな顔をした。優二が立ち上がり、愉李子の右隣に行って座る。愉李子が離れる前に優二は愉李子の肩を抱き、耳元で、
「今更、良い男に抱かれる立場じゃないだろ、お前」
「貴方こそ、何故私にこだわるの?他の女を抱けば?」
愉李子が言い返すと優二は愉李子の肩を掴んで畳の上に寝かせ、覆いかぶさる。愉李子は優二を見返した。優二が悲しい顔で、
「上からの命令だけではない」
愉李子は固唾を飲み、
「分かった。その前に準備させて」
「ああ」