傲慢な復讐
砂澤愉李子は親友の川原真海が米兵二人から性暴力を受けたのを知って以来、憤りが収まらなかった。真海からは内緒にして欲しいと懇願されているので誰にも相談できない。日米地位協定が邪魔して日本で徹底的に米兵を司法で裁けない。
昔からの念願だった婦人用の薬がやっと開発され、採用され、売れても気分は全く晴れない。仕事に没頭する事で怒りを忘れようとはしたが、物足りなさを感じる。
米軍基地にサリンをばら撒けばどんなに気が晴れるだろうか。米兵達が毒ガスで苦しんで死ねばどれほど楽しくなるだろうか。そんな事を何度も何度も思い浮かべる。
民間人に被害を出さず、米兵だけ傷付ける方法は無いだろうか。
真海の心身の傷を癒すよりも、米兵に対する復讐ばかり考える。真海が仮に傷が癒されたとしても米兵達が改めない限り、似た事件は起き続けるし、被害者は増える一方だ。根源を断ち切るには米兵達をどうにかするしかない。
所詮、日本政府など敗戦国であり傀儡だ。日本の国会議事堂に毒ガスを撒いても何も変わらない。
愉李子はいつの間にか毒ガスや爆発物について調べるようになった。そうする事で落ち着くのだ。親切に毒ガスや爆発物の作り方を教える書籍は無かったが、事故や事件の資料や論文を集めて分析すれば、浮かび上がってくる。
愉李子は理論を固めていきながら空想を膨らませていった。爆発で身体がバラバラになって、毒ガスでもがき苦しむ米兵達が目に浮かぶ。楽しい。
真面目に生き、他人に尽くしてきた真海。特に落ち度のない沖縄の女性達。泣き寝入りしてきた日本女性達。そんな女性達が何故、一方的に蹂躙され、不誠実で卑劣な男達が罰を受けずに気楽に生きているのだろうか。
米兵達を攻撃してやろう。愉李子には罪の意識は全くなかった。
愉李子が二十八歳になる年の1998年の夏。盆休みに沖縄に行った。里帰りしていた真海と再会する為でもあったが、他にも理由があった。
愉李子は様々な薬品を持ってきていた。医療目的であると証明するのに少し煩雑な手続きが必要だったが、なんとか持ち込めた。それを泊まっていた民宿で更に調合して爆薬と毒ガスを作った。早朝に車を借りて薬を売る振りをして沖縄中を二日かけて周った。
米軍基地の何処にどんな爆弾と毒ガスをどの様に仕掛けるか。茨城県のアパートでも沖縄の民宿でも地図を見ながら何度も確認した。人気が無い上に爆風で基地内に毒ガスが確実に入る様な場所を三箇所見つけている。沖縄県本島南部・中部・北部にそれぞれ一つずつ仕掛ける。
サリンを撒きたかったが、毒ガスは愉李子が独自に開発していた。民間人が万一吸うことを考えて解毒剤も作っている。
段ボールの中に時計の形をした機械とペットボトル。これが爆薬と毒ガスの仕掛けだ。時限爆弾式になっており、一斉に爆発する仕掛けにしている。
罠を全て仕掛けた後、愉李子は真海の所に行った。
出迎えた真海が、
「顔色が悪いよ」
と、心配した。愉李子は苦笑いしながら、
「旅で疲れただけ」
真海だけではなく母親の照子も他の家族も快く愉李子を迎えている。早めの夕食を出して皆、愉李子をもてなした。愉李子は、
「ありがとうございます」
真海の祖父から酒を勧められたが、愉李子は丁重に断った。仕方がないので祖父は沖縄県だけで生産されている炭酸飲料を勧めた。愉李子は素直に飲んだ。独特だが美味い。祖父母と兄と妹が歌ったり踊ったり場が暖まってきた。愉李子もスッカリ気が楽になった。
真海が何となくテレビを付ける。すると、米軍基地が映し出されていた。基地からは怪しい煙がもうもうと立ち込めている。軍人達が急いで消火活動に入っている。煙は弱まりながらも基地の中に中にと入っていく。
真海達は息を飲んで驚いた。真海の兄が不快そうに、
「危険なことをして⋯⋯俺達をこれ以上、巻き込むなよ」
兄は米軍による実験か演習の失敗だと思っているのだろう。テレビからは、
「⋯⋯民間人の被害は今のところ有りませんが、消火活動している日本の消防士に不調を訴える者が続出しております」
愉李子の顔が険しくなった。米軍は何から何まで現地の人間に厄介事を押し付ける。しかし、毒ガスと言っても致死量には至らないように設定してある。
真海は不快そうにテレビを消した。祖父は酒をまた飲み始め、祖母と照子は食事を再開した。兄と妹はぼんやりしている。真海が愉李子に、
「また顔色が悪いよ」
愉李子は曖昧に笑いながら席を外した。
翌日、愉李子は茨城県に戻っていった。罠を仕掛ける時にマスクとサングラスをかけ、服装も変えていたので素顔で飛行機に乗る時には怪しまれなかった。
真海が数日後に事件のあらましを携帯電話で語った。三箇所のうち一箇所は日本の消防士が、もう一箇所は自衛隊が、残りの一箇所は米軍が消火活動をしていた。皆、身体に不調を訴えていた。特に米兵達は被害者と言わんばかりに感情的になっていた。
愉李子としては不満ではあった。日本の消防士にも自衛隊にも恨みはないし傷付けるつもりは無かった。米兵達が被害者面をする資格も無いと考えていた。しかし、作戦は少し成功している。民間人に被害は無いようだ。