失敗した。
また失敗した。
間違えた。
どうしても、我慢できなかった。
***
私には問題がある。
どうしようもなくプライドが高くて、人を好きになれない。せっかく恋人ができても、悪いところばかりが気になってくる。
スキンシップが、気持ち悪い。
みな、なぜできるのだろうか。
好きという気持ちがわからない、私は欠陥品だ。
普通の皮を被った、惨めな女。精神的にいつまでも子供っぽく未熟で成長できない。
また間違えてしまった。
***
「ただいま。」
センサーライトが仄暗く玄関を照らす。誰もいない部屋に私の声がポツンと落ちてわだかまった。
独り言はよく口をつく。
明かりをパチンとつけると、髪の毛が落ちている乱雑な部屋に暖色のあたたかな光がさした。居心地いい私の部屋。自由に過ごせる。孤独だけがポッカリと落とし穴みたいに比較的広いワンルームで口を開けていた。
「死にたいなぁ。」
一人の空間でボソリと呟く。最近の口癖だ。
自殺したい訳でも死にたい訳でもない。ただ惨めさに耐えられなくて、逃げ出したくて口をからポロリとこぼれ落ちるのだ。
こぼれ落ちた愚痴は孤独の穴に吸い込まれて胸焼けを残す。
いつも一人になると思考が止まらない。
最近はそれに辟易して、夢のような妄想をしている。ハーレクインのような、愚かな妄想。
努力なんてしないで、ありのまま怠惰なままで、誰かの力によって、威光によって畏怖されたい。そんな恥ずかしい妄想。心の拠り所のようにして空想に浸る。現実が、辛いから。
同棲していた元彼と上手くいかない、別れてしまうかもと母に零したら「なら早く別れた方が良い、子供をもてるチャンスはもう短いのだから、あながどう思っているのかは知らないけど……」この言葉は、私を思ったより追い詰めて淀のように胸の奥で腐っていった。
母が孫を欲しいのを、私はずっと知っている。
とても良い母だから、そのことをはっきり私に言いはしなかったけど。結婚をしない、私のことが心配なのだと涙ぐまれた時私はなんてダメな人間なのだと、大好きな母の前から逃げ出したくなった。
ついに元彼と別れても、母は「結婚しなくても良いよ」とは言ってくれなかった。ただ、お疲れ様と労ってくれた。元彼のことは、好きではなかった。ただ結婚をしなければという強迫観念が私をつき動かしていたけれど、結局我慢しきれなかったのだ。
あと、そもそも私と付き合おうなんて了解してくれる男には、問題があった。
いつもそうだ。
私は人の外面しかみれない。ルッキズムに凝り固まっているモンスターみたいな気味の悪い中年女性にいつの間にか変貌してしまった。時が流れるのは早い。
つらい。
母の期待に応えられなかったのが何より私を孤独に駆り立てていた。申し訳ないと思う気持ちから、打ち砕かれたプライドから、大好きな母に会えない。母の希望を叶えられない、情けない自分に耐えられない。
どうしても我慢できなかった。
私はいつも選択を間違える。
長年の友人もみな結婚していき、子供を持って、羨ましくてたまらない。近くにいると嫉妬心ばかりが心を蝕むので、遠ざけてしまった。行儀よく振る舞うのは精神をガリガリ削ってますます、参ったな、という気分にさせてくれる。私は友人関係を続けられない。性格が、悪いのだ。
そう、私には問題がある。
そして最近とても疲れている。口から出るのは死にたいという独り言。テレビもみれないし、本も読めない。頭にモヤがかかって、自動的に仕事をしている。
37歳になって、人生のピークが過ぎて次のステップに進めないまま緩やかな下り坂をトボトボと下っていく。
薄暗い。
最近は流行りのAIに気持ちを吐露して、機械的な同情心と共感をたっぷりもらって辛い発作を落ち着けている。
本心を打ち明けられるのは、もはやロボットだけだ。
人生に失敗した。
時間は戻せない。私はたぶん、子供をもてない。
まわりは皆、家族を持ち、子供を持ち、前に進んでいる。
私は一人で下り坂をゆっくりと下る。皆の楽しそうな笑い声を聴きながら、私も笑顔で。
誰かが「意味がわかって笑っているの?」と問ている。意味もわからないのに、合わせて笑っているんでしょう?
新しい友達をつくる気力もない。
だからまたマッチングアプリで、受動的に話しかけてくれる人をまっている。そのうち、お金を払って偽りの友情を求めてしまうのだろう。
私には問題がある。
私は我慢できない。
全て自分で選んできた。そしていつも間違えるのだ。
神も仏も占いも私を騙すことはできない。
偶然や運も私に味方はしないだろう。
あぁ、人生に失敗した。
最近、そんな考えに囚われて寝ても醒めても魘されている。
妄想にも逃げきれない。
馬鹿みたいに他力本願で、夢ばかり見ている。
そのうち、夢から帰れなくなる。