エピローグ
リンは惚けたような気分のまま1人で屋敷に帰った。
「ご主人様は!?」
中年くらいの給仕の女性が走ってリンの元へ来る。
「死んだ」
「……」
その女性は絶句して口を手で抑える。随分上品な動作だな、と関係のないことを思った。
「いえ。そうですね。ルーカス様はいつだってこの時を想定して動かれていました。私が動揺するのはルーカス様のためになりません」
少し涙ぐみながら姿勢をただし、着いてこいとでも言うように歩き出した。切り替えが早すぎる。さすがルーカスが重用していた女。強かだ。
「こちらが、ルーカス様の部屋です」
「え?なんで私に」
「引き出しを開けてみてください」
引き出しを開ける。
紙の束があった。私は文が読めない。ここまで連れてきてくれた女性に、読んでもらうようお願いする。
最初には、私と、私の一族に対する謝罪の言葉が書いてある。住む場所を文化を歴史を奪ってすまないと。……。
そしてそのあとに書いてある言葉を見て私は今度こそ言葉を失った。
「私に、この領地を渡す……?」
押した覚えのない、私を示すらしい印まで押されている。いつの間にこんなものを。
「ランドット様にも手紙を出していたと聞いており、あれ……?」
今まで頼りにしていた気丈な女性が何かに気づいたように固まる。
「この引き出しには領地の予算に関する資料しか入っていなかったはず……なんで私はここにあると……いや」
明らかに様子がおかしい。
「リン様」
「は、はい」
つられて敬語になってしまう。
「リン様に領地を託したいとルーカス様はおっしゃっていたはずですよ!」
「へ?いやそんなはずは……」
───────ある。ルーカスは私に領地を渡したいと言った。いつ?あれ、いつだ?おかしい。どう考えてもおかしいのに。私は確かにこの紙に判を押した。そもそも判なんて持ってないだろう私は!そう思った瞬間ポケットに重さを感じて、開いて見ると判があった。思わず細い息が漏れる。なんだこれ。
「思い出しましたか」
「え、ええ……」
納得はできないが、リンは頷くしかなかった。
▫
「なんで、なんで!この領地は私のものだ!」
目の前にいる女王という存在が半狂乱で髪を掻きむしり膝を落とした。
「見苦しいですよクイーン」
ランドット公を名乗る男は心底愉快そうに目を細めながらそう言った。
ルーカスと仲が良かったらしいが、随分不遜な男だ。……それはルーカスもそうだったが。
領地経営に不慣れなリンを扱い易いとみて協力的になっていることは想像にかたくなかった。
ルーカスが死んだと確かめた直後はさすがに悲しそうな顔を見せていたが、今はどこへやら。女王を窘めるふりをして楽しんでいる。性格の悪い男だ。
「クイーンも認めていたでしょう。後継者が見つからずルーカスが死んだら贖罪の意を込めて異民族に領地を渡すと」
「あああ、ああ!確かに記憶がある!私がそんなこと、言うはずがないのに!ルーカスのものは私のものだ!そう、そうだよ、私がルーカスの後継者だ、それでいいだろう!?」
女王が女王らしからぬ素振りでズカズカとランドット公に近づき、その肩を揺すった。
「女王である貴女が後継者?笑わせないでください」
「不敬だぞ!」
「ははは!私は裏の王らしいですからな!」
ランドット公も私のように、記憶に自信が持てないだろうによくもここまで言えるものだ。
……女王がランドット公に口で勝てる未来が見えなかった。結局リンがこの領地を継ぐことになるのだろう。
この違和感しかない現象を起こしたであろう青年のことを思い出しながらリンは目を瞑った。
何を考えてルーカスはこんなことをしたのだろうか。
私に任せたところで状況が良くなるわけでもないのに。
明日もう1話だけ投稿する予定です。




