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「おはようございます」
「……」
ルーカスはメイドに起こされた。
ルーカスと同年代か少し下くらいの、中性的な笑顔が可愛らしい女性だった。
「誰、だ?」
「ええ!?忘れちゃったんですか?私ですよ私!レイラです」
「……ああレイラか」
ルーカスがまだ部屋に閉じ込められていた時、祖母が渋々した顔で連れてきた少女だった。曰く、遠目に見たルーカスが深窓の令嬢に見えたらしく、憧れのお嬢様に仕えたかったとかなんとか。そのしつこさと没落したとはいえ意外と良い家柄に何も言えなくなってルーカスの元に連れてきた、らしい。
「良かったー。冗談でしたか」
「ははは」
「もう。私は、結婚を捨ててここに残ってるんですからね!ルーカス様に忘れられたら生きていけませんよー」
「……発言が重いな」
「分かってくれればいいんです!」
レイラに服を着せ替えてもらいながらたわいもない話しで笑いあう。……いや、結構大事な話かもしれない。
「良し、これで今日もかっこいかわいいですよ、ルーカス様!」
「いつもありがとう」
そう言いながら食卓に向かう。
「あれ。父上。今日は動いても平気なのか?」
「ああ。今日はなんだか元気でね」
「それは良かった」
今日は一人だけの食事でなくてすみそうだ。叔父と祖母はルーカスに思うところがあるためか、あまり同じタイミングで食事を取らない。いや、給仕達の気遣いかもしれない。
ルーカスの父はルーカスが物心ついた時からずっと病にふせっている。その理由もなんとなく察しがついているが、ルーカスはそれを考えないようにしていた。
その負い目もあって、ルーカスは辺境伯代理として働いていた。
「ルーカス!」
扉が大きな音を立てて開かれる。
「ユーリ。食事中に邪魔をするなと言っているだろう」
「そう言うなって!ほら、食い終わったら行くぞ!」
「はあ……分かった」
鎧に身をつつんだ、ルーカスと同い年の青年はそのまま勢いよく扉を閉めて走っていった。よくあの重装備で走れるなと思いながら父に詫びを入れる。
見た目は好青年だが、少し非常識なところがある……いや、いつもはそれを許すルーカスくらいしかいないのだから、実は分かってやっているのかもしれない。
「ウチの近衛兵長の息子だったか?」
「ええ。ついでに言うと乳兄弟です」
「……ああ、そうだったか」
「ええ」
基本屋敷に幽閉されていたルーカスをよく遊びに連れていってくれた。本当は良くないことだけれど、屋敷を出て草原を駆け回った。ルーカスの方が足は速かった。体力もなかったが。
「なんだよ、今日はルーカスだけじゃなくて兄貴もいんのか?」
偶然近くを通りかかっていたらしい叔父がこちらに大股で歩いてきてニヤニヤと笑いながら言った。
叔父は少し辺境伯という立場に執着しすぎているきらいがあるが、それを抜きにすれば意外とルーカスには優しかった。
ルーカスが跡を継ぐなんて思いもしていなかった頃はよくお土産をくれたっけ。
「私は食べ終わりましたので、どうぞご歓談を」
口元を拭いて立ち上がる。
「冷たいな〜ルーシーちゃん、反抗期?」
「はあ……」
叔父の言葉にため息をつく。幼い頃に叔父がからかって呼んできた名前だ。そもそもルーカスは23歳で反抗期なんてとうにすぎている。
ルーカスは叔父を面倒くさそうに見る。このため息をつく動作すら叔父は予測して楽しんでいると知っているからだ。こちらをじっと見つめて口角をあげている。
その“特技”を使ってよく人間関係をひっかけ回して遊んでいる。悪趣味だが、被害は大したこともなく、言ってしまえばそれだけなのでルーカスもため息しかつけない。
父はどうでも良さそうに食事を続けている。ルーカスの父が自分勝手なせいで現在の状態になっているので、まあいつも通りだ。
そのまま部屋を出て、歩く。
『……』
おじいさまが複雑そうな顔をしてこちらを見ている。
おじいさまはいつだって正しい。でも、ルーカスはおじいさまのことを信用しきれなかった。
見慣れない顔がたくさんいる気がする。うちの屋敷はこんなに人が多かったっけ?
「ルーカス!」
「ああ、来たぞ。今日は何をするんだ?」
ユーリが駆け寄ってくるので少し笑いながら答える。
「あまりルーカス様を困らせないようにしてくださいね!」
レイラがそれを見て拗ねたようにそう言った。彼女はまだ仕事をしなくてはいけないのだ。置いていくしかない。
「分かってるって!ほら、行くぞ。鷹狩だ」
「……その装備は重すぎないか?」
「いいんだよ、訓練だ訓練」
「俺も着るか」
「お前着たら潰れるだろ」
「うるさい」
「いいハンデだ」
「言ってろ」