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「それでぶん殴られたらひとたまりもないな……」
おじいさまが嫌そうな顔をしているので、ルーカスは自身の顔を触る。どうやら笑みの形に顔がひきつっているらしかった。改めて自身が壊れていることを確認したルーカスは目を細めた。
気が狂って人を喰うようになった魔族をわざわざ魔族領に入るという禁を犯して殺しに行ったのを思い出す。魔族も人と大して変わらない。ただ魔力に適合しきれずに変質する、いや適合したからか?正しい表現は精査が必要だが、まあ魔族と人間に差はほとんどない。中を調べたルーカスが言うんだから間違いない。それを、食べる。禁忌だ。ルーカスは胸が高まって、危険を承知で倒しに……いや、会いに行った。気になって気になって仕方がなかったから。そしてその光景を見て満足して、そのまま殺した。
幼い頃に刺激の強い光景を見すぎて、ちょっとやそっとのことじゃ感動できなくなった。楽しめなくなった。友に手をかけた記憶がルーカスが楽しもうとする全てを阻む。ルーカスは貴族だ。辺境伯だ。楽しむことより領地を存続させることが目的であるべきで……だから使える者を好まなくてはいけないのだ。このままでいい。
「くふ、ふふふ。ははははははは!ゴホッゴホッ、ひー、はははははははっ、……はあ」
ルーカスは横なぎに振るわれる大剣を、木を使って避けながらひとしきり笑って少し落ち着いた。森の獣が巻き込まれてひしゃげている。
久しぶりに楽しい。なんの苦労もせず、ただ強いだけのルーカスが強者を倒す。何事にも変え難い娯楽だ。口角が限界までつり上がる。
何故か怒っているレイクと何故か笑っているルーカスは対照的だった。どちらも戦士としては正しくないだろう。ルーカスはそもそも戦士ではないが。
「あーあ。更地だ。ここ、俺の私有地なんだぜ?」
いつもは締め直してるふりをしてるネジが三本くらい抜けている感覚のまま、ルーカスは口を開いた。実際、多くの木が大剣によってなぎ倒されていた。森の奥へとどんどん進んでいく。
「人をオブジェにでもしてるとか言われたんだろうが、やってるのはランドット公だからな、俺じゃない」
ルーカスの悪評の1つとして広がっているそれに言及すると、レイクが少し動揺した気がした。
「悪趣味だよなぁ。初めて部屋を見せられた時はさすがの俺も顔がひきつった……いい思い出だよ」
動揺しているルーカスに気づいたのか、他国からの侵略者だから問題ないと、ランドット公は弁明していた。
「分かっただろ?俺が犯罪は犯してないって。さっさと切られてくれないか?罪状はまあ……不法侵入と俺の所有物の破壊でいいか」
レイクは平民だと闘技場で会ったときは言っていた。もちろん嘘をついている可能性もあるが、ネジの外れているルーカスはそこに思い至っても止まることはできない。もし貴族であっても襲われたとなれば剣を持ち出す理由としては十分なのだが……自分が絶対強者であると認識しているルーカスはその考えに及ばなかった。そもそもその考え自体を持ち合わせていないとも言う。
振り上げられた大剣に乗って飛び上がり、そのまま首に隠し持っていたナイフをつきつける。剣は鞘に収めた。
「うおおおお」
大剣ごと持ち上げられた。
ルーカスは少しショックを受けつつ、大剣から退いてレイクの首を足でしめに行った。
当然抵抗され、手で無理やりどこそうとするので、それを避け片手でレイクの頭を壁として、反動をつけ後ろに向かって飛び降りた。そのまま斬りかかり、レイクの方は避けきれなかったようで服は裂け少し傷がついた。どうやら勇士の力で強度が上がっているらしい。これくらいで止まるとは思わない。ルーカスはそのまま後ずさる。
このままだと決め手に欠ける。剣で斬るか刺せば大抵致命傷だ。その前提が崩れるとなると、戦い方もよく考えなくてはならない。
魔法。ルーカスは魔法が使えた。貴族の嗜みみたいなものだ。ルーカスの家は魔法を生業にしているわけでもないので、本当に嗜み程度だった。1回使うのが限界だろう。どう使ったものか。
「手抜いてるよね?」
レイクが痛みで少し冷静になったのか口を開いてそんなことを言った。
「……本気だぞ」
そう言ってルーカスは目を逸らした。
確実に勝てる方法はいくらでも思いついている。ただそれをするのは自分に負けた気がするだけで。あくまで公平に戦いたかった。
ルーカス自身を1回犠牲にした捨て身の攻撃を行えば勝てるだろう。そこから再起する手段はいくらでもある。おじいさまを使うとか、魔法を使うとか。人体をよく知るものは再生する術もまたよく知っているのだ。
そんなことを考えていたせいで後ろに木があることにきづかず、背中をぶつけた。殴打の勇士もそれを見逃すはずはなく、大剣をふるってくる。少し体をずらし避けるが、剣の腹で吹っ飛ばされた。気持ち悪さを覚えつつ、着地する。ルーカスも勇士になったことにより強度が上がっているらしかった。
ふらふらしながら顔を上げるルーカスの目前に───────ドラゴンの足が迫っていた。




