3
『そういえばこの女は湾曲の勇士ではないか?』
「そうなんですか?」
ノアは女達に囲まれている。
ルーカスはぼんやりとそれを見ていたが、おじいさまが話しかけてきた。
ルーカスがその指をさしている方向を見ると、ドレスを着込んだ良家のお嬢様のような少女がいた。
「湾曲の勇士について私は何も知りませんが……」
『我は知っているのだ。このように女らしくはなかったはずだがな。警戒しておいて損はないだろう』
「そうですか」
ルーカスは考える。
帰路もそうだが、湾曲という言葉のなんと分かりにくいことか!
切断の単純さを見習うべきだとため息をついた。
歴代の勇士は皆持つ力、名乗る属性が異なっている。湾曲の2文字ではどのような能力を持っているのか。ルーカスは分からなかった。
おそらく“曲げる”のではあろうが。
「作戦会議だ。そこの女は湾曲の勇士だろ?勇士が3人いるなら何をやったって勝てそうだな」
ルーカスはノアの方に向き直る。
「……」
「聞こえなかったか?ならもうい」
「いや聞いているよ」
「そうか?ならいい。俺の提案としては裁判にかけたいところだが」
ルーカスはそう言いながらノアをうかがう。
強い怒りを表すかのように、彼は唇を噛んでいた。
「それはお気に召さないらしいな」
「別に」
「まあいいさ。そこで提案だ。俺が女王様に嘆願を出しておく。防護の勇士はもうすぐこの国にも凱旋に来るという話だ。そこで暗殺をする。それだけだ。とはいえ国のバックアップがあるってだけで違うだろ?」
「……いらない。役たたず」
ノアは机を立った。それに従うように女達も立ち上がる。
ルーカスは考える。
昔この少年に役たたずと言ったことがあるらしい。
それを随分根に持っているようだ。
私情でチャンスを逃すような人間なのだからそりゃあ昔の自分も役たたずと言うだろう。
納得がいった。
1人残されているのを確認しながら頷く。
「おじいさま」
『ああ、あのガキは随分愚か者らしいな。子供らしいと言えばらしいか』
「それは別にどうでもいいですが……」
『お主はもう少し他人のことを考えた方がいいな』
「言われなくとも。まあ私と敵対するということですから、女王にはそう伝えておかなくてはいけませんね」
▫
「女王、そういうことで帰路の勇士はこの国に来ている。そうして正式な手順を踏まずにここで暗殺しようとしているらしい。この国が血で汚されたら嫌だろう?帰路の勇士への注意勧告と防護の勇士への裁判の申請を要求する」
ルーカスは女王と仲が良く、申請すればすぐにでも謁見することができた。
「許可しないわ」
女王はそう言った。
ルーカスは不信に思い、彼女の目を見た。
明らかに普通ではない。
「おじいさま」
『帰路の勇士の力だろう。状態異常…でもないな。これは、回帰…?』
「……」
どうやらおじいさまにも分からないらしい。
「女王様。俺のことは覚えているか?」
「分からないわね」
つまり、記憶が“戻って”いる。
ただの状態異常ならばルーカスは安心できただろう。
彼は異常を斬れる。
然るべき機関を呼んで儀式をしてもらうという手もあった。
しかし彼のおじいさまは異常ではないと、そういうのだ。
「仕方ない、か……おじいさま」
少し、見誤っていたらしいとルーカスは気がついた。
ナイトメアに唆されて復讐を行っているとそう思っていた。
これは違う。その程度でできる蛮行ではない。
……そういえばあの屋台の店番はなんと言っていた?
帰路の勇士は皇帝を幽閉したと言っていたではないか。
この国来た時点で女王は害されていたのかもしれない。
確かに女王がこの状態ならあの提案に力はない。
『ああ、いいぞ。我はお主の祖父だからな。これくらい朝飯前だ』
「ありがとうございます。おじいさま。『───────戻れ』」
女王の目がだんだんと正気に戻っていく。
「女王。俺のことは分かるか?」
「……。当たり前じゃない。ルーカス」
「良かった……」
「どうしたのよ?」
▫
「ありがとうルーク。それからそこの近衛兵、帰路の勇士には反逆罪で指名手配をかけておきなさい」
ルーカスが事情を話すと、女王は眉をしかめながらそう言った。
「確かに私は帰路の勇士に会った。その後の記憶もない。これは……そういうことね」
「…それで防護の勇士に対する裁判の申請をして欲しいんだが」
「いいわよ。私を女王にしてくれた貴方の頼みだもの、断れるわけないじゃない」