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「はあ……」
「疲れてますね。視察で何かありましたか?」
「いや……」
ルーカスはレイクと別れた後宿に帰った。そして今まで黙り込んでいたおじいさまが言った。
『あれ殴打の勇士だぞ』
ルーカスは動揺しすぎてベッドから落ちた。
なぜ先に言わなかったのかと、おじいさまを問いつめると、そっぽを向きながらあいつは嫌いだとよく分からないことを言われた。
闘技場もランドット公も嫌いだと言っていた。理由はよく分からないが、ルーカスがそれらと関わっている時は、おじいさまはいつも顰めっ面で口を開こうとしない。
そういえばお父様のことも嫌っていたなぁと現実逃避のように思い出していた。
「特に問題はなかったぞ、楽しかった」
「それは良かったです。内容は私だけに話してくださいね。旦那様は皆から慕われていますが、趣味に関しては受け入れられていませんから」
「分かっている。今は追憶の勇士もいるしな」
ルーカスはきちんと公私を分けられる人間だ。社交界で暴れていたらしい父や愛人を複数抱えていた叔父とは違う。とはいえ結局似たようなことをやっているのは、血は争えぬということか。
「研究も最近は進んでいないな……」
「仕方ないでしょう。勇士達の活躍により、この領地まで辿り着く魔族自体が減っているのですから」
「まあそれもそうか。つまらんな」
研究する際には当然1人では回らないので助手がいる。しかしこのままでは仕事もない。給仕の1人として置いておくのはもったいない気もするが、行き場もないと言っていたので、結局そのまま置いておくしかないのだろう。ルーカスはぼんやりと頭をめぐらせた。
おじいさまが目の前で呆れたように首を振っている。闘技場に関しては特に難色を示すが、代々受け継がれてきた研究に対してもおじいさまは良い顔をしなかった。
『清く正しく生きろと言うつもりはないが、もう少し我の孫という自覚を持ってほしい。お前は男なんだから女と遊べ』
「女王様と?」
『そういうことだ』
「……」
ルーカスは椅子をクルクル回す。
おじいさまがこう言うので、女王との遊びを続けているのだ。
「旦那様は誰と話していらっしゃるのですか」
「独り言だ。こうやって反復することで理解が深まる」
「そうですか」
このやり取りももう何度も繰り返している。
扉が開く。
殲滅の勇士、ネストが入ってくる。
「ルーカス。帰ってきて早々悪いんだが、庭を少し破壊した。来てくれ」
「うん」
ネストについて庭へ行くと、大きいクレーターが空いていた。
「少し……?」
「悪かったとは思ってる」
「……。経緯を聞いてもいいか?」
「ああ。アランが腹立つことを言ってきたので、庭に飛ばして爆破した」
説明になってない説明に、ルーカスは頬をひくつかせた。屋敷が燃やされたよりは随分マシだが、だからといって簡単に許せることでもない。
「お前ならもう少し離れたところでも攻撃できたんじゃないのか」
「……まあそれはそうだが。弁償はする」
一応悪いとは思っているのかしおらしい。
アラン……追憶の勇士の安否について全く質問していないが、ルーカスは今そこまで頭が回っていない。そのくらいショッキングな出来事だったと言える。
「しなくていい。ほとんど1文無しのお前に払えるとは思えん。その分は働いて返してくれ」
「分かった」
「はあ……とりあえず戸籍もできたところだ、確認しろ」
「ん?ああ」
戸籍の内容が書かれた紙をネストに渡してルーカスは再度ため息を吐いた。
そこでようやくアランの存在に思い至る。
「アランはどうなったんだ?」
「今頃客間で寝てるだろ」
戸籍を真剣に見ているのかどうでも良さそうな返事が返ってきた。ルーカスにしてみても優先度はそのくらいなので、ちょうどいいと言える。
「何か気になるところでもあったか?」
「アランに?別にな……いや違うか。戸籍、そうだな。名字がないんだな」
「欲しかったか?まあ働きによってはつけてやってもいいが……今すぐとなると手続きと適当な所縁を作り出すのが面倒でな」
「いやいい。今更見知らぬ親戚なんて必要ない」
「そうか?」
ネストはそのまま興味深そうに紙を眺めていて、ルーカスはそれ以上の言及を避けた。




