31
「なんですかあの人は!」
使用人の1人がルーカスに訴える。
「どうした?」
「おr私が勤務後酒を飲もうとしていたらビンごと叩き割ってきたんです!高かったのに……」
アランか。いや、まだ犯人が誰かは分からない。
ルーカスが訴えの主は誰かと顔を上げて見ると、少年の雰囲気が残る青年が必死にポーカーフェイスを取り繕おうとしているところが見えた。なるほど、彼はアランが前に来た時はいなかったな。
「……何か言っていたか?」
「え?ええと、酒は人を堕落へと誘う毒だから飲まないように?とか言ってましたね」
「はあ……」
アランで間違いなさそうだ。
「酒代はいくらだ?俺が払おう」
「あ、ありがとうございます!」
小切手を書いて渡すと、そのまま嬉しそうに走り去っていく。
「若いな……」
「旦那様も十分若いでしょう」
「まあそうだが」
メイドの言葉にルーカスは憮然としながら頷く。
「追憶の勇士は相変わらず扱いにくいな」
社会性をある程度身につけたように見えたんだがな……とルーカスはため息をついた。
「こういう人だったんですねぇ」
「ああ」
こんなことを繰り返すからこの家の使用人は皆アランを嫌っている。例外なく、だ。むしろ結託感が増していいかもしれないな、なんてルーカスはぼんやりと考えた。
「見た目はかっこいいのに……」
「そうか?殲滅の勇士の方がかっこよくないか?」
「男性陣は皆そうやって言いますよねー」
ルーカスはあまり知らないが、どうやら使用人達の間でどちらがかっこいいかという論争が起こっているらしかった。
「そりゃネストの方が背も高いし体格もいいし、顔も男前だし、声も良い」
アランは外に出ていない者特有の青白い肌、薄い体躯であり、顔はいい気もするが、少女のようだし、神経質そうだ。メイドの口ぶりからして女性に人気があるようだが、ルーカスにはその理由がよく分からなかった。
アランが使用人皆に嫌われているというのは嘘だったのかもしれない。当然女性には嫌われているものだとばかり思っていた。
「そういうことじゃないんですよねぇ」
「ええ……」
ルーカスはこのことについて考えるのをやめた。
そして本題に入る。
「そろそろ闘技場を見に行きたいんだが、アランを見張っておいてくれないか?」
「そこまでするならやめておけばいいのに……」
「むっ、俺はオーナーだぞ。たまには行かないとな。ああ、でもしばらく見に行ってないせいで俺のことなんて忘れられているかもしれないな……」
「仕方ないですね。見張っておいてあげますよ」
「恩に着る」
ルーカスがしょぼくれたように目を伏せるので、幼い頃から見ていたメイドはついつい絆されて厄介な役目を引き受けてしまう。
その途端いつも通りの自信が滲む笑みを浮かべるものだから、本当に困ったご主人様だな、とこっそりため息をついた。
幼気な少女にしか見えない愛らしい顔立ちに、他者を見下すような、1種の酷薄さを感じさせる傲慢な笑みは不思議とよく合っていた。これはこれで人気があるんだよな、とは言わない。何か負けた気がするので。
「ついでと言ってはなんだが、領地のことも頼んだぞ」
「ええ、もちろんです」
緊張感のあまり見られない表情でメイドはそう答えた。少しイレギュラーなことがあってもいつも通りのことをするだけだ。




