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ルーカスはお忍びで市場を回っていた。
自分の領地の市場を見るのは久しぶりだが、大変活気があって何時でも新鮮な光景を提供してくれる。ルーカスは楽しげに笑った。
「あらまあ、領主様じゃないの!」
「なんのことです?」
「あんたのおかげで商売大繁盛だよ。先代は不甲斐なかったからねぇ。……もしかしてこれって不敬かい?」
「あはは」
先代の領主……つまりルーカスの父親のことだが、彼はルーカスが物心ついた時にはもう病に臥せっていて、あまり話す機会もなかった。ルーカスの一族は短命が多い。血が濃くなりすぎたのだ。叔父は不思議なことにとても健康であったが。
父との記憶はほとんど無かった。ルーカスが10の時に死んだ。愛されてはいたのだろう、とは思っている。生まれた時点で気味悪がられて殺されていてもおかしくなかった。
「おお、本当に領主様がいるじゃないか!」
隣の店に店主が戻ってきて、ルーカスに話しかけてくる。
「次は何をするつもりなんだ?」
「いや、私は領主様じゃありませんが。……次は開拓を進める予定です。そのために殲滅の勇士をお招きしたかったんですが。あ、これ秘密でお願いしますね?」
商売に関係なさそうでやはりある事柄なので、希望を持たせるようなことを言っておく。商売人から好かれるにこしたことはない。ルーカスがいると聞いて真っ先に話しかけにくるような人物なら尚更だ。
「私の話は置いておいて、今の売れ筋を教えてくださいよ」
「……相変わらず領主様は話が速すぎるな。今の売れ筋は───────」
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「海産物かー」
ルーカスの領地はとにかく広いが、内陸部にあるので海産物は滅多に手に入らない。偶然大量に辿り着いたので、物珍しく皆買っていると言うことらしい。現にルーカスも初めて見る食材に目を輝かせ、思わず買ってしまった。
「これはなんて言う魚なんでしょう」
『パンガシウスだな。まだ食えるが日にちも経っているし、しっかり火は通した方が良いぞ』
「わ、おじいさま」
思いもよらず声をかけられてルーカスは驚いた。
冷凍保存というやつか、パンガシウスという魚はひんやりしていた。魔法でも使ったのだろう。長期に渡って冷やされているので、相当腕のいい魔法使いがやったのだと思われる。それにしては安価だった気がするが、海産物の相場なんてよく分からないので、そういうもんかと思うルーカスだった。
「むむ、【フィンガーファイア】」
魔法を使い、良い火加減で焼いてそのまま頭からかじりつく。ルーカスは人を使う立場であり、魔法の能力はさほど高くないので、魔法を使うことはほとんど無い。しかし、そこそこ扱えるので、こうしてたまに便利な道具として使うのだった。
「……苦い」
思っていたのと違う味だった。
『腹が美味しいぞ。あと骨は食べない方がいい』
「そうなんですか……」
魚ってやつは思ったより食べるのが大変なんだな……と思ったルーカスだった。
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「……お前切断の勇士か?」
黒い外套を羽織った背の高い男に声をかけられる。足取りはしっかりしており、外套の奥に鍛え上げられた筋肉があることは想像に難くない。
「……。誰でしょうか?」
知り合いではなさそうだ。
とはいえ、人を覚えることにあまり自信を持っていないルーカスは思わずおじいさまに聞く。
『こいつは……』
その男はおじいさまの目の前に手をかざした。まるで次に続く言葉を静止させるように。
「ああ、皆まで言わなくていいぞ。黄金に輝く浮遊しているご老人」
ルーカスは思わず目を細める。
これで確定した。この男はおじいさまが見えている。
『な。……お前我のことが見えていたのか』
何故か頬をひきつらせるおじいさまを見ながらルーカスはこの男が誰であるのか、考えを巡らすのだった。




