憎しみは悲しみのなれの果て
フローライト第九十一話
次の日学校で休み時間に朔に話しかけて「大丈夫だった?」と聞いても「いや・・・」と言うだけでどこかよそよそしかった。
「今日うちにおいでよ」と言っても「今日は行けない」と言う。
今まで朔が美園を断ることなどなかったので、美園は本格的に心配になってきた。
「朔?やっぱり何かあるよね?」
「・・・ない」と朔が美園から顔を背けた。
「・・・・・・」
美園が黙っていると授業のチャイムが鳴って、ガタガタと皆が席に戻り始めた。美園の席はもう朔の隣ではなかったので美園も仕方なく席にもどった。
下校時間朔のところに行こうとしたら、朔がさっと教室を出て行ってしまった。慌てて追いかけようとしたら「あ、天野さん」と数人の女生徒に話しかけられた。
「天城利成さんのお店・・・行こうと思うんだけど・・・たまに天城利成さん本人が来ることあるってほんと?」と聞かれる。
「まあ、たまにね」
「そうなんだ」と女子達が嬉しそうな顔をする。
「それで、天城奏空さんも来る?」
(あー・・・)と美園は女子達を見た。利成じゃなくて奏空目当てなのだ。
「奏空はほとんど来ないよ」
そう言うと女子達ががっかりしたような顔をした。
「そうなんだ・・・」
「そう」と言って美園は教室から出た。もう朔の姿は見えない。
(朔・・・)
どうしたんだろうと気になるが仕方ない。美園はそのまま自宅に戻ろうとして、ふと明希のお店に行ってみようかと思った。
電車を乗り継いで明希の店に到着する。店の中に入って行くとスタッフの女性に「いらっしゃいませ」と元気よく言われた。美園がそのスタッフを見ると、見たことのない若い女性だった。きっと美園のことを知らないのだろうと、そのまま真っ直ぐ朔の絵の前に行った。
そしてその絵のエネルギーを感じてみようと、絵の前で少し深呼吸をした。心が静まるといつもよりエネルギーを感じやすくなる。一分ほど目を閉じてそのままエネルギーを感じてみた。
(あ・・・)
美園は目を開けた。何故だろう・・・涙が出てきたのだ。しかもどんどん溢れてくる。
「あれ?みっちゃん?」と急に声をかけられた。振り向くと明希だった。泣いている美園の顔を見てびっくりして「どうしたの?」と明希が言った。
「ううん・・・どうもしないんだけど・・・」と美園は涙を手で拭った。
「こっちにちょっとおいでよ」とスタッフの部屋に明希が美園を入れた。
美園が椅子に座ると、その前に明希が座る。
「何かあった?」と聞かれる。
「何も・・・」
「じゃあ、何で泣いてるの?」
「あの絵のエネルギーを感じていたら急に涙が出てきたの」
「絵?朔君の?」
「そう・・・」
「そうなんだ・・・」と明希が考えるような顔で口を閉じた。
「朔が今日誘っても来ないって・・・そういうこと初めてで・・・」
「そう」
「何だかどうしてだろうって思ったら・・・朔の絵がみたくなったの」
「そうなんだ・・・」と明希が優しい笑顔を作った。
「あの絵・・・私が買ったらダメだよね?」
そう言ったら明希が少し驚いた顔をした。
「そうだね・・・それじゃあ、朔君もあまり納得しないかも・・・」
「だよね」
「最後の絵はね、普通の人は買わないよ」と明希が言う。
「普通の人は買わないって?どういうこと?」
「んー・・・何となくだけど・・・あの絵に共鳴できないと買えないと思うの」
「共鳴?」
「そう。今のみっちゃんがそう。共鳴できたんだよ。だから涙が出てきたの」
「・・・・・・」
「朔君はね、ものすごく重たいものを抱えて来たんだよ。でも、それは大きな使命があるからだと思うんだ」
「使命?奏空が朔は宇宙人だって・・・」
「え?奏空が?・・・そうなんだ、奏空がいうならそうなのかもね」
「でも宇宙人と使命ってどう関係してるの?」
「さあ・・・私はそういう話はまったくわからないんだよ。でも、あの絵の悲しさはわかるの・・・」
「悲しさ?」
「そう・・・憎悪ってね、悲しみが深くて変化しちゃった形なの」
「・・・・・・」
明希の店を後にしてから、美園はものすごく朔に会いたくなった。どうしてそんな大きな悲しみを?
スマホを取り出して朔に電話をかけた。呼び出し音が続いた後に留守電に変わる。
(もう・・・やっぱり出てくれないのかな・・・)
何だかまた涙が出てきた。美園は滅多に泣くことはない。どんな誹謗中傷を言われても、陰口をたたかれても、小学校の頃表立って「誰の子かわからない」と言われても悲しくなんかなかった。ただ相手がひどく滑稽でバカバカしく感じただけだ。
スマホを鞄にしまおうとしたら呼び出し音が鳴った。画面を見てみると朔からだ。
「もしもし?」と美園は出ながら涙を拭った。
「美園・・・ごめん」と朔が言う。
「うん・・・いいよ」
「どこにいるの?」
「外」
「外のどこ?」
「んー・・・明希さんの店の近く」
「俺、行くから。そこにいて」
「え?ここに?」
「うん、すぐ出る」
「じゃあ、駅にいる」
「わかった」と通話が切れた。
駅に入って小さなカフェに入ってコーヒーを頼んで朔を待った。四十分ほどで息を切らした朔が美園の前に立った。
「走って来たの?」
「うん・・・」とまだ息を整えている朔を見て美園は少し笑った。
「ここ出よう」と朔が言う。
「いいけど・・・」と美園が朔の後ろからカフェを出て駅からも出た。
「どこかホテルに行こう」という朔。
「いいけど?この辺にある?」
「探す」と朔がスマホを手にした。
結局近くになくて電車に乗って目当てのホテルのある駅で降りた。今度は街中に堂々とあるホテルだった。適当に部屋を選んで中に入る。
「私、制服だけど大丈夫かな?」と美園は部屋に入ってから肩をすくめた。
「大丈夫」と朔が抱きしめてきた。
「大丈夫って何の根拠もないでしょ?」と美園が笑うと、朔が口づけてきた。それから唇を離すと「美園・・・ごめん・・・」と言う。
「もう、謝んないでよ。何か悪いことしたの?」
「した・・・俺が悪いんだ・・・」
「まあ、座ろうよ」と美園はベッドに座った。目の前の壁には相変わらず鏡があって自分の顔を映しだした。
朔が隣に座ってくる。
「お父さんに叱られた?」
「・・・・・・」
「いつもあんななの?」
「うん・・・」
「どうして?」
「俺が悪いから」
「朔の何が悪いの?」
「俺が・・・こんなだから」
「こんな?どんな?」と美園は首を傾げた。
「・・・俺がバカだから・・・」
「何でよ?全然バカじゃないじゃない」
「・・・・・・」
「バカって言うのはね、うちの咲良みたいな女のこというんだよ。朔はまったくバカじゃないよ」
そう言ったら朔が美園の顔を見た。
「美園は俺のことバカだと思わないの?」
「思わないよ?思ったことない」
「ほんとに?」
「ほんと。朔は自分のことバカだと思うの?」
「・・・うん・・・」
「じゃあ、まずそれをやめなよ。バカじゃないから」
「やめるって?」
「バカだと自分のこと思うのをやめるの」
「・・・・・・」
「朔は・・・んー・・・何て言うの?常識の中にいないんだよ。それは素晴らしいことだよ?」
「えっ?」と朔が驚いている。
「常識の枠組みを外したくてもなかなか外せないんだよ。そういうのが自分の足枷になってるっていうのに。だけど、朔は最初からそこの中にいないんだよ。それは最高なんだよ?」
「ほんとに?」
「ほんと。でも社会の常識に囚われている人からは、朔がバカみたいに見えちゃうんだろうね」
「・・・・・・」
「見ている場所が違うんだよ・・・あ、立ち位置のことね」
「美園は・・・」
「ん?」
「どこからきたの?」
「えっ?」
「何だかここじゃないところから来たみたいだ・・・」
「アハハ・・そう?それは朔の方でしょ」
「俺?」
「そうだよ。きっと朔はどこか遠くから来たんだよ」
「俺が?」
「そうだよ」
「美園・・・」と朔が口づけてきた。それからベッドの上に押し倒してくる。
スカートをめくり上げてまた太ももに唇を当て吸い上げてきた。
── 憎悪ってね、悲しみが深くて変化しちゃった形なの・・・。
明希の言葉を思い出す。
(でもその悲しみって・・・)
きっとこの下らない”常識”ってやつがモノサシなんだよ・・・朔・・・。
春が近づいて一週間後が利成の母親の誕生日のコンサートの日だった。
「あーヤバい」と奏空が慌てている。奏空とだけまだ音合わせをしていなかった。
「とにかく今日は一日オフ貰ったから、今日で仕上げる」と奏空が言う。今日は美園と奏空とで利成の家のピアノ室を訪れていた。
「じゃあ、奏空が弾いて。俺がギター、美園は歌ね」と利成が言う。
「オッケー」と奏空がピアノに向かった。
ピアノの伴奏から入る。美園が歌い始めると奏空がいきなりミスタッチをした。
「あ、ごめん」と奏空が言う。
「いや、久しぶりにやるから、ちょっと指鳴らすよ」と奏空がいきなりドレミファソラシドと超スピードで弾き始めた。
(やれやれ)と思う。
「ねえ、私が弾くから奏空が歌ってよ。その方がいいでしょ?」と美園は言った。
「ダメだよ。麻美さんのご指名なんだから」と奏空が言う。
「ご指名・・・」
(麻美さんはわがまま・・・)
「オッケー、もう一回」と奏空が言う。
奏空が伴奏を弾き、美園が歌い、利成がギターを入れる。一日練習してやっと奏空の勘も戻ってうまくいくようになった。
「後は当日のノリで」と奏空がまた軽く言う。
一週間後、結局わりと大き目なホールでのコンサートになった。
(内輪でじゃなかったの?)と美園は予想してたものの唖然とする。奏空や利成は慣れてるだろうけど、美園はただの素人だ。舞台慣れしているわけじゃない。
「美園、楽しもうね」と麻美さんが言う。
(いや、楽しもうって・・・)と舞台から客の様子を見た。
「これ、もはや誕生パーティーなんて個人的なもんじゃないよね?」と美園が言うと「まあ、そうだね」と軽く奏空が言った。
(サイアク・・・)
咲良の口癖だけど心で言った。咲良はと言えば、朔とちゃっかり観客席だ。
舞台にライトがついてまず奏空が舞台に歩いて行くと、観客席から「キャー」と女性の歓声が上がった。
(これ・・・普通に○○〇(奏空のアイドルグループ名)のファンが来てない?)
「今日は我らが麻美さんの誕生パーティーコンサートにご来場下さりありがとうございます」と奏空がにこやかに挨拶をしている。
(だからこれ普通に○○〇(奏空のグループ)のライブだから)と舞台の裏から美園はツッコミを心で入れた。
奏空が麻美さんを紹介して、美園が麻美さんをつれて舞台の上に上がる。そしてそのまま麻美さんは最初の一曲目を奏空と連弾する。それに合わせて美園が歌わねばならない。
マイクを手にして英語の歌を何とか歌い終わると拍手が鳴り響いた。見ると咲良の隣の朔も思いっきり拍手をしている。
利成が舞台に上がると、また女性からの歓声が上がった。利成が歌い奏空がピアノを弾く。歌の合間には奏空のトークが会場をわかせていた。
一時間半ほどでコンサートは終わり、本当に近しい人たちだけで、ホテルのレストランに移った。咲良が朔を連れて一緒にレストランに入って来た。
「麻美さん、お誕生日おめでとう!カンパーイ」と奏空が音頭を取る。
奏空はこういう場で音頭を取るのが得意だ。昔、利成のような路線でのデビューを勧められたらしいが、その時「利成さんみたくやったら、崩すことできなくなるじゃん。俺は色んなことぶっ壊しにきたのにさ」と言ったらしい。
「ありがとう」と麻美さんが少し腰を上げてお礼を言っている。美園がビールを飲んでても、今日は咲良は何もいわなかった。
「美園、すごい上手かったよ」と朔が言った。
「そう?」と美園はすましたままビールを飲んだ。
「朔君は、音楽はどうなの?」と咲良が聞く。
「俺は、音楽はわかんないです」と朔が答えた。
「そうなんだ。私も」と咲良が笑った。
「音楽は世界を結ぶ神様の奥の手だよ」と奏空がジュースのペットボトルを手に現れる。朔のグラスにジュースを注いでから美園の方を見る。
「あ、ビールか」と少し離れたテーブルの上にあったビールの瓶を持ってきて美園と咲良のグラスに注いだ。
「奥の手なの?」と美園は聞いた。
「そうだよ。言語を越えるものをあらかじめ準備してたからね」
「じゃあ、言語がバラバラになること知ってたわけ?」
「そうだね」と奏楽が空いていた隣の席に座る。
「絵は?」と朔が奏空に質問する。
「絵もそうだね。言語を越えるね。芸術分野は言語じゃないでしょ?でも競い合っちゃってるからちょっと笑えるね」と奏空が言った。
「でも、みんなが歌えるわけじゃないし、みんなが絵を描けるわけじゃないよ」と咲良が言った。
「そうだね、変な基準設けちゃってるからね」
「基準っていうか・・・上手い、下手はあるでしょ?」と咲良が言う。
「うん、だからその判断を越えるんだよ」と奏空が面白そうに咲良に言う。
「意味わかんなーい」と咲良が美園の口真似をしたので、美園はビールを吹き出しそうになった。
「あの・・・」と朔が言う。
「何?」と奏空が笑顔を朔に向けた。
「今の話とは関係ないんですけど・・・天城さんのうちはどうしてみんな名前で呼ぶんですか?」
「・・・・・・」
一瞬咲良も美園も奏空も黙った。
「あ、すみません」とみんなの雰囲気を見て朔が恐縮したように身体を縮ませた。
「あ、違うんだよ。朔君」と咲良がフォローするかのように言った。
「何でだっけ?ってね。自分でもちょっと考えちゃったの」と咲良が笑顔を朔に向けた。
「生まれた時からそうなってたから私は知らないよ」と美園が言うと、皆が奏空に注目した。
「えー俺?まず、今日の主役の麻美さんがそもそも自分のことを「お母さん」と呼ばせず、名前で呼ばせてたでしょ?それで利成さんも俺が生まれた時、名前で呼ばせたわけね」
「何の話し?」と利成がいつのまにか奏空の隣に来て言う。明希は今日はずっと麻美さんのそばで世話を焼いていた。
「あ、ちょうどいいや。利成さんに聞いてよ」と奏空が席を一つずれて利成に椅子を譲った。
「何で天城家は皆名前で呼ぶのかっていう朔君からの質問だよ」と奏空が言った。
「そうか・・・まあ、麻美さんのせいだね」と利成が奏空と同じことを言った。
「じゃあ、麻美さんは何で名前で呼ばせたの?」と美園は聞いた。
「お母さんとかおばあちゃんて呼ばれるのが嫌だったらしいよ。何かそんな役目みたくなっちゃうのと、響きがおしゃれじゃないからって言ってたような気がするけど」と利成が言う。
「おしゃれじゃないね・・・」と咲良が呟く。
「でも、俺は違う理由で名前で呼ばせたけどね」と利成が付け足した。
「え、何何?」と美園は聞いた。
「お父さんとかお母さんとか言う概念が嫌だったからだよ」
「そうなんだ。それは何で?」と美園は聞いた。
「基本的に”親”っていうのは、自分を作った存在みたいな概念だよね?」と利成が言う。
「そうだね」と美園は言った。
「でも、本当に親が自分を作ったのか?考えてみたことある?」と利成が朔の方を見た。
「でも、作ってるでしょ?現に」と咲良が言った。
「そうだね、表向きはね」と利成が楽しそうに言った。
(あーまた・・・利成さん、咲良のごく当たり前の答えを楽しんでる・・・)と美園は思った。
「子供が欲しくてセックスってする?」
「夫婦ならそれもあるでしょ?」とまた咲良が言う。
「そうだね。でも基本はどうだろう?」と利成が咲良の方を見た。
「基本?」と咲良が考えるような顔をしたので、美園はバカバカしくなって答えた。
「子供も何もセックスするのに理由なんてないでしょ?したいからするんだよ」
咲良が美園の答えに少し眉を寄せた。利成はその咲良をまた面白そうに見た。
「美園って女の子のくせに、夢も何もあったもんじゃないんだね。もう少しロマンティックな表現できないの?」と咲良が言う。
「いい年したおばさんが”ロマンティック”だなんて・・・そんなお花畑にいるからいつまでも真実が見えないんだよ」と美園は言った。
「は?あんたこそ、たかが高校生でしょうが?親に向かってそういう口のきき方するのやめなよ」と咲良が負けじと言う。
「ストーップ!」と奏空が間に入る。それから「今日は麻美さんの誕生日なんだから喧嘩はなし」と言った。
「はいはい、奏空はもっとこのおばさんの教育が必要だね」と美園が言うと、利成が吹き出した。
「咲良がいいこと言ってくれたよ」と利成が笑いをこらえながら言う。
「いいこと?」と咲良が聞き返す。
「”親に向かって”っていう言葉だよ」
「その言葉のどこがいいことなのよ?」
「言葉にくっついてくる価値観・・・親が子供を作ったのだから上の立場だと言う考え方だよ」
「ある意味では上だと思うけど?」と咲良がまだ言う。
「そう?俺はそういう色んな価値観ができうる限り少ない世界で生きたいわけだよ」
「つまり全部ご破算という状態にしたいってこと?」と美園は聞いた。
「一旦はね」と利成が言う。
朔が利成をじっと見つめている。それに気が付いた利成が朔に言った。
「つまり、名前で呼ぶわけは、名前でさえ概念なのに、その上に「親」だとかなんだとか上乗せしてこてこてな状態になるのをなるべくシンプルにしたかったってことかな」
「そうなんですか・・・」と朔が不思議そうな顔をした。
「天城家はちょっと独特かもね。社会から見たら」と奏空が楽しそうに言った。
咲良がビールを飲んで「意味わかんなーい」とまた美園の口真似をしたので、美園は咲良を少し睨んだ。
朔が帰ると言うので、美園もみんなよりも先に一緒にレストランを出た。
「美園の家はみんな仲がいいんだね」と帰り道歩きながら朔が言った。
「そうかな?どうなんだろう。少なくとも咲良とは仲良くないよ」
「咲良さんとも俺には仲良さそうに見えるよ」と朔が言った。
「そう?」
「うん」
朔が美園の手をつないできた。
「美園は、天城利成さんの子供なの?」
朔が突然聞いてくる。
「そうだよ」
「どうしてって・・・聞いてもいい?」
「いいよ、別に。咲良が利成さんを好きで、元は咲良は利成さんの愛人だったんだよ。それなのに奏空と知り合って奏空が咲良に入れ込みました。それで昔、利成さんと明希さんのあの家に一緒に暮らしてる時もあったって。まあ、その状況だもんね。”間違い”も起きたんでしょうね」
淡々と美園は言った。
「何で美園はそれを知ったの?」
「んー・・・小学校の時かな・・・あれ?中一だっけ?忘れたけど、私からカマかけたんだよ。普段から利成さんと咲良に違和感を持ってたから・・・そしたら、ものすごく顔色変えたから「何だ、やっぱそうなんだ」って言ってやったんだよ」
「自分からカマかけたの?」
「そうだよ。でも、まったくショックはなかったよ。あ、やっぱりそうなんだって感じで。だって私、奏空にも咲良にも似てなくて、利成さんに一番似てたんだもん」
美園がそう言うと朔が「そうだね」と言った。
「今日はどうする?帰る?」と美園は聞いた。
最近はちょくちょくホテルに行っていた。
「んー・・・お金がないから・・・」と朔が言う。
「じゃあさ、うちおいでよ。まだ誰も帰って来ないし」
「んー・・・でも・・・」
「大丈夫」と美園は朔の手を握る手に力をこめた。
美園の部屋に入るとすぐに抱き合った。最近はもうこれしかない感じになっている。朔の不器用でぶつけてくるようなセックスは、美園にとってはひたすら気持ちがいい。余計な飾りがないのが一番いい。
ただ盛り上がりすぎて中に出されたら困るので、最近は避妊具を使っていた。今日も朔が途中でそれをつけた。
「美園・・・」と名前を何回も呼びながらするのも、最近は違和感なく受け入れている。
後始末を終えると朔が聞いてきた。
「俺ばっかり気持ちよくなってるよね?」
「え?何で?私も気持ちいいよ」
「・・・美園はイってないよね?」
「あー・・・そうか・・・」と美園も黙ってしまったが「でも、気持ちいいからいいんじゃない?」と言った。
「うん・・・」と朔が言う。
「またユーチューブ一緒にやろうよ」
何となくシュンとしている朔を見て、美園は話題を変えてみた。
「うん」と朔が嬉しそうに言う。前回アップしたアニメは結構な再生回数になっていたのだ。
「今度の曲は・・・どうしよう」と美園は考えた。新しく作るほうがいいかもしれないなと思う。
「新しいの作ろう」と朔も同じ気持ちらしい。
「んー・・・何とか朔のことも宣伝できないかな・・・」
朔の絵がまだ売れてないので、そのことが気になっているのだ。
「俺の?」
「うん、そう。ただアニメーションの製作者だけじゃあまり覚えてもらえないでしょ?」
「いいよ、俺は・・・」と朔が言う。
「ダメ。せっかくあんな素敵なすごい絵があるのに・・・宣伝なしじゃいいものも埋もれちゃう」
「・・・・・・」
「どうするかなー」と美園は考えた。
けれどなかなかいい案が浮かばなかった。結局奏空か利成に相談してみるということになる。
そうして絵はまだ売れないうちに新学期が始まった。美園と朔は高校二年生になった。