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第9節『帰ってきた青春』

 ぼんやりとした魔法光の照明に照らし出される神秘の空間を、お香とアルコールの香りが包んでいる。今日はいつものカウンターで、めずらしくウォーロックとウィザードのふたりがグラスを傾けていた。その向かいではエメラルドの瞳がやさしくふたりの世話を焼いている。


「ねぇ、先生。」

「なんだよ、急に。気持ちわりぃな。」

「まぁ、ずいぶんじゃない?」

 ウォーロックは微笑んで、ウィザードの顔を覗き込んだ。

「いや。何ていうか、あんたには小さい頃から色々と世話になってきたからな。改めて先生なんて言われると面はゆいんだよ。」

「あら、そうなの?」

 ウォーロックはころころと笑った。ウィザードはバツが悪そうにうつむいている。

「なんだよ、酔ってるのか?」

「少しね。」

「で、どうしたんだよ?」

「ねぇ、先生。私を高等部に編入させてくれない?」

 驚くようなことを言うウォーロック。

「編入って、アカデミーの学徒になりたいってことか?」

「ええ、そう。知っての通り、私は高等部に進級してすぐに『裏口の魔法使い』としてアカデミーを追われることになったから、私の高等部生活ってばたったの3か月しかなかったのよ!」

「それは知っているけど…。」

 ウィザードは昔の日々を思い出す。

「だから、もう一回、失われた青春を取り戻したいのよ。」

 ウォーロックの言葉に力がこもった。

「そう言われてもなぁ。」

「ねぇ、先生。お願い、なんとかならないかしら。」

 橙色の瞳は酔いと真剣さの間を揺蕩たゆたっている。

「でも、あんたアカデミーは嫌いだったじゃねぇかよ。中等部の時なんてさぼりまくりだったし…。」

 怪訝そうにウィザードはそう言った。

「そうね。大切なことって、失ってはじめてわかるものなのよ。あなたたちと一緒に過ごせる時間がどれだけ貴重なものであるのか、当時の私には分からなかったわ。若かったのね。」

 ウォーロックは神秘の空間の虚空を仰いで言ってから、大きく一つため息をつく。

「だからね。もう一度取り戻したいの。失ってしまった大切な時間を…。」

 そう言う瞳には、酔いによるのとはまた違う潤みが感じ取れた。ウィザードは仕方ないとといった風に返事をする。

「わかったよ。約束はできねぇけど、やるだけやってみるさ。明々後日、あたしの執務室を訪ねてくれ。それまでにはなんらかの方法を見つけるよ。」

「本当!」

 潤んでいた、その瞳がいっぺんに輝きを取り戻す。

「で、あなたの執務室ってどこかしら?」

「例の、3階の角部屋だよ。」

「まぁ、教授の部屋で執務しているの?」

「ああ、なりゆきでな。」

「それじゃあ、窓から入らないと失礼になるわね。」

 ウォーロックはいたずらっぽく言った。

「バカ言わないでくれよ。それは駄目だ。ちゃんとドアから入ってこないと即退学にするからな!」

「ふふ、わかってるわよ。」

 笑いあう二人。ウィザードが言葉を続ける。

「ただ、簡単じゃあないから、あんまり期待しないでくれよ。」

「うん、ありがとう。さすがは先生ね。」

 そう言うと、ウォーロックはウィザードに抱き着いて、頬を摺り寄せた。

「よせよ。恥ずかしいじゃねぇか…。」

「いいじゃない。こうしていられる時間も貴重なのよ。」

「しょうがねぇな…。」

 その光景をエメラルドの瞳が見守る。神秘の空間では外とは違うかのようにゆっくりと時間が流れていた。まもなく9月を迎えようかというそんな時節のことである。


* * *


 翌朝、ウィザードとシーファは練習場に出て朝の教練を行っていた。その日もずいぶんと熱がこもっている。シーファが何事かをウィザードに頼んでいるようだ。

「なんだって!空中戦がやりたい!?」

 驚いた声を上げるウィザード。シーファはそのルビーの瞳を真剣に見つめている。

「はい、空中戦を会得して、エキシビション・マッチで高等部生に挑戦したいんです!」

 シーファは自分の胸の内をきっぱりとウィザードに告げた。

「お前、自分の言っていることが分かっているのか?『虚空のローブ』を身に着けて空中戦をすること自体、中等部生にとっては相当に骨の折れることなんだぞ。まして、それで高等部とやりあおうなんて、過信が過ぎるんじゃないか?」

 言い聞かせるようにしてウィザードは言った。

「無茶は分かっています。でも、先生も中等部の時に、空中戦をなされたのでしょう?私も、自分の限界に挑戦してみたいんです。」

 シーファは真剣そのものだ。

「確かに、あたしも中等部の時に空中戦をやったが、相手が稀代の天才であったとはいえ、中等部同士の対戦だ。それをお前は高等部とやろうってんだろう?そんな無茶しなくたって、模擬戦では、お前が地上戦を選択すれば相手の方でそれに合わせてくれるんだから、無茶する道理はないだろうに?」

 そう言って、ウィザードはシーファをいさめようとする。だが、シーファには厳然とした覚悟があるようだ。

「それではダメなんです。これまで、何度も実践を経験してきてわかったんです。この魔法社会で本当に通用するようになるためには、もっともっと強くならなければいけないということが。リアンやカレンとこれから一緒に仕事をしていく上でも、私は力を磨いていかないといけないんです。」

 そう語る瞳は、その決意が単なる思い付きではないことを示していた。

「まったく、どいつもこいつも無茶ばかり言いやがる!」

 いよいよ困ったという具合にウィザードは言った。

「いいか。空中戦は地上戦とは全く違う。地上戦では平面的な空間把握で事足りるが、空中戦になると、自分の位置と相手の位置、それから繰り出される魔法効果の位置関係を立体的に捉えることができなければいけないんだぞ。加わる軸は一つだけだが、考えることは段違いに増えるんだ。生半可な覚悟だと怪我をしてそれで終わり、分かっているのか?」

「はい!」

 真剣な声でシーファが答える。

「しゃーねぇな。『虚空のローブ』を用いた飛行それ自体は他の学科できちんと学んでいるんだろうから、飛ぶことには問題ないだろう。とりあえず明日、現状のお前の空中戦の適性を見てやるから、話はそれからだな。」

「ありがとうございます!」

 ウィザードの提案を聞いて、シーファは深々と頭を下げた。

「とりあえず、『急速魔力回復薬』をいくらか用意してこい。空中戦の最中に魔力枯渇を起こして墜落したら大ごとだからな。」

「わかりました。」

 幸い、シーファの手元には、これまでにリリーからの仕事をこなす際に受け取った急速魔力回復薬がいくらかあったのだ。

「ありがとうございます、先生。」

 シーファはそう言って、再度頭を下げる。

「無茶を聞いてやるのは今回だけだぞ。いずれにしても、明日お前の適性を見てからだからな。まずはしっかりと飛ぶ練習をしておけよ。」

「わかりました。きっと、ご期待に沿って見せます!」

 そう言って、ふたりはその日の朝練を終わりにした。


 秋の日はゆっくりと東から天上へと歩みを進めて行く。午前の講義の始まりはもうすぐだ。シーファは急いで着替えを済ませ、教室棟の方に駆けて行った。

 アカデミーにおける年中行事の中でも最大の盛り上がりを見せる『全学魔法模擬戦大会』がまもなく9月に実施される。シーファとウィザードは、現在そのための準備に勤しんでいるのだ。ニーアとの一件を経て、シーファは今年の中等部1年のウィザード科の個人戦の代表選手に選抜されていた。通常、中等部の1年生は、飛行をしないで地上戦を行うのが一般的であったが、シーファはその限界を越えようというのである。

 9月になると同時に新学期がスタートするが、そうすれば大会まではすぐであった。各科の練習フィールドのあちこちで、その教練の厳しさと熱量は大きくなっていた。


* * *


 それから2日後、ウィザードの私室を訪ねる者の姿があった。それは複雑な思い出の詰まったそのドアをノックする。

「入れ。」

 その声に促されて入室した。その部屋は、以前に窓から忍び込んだ時とは随分違っていて、執務机の上に散乱していた破廉恥な魔術記録はすっかりなくなり、机上は清潔に整頓されている。

「失礼します。」

「よく来てくれたな。」

 ウィザードはその人物を面談スペースのソファに座らせた。

「ここも、ずいぶんと変わったものね?」

 あたりを見回しながら言う訪問者。

「あたしが使う以上、あのままってわけにもいかないからな。」

 そう言ってウィザードは笑って見せた。

「で、なんとかなりそう?」

「ああ、あんたの編入自体はできる。でもな…。」

「でも?」

「あんたは『スカッチェ通り南市街区の惨劇』の際、アカデミーによって抹殺されたことになっている。さすがにその記録は消しようがなくてな。それで、あんたが嘘を嫌いなのは知ってるんだが、申し訳ないけれど別人として編入してもらうことにした。」

 そういうと、ウィザードはその人物の前に数枚の書類と1枚の魔術記録を差し出した。

「あんたの新しい名前は、ユイア・ハーストハート。ウォーロック科の高等部1年生だ。悪いけど、そういうことにして欲しい。」


挿絵(By みてみん)

*ユイア・ハーストハート 魔法学部暗黒魔導士科 高等部1年 専攻暗黒魔導士


「ありがとう。私のために、いろいろごめんね。」

 ユイアと名付けられた人物はそう言ってウィザードに頭を下げると、謝意を伝えた。

「よしてくれよ。大昔、あんたに助けられた借りを今返しているだけなんだから、気にしないでくれ。」

「先生は本当に優しくて、学徒思いなのね。」

 ユイアはその顔に笑みをたたえる。

「お世辞を言ったって何も出ないぜ。」

 そう言うと、ウィザードは更に話を続けた。

「ただ、あんたの編入にあたってはいろいろと条件がある。まず、いきなり正科生として編入させるのは無理だから、とりあえずは3か月の留学生という名目だ。その後も続けて在籍したければ、すまないが編入試験を受けてもらうことになる。」

「また、あれをやるの!?」

 目を丸くしてそう言うユイア。どうやら彼女の試験嫌いはまだ治っていないようだ。

「そうだ。留学生なら無試験での在籍も可能だが、正科生ということになると、どうしても高等部編入試験を受けてもらわざるを得ない。でも、以前高等部に上がった時と基本的には同じ内容の試験だから、そんなに難しくはないはずだぜ。」

「また、あれかぁ。正直気が重いわね。」

 ウィザードの言葉にやれやれといった面持ちでユイアが返す。

「3か月の期限付きを選択するもよし、試験を突破して正科生になるもよし。選択はあんたに任せるよ。」

「わかったわ。ありがとう。で、他にもあるの?」

「ああ。まだある。学内の行事には基本的に参加してもらえるが、まもなく開催される『全学魔法模擬戦大会』を含め、魔法模擬戦への参加は制限付きだ。なんせ、あんたはバカ強いからな。一種のハンデだと思ってくれ。もちろん、一切参加できないというわけじゃあない。少なくとも、留学生扱いの段階では、エキシビション・マッチについてだけは参加できる、そう理解してくれるといいよ。」

「わかったわ。それはあなたの言うとおりにする。他には?」

「もう一つは、まぁ、あんたも当然心得ているとは思うが、正体を絶対に明かさないこと。『天使の卵』や『アッキーナの卵』のことが知られるのは面倒この上ないからな。」

「実はおばさんだって、ばらすなってことね?」

 ユイアはいたずらっぽくそう言った。

「まぁ、そういうことだ。この辺りについてはあんたを信用しているよ。」

「ありがとう。で、あなたが私の面倒を見てくれるのかしら?」

「いや。魔法学の講義についてはあたしが行うが、あんたの所属は基本的に暗黒魔導士科だから、担当科の教授があんたの面倒を見るよ。そんなわけで、細かい配慮はしてやれない。だから、特にあんたの正体についてはくれぐれも注意してくれ。頼むぜ。」

 ウィザードはそう言って念を押す。

「わかったわ。本当にありがとう。これで、もう一度失われた時間をやり直せるわ。先生、感謝してる。」

「おいおい、よしてくれよ。これであたしたち4人は、いろいろ立場は違うが、再度ここに集まったんだ。楽しくやろうぜ。」

 そう言うと、ウィザードは手を差し出した。その手を取ってユイアは深々と頭を下げる。

「本当にありがとう。先生、よろしくね。」

「こちらこそ。ユイア・ハーストハート君。」

 それから、ウィザードはいつものウィンクらしい合図をした。

 秋の日がゆっくりと西に傾いていく。暑さはまだまだ一向になりを潜める気配がないが、それでも、空気の気配や吹き抜ける風の中に秋の到来が感じられるようになっていた。

 まもなく、『全学魔法模擬戦大会』の開催日が訪れる。


* * *


 そして、ついに、その年の『全学魔法模擬戦大会』の当日が訪れた。

 新学期からの編入生であるアイラとユイアについて、錬金学部に所属するアイラはこの大会に選手として参加することはなく、観客として声援を送っている。その傍には、リアンとカレンがいた。一方のユイアは、ウィザードの計らいによって、全試合の結果が出揃った後に行われるエキシビション・マッチに参加する運びとなっていた。それは、高等部1年生以下の、各科各学年の個人戦の優勝者からの挑戦を受けるというものである。

 試合は、選手と観客の熱気に包まれる形でどんどんと進行していく。この試合のために教練を重ねてきたシーファは、決勝戦まで順調に駒を進め、そこで、純潔魔導士科のクレアという少女と対戦することになった。

 その試合は実に見ごたえのあるもので、常時一進一退の接戦であったが、最後にクレアが放った大技が、シーファの術式よりも間一髪早く彼女の身体をとらえ、シーファは惜敗したのである。

 直後、クレアはその捨て身の攻撃によって魔力枯渇を起こしたが、判定が確定してからのことであったために敗北とはならず、結局にして中等部1年生の個人戦は、クレアが優勝、シーファが準優勝となった。クレアが魔力枯渇を起こした以上、勝負としてはその攻撃を耐え抜いたシーファの勝ちということになるのだが、ルール上、結果は変わらなかった。


 そしてついに、エキシビション・マッチの段を迎える。クレアの魔力枯渇は深刻で、すぐに戦線に復帰できる状態にはなかったため、繰り上げでシーファがエキシビション・マッチの挑戦権を得ることになった。そこで彼女は、高等部の1年に編入したばかりのユイアを対戦相手として指名したのである。


 今、両者は『虚空のローブ』を身に着け、競技フィールドの中央に進み出ている。ウィザードの教え子であるシーファと、ウィザードの親友であるユイアとの対戦だ。もちろん、ウィザードとユイア以外にその事実を知る者はいないわけであるが、今年の魔術師科のホープと、新学期になって姿を現した新進気鋭の留学生暗黒魔導士との対戦に、会場全体が大きくわいていた。まもなく、その戦いの火ぶたが切って落とされる!


「エキシビション・マッチ、無差別級!中等部1年代表代行対高等部1年留学生。一本勝負。用意!」

 審判の声がこだまする。シーファとユイアの二人は空中で身構え、次の声に備えている。


「はじめ!!」

 そしてついに試合が始まった!

 シーファは、後ろ手に大きく距離を取ると、高度を変えながらユイアの周囲を旋回するように移動している。かつてウィザードがとったのと同じ戦略を採用するようだ。高速旋回を続けながら、防御術式を幾重にも展開する。ユイアはその動向を注意深く見守っていた。

 最初に仕掛けたのはシーファだ。『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』の術式を繰り出す。ウィザードとの練習の成果は着実に実を結んでいるようで、高威力を維持したまま、輻輳の効いた十分な数の火球が複雑な軌道を描き、緩急の効いた速度変化をみせながら多角的にユイアに迫っていく。その動きは実に立体的で、回避は難しそうだ!

 他方のユイアは空中の1点に静止して、回避行動を見せるそぶりがない。シーファの繰り出した火球が次々と多角的にその身を襲っていった!全弾が命中する!だれもがそう思ったその時だ。ユイアの周囲に小さな障壁がいくつも同時に展開されて、幾重にも連続的に襲い掛かってくる火球をすっかり防いでしまった。その障壁は、ユイアの周囲を様々な方向に円周を描くように動く、まばゆい魔法光を放つ小型の魔法陣型のもので、それらは火球を迎えて受け止めるように移動した。そこに命中した火球はそのエネルギーを奪われ、障壁の光とともに消失していく。いうなれば、それはピンポイント障壁の多重的な同時展開であり、1つの大きな障壁でいくつかをとらえ、それで防ぎきれない分を回避で賄うという従来のアプローチとは全く異なる防御戦術であった。


挿絵(By みてみん)

*多角的に迫りくる火球を複数同時展開した障壁によりピンポイントで防御するユイア。


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 その見事な攻防に観客席から大歓声が上がる。中等部1年生とは思えないシーファの巧みな攻撃、それを予想外の方法によって防ぎ切ったユイアの卓越した防御、両者の思いもよらない駆け引きに観客は興奮を隠せないようだ。リアン、カレン、アイラの3人も各々大きな声を上げてシーファを応援している。


「あれが、シーファちゃんか…。やるわね。さすが、彼女の教え子ね。」

 ユイアはなおも空中を旋回するシーファの姿を追っている。

「今度はこちらの番よ!」


『閃光と雷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我が手に雷を成し、敵を撃て!(拡張された)招雷:- enhanced - Lightning Volts!』


 彼女が放ったのは、基本魔法威力を強化した『招雷:Lightning Volts』の術式だ。けたたましい雷鳴とともに、周囲は激しく明滅して、そのたびに幾筋もの稲妻がほとばしっていく。


挿絵(By みてみん)

*ユイアの放った強力な閃光の術式。


 シーファはきりもみ上に蛇行飛行しながら、その稲妻の襲撃をかわしていった。幾筋かはその身体をとらえるが、旋回中に展開していた多重障壁でしっかりと防ぐ。しかし、それでも3筋ほどの稲妻にからめとられた。


 魔法光掲示板が青字(ユイア側)で40と表示する。

 シーファはなおも動きを止めることなく旋回を続けた。失われた防御障壁を更に多重に展開しているようだ。ユイアとの距離を近づけたり、遠ざけたり、複雑で立体的な動きを繰り広げるシーファ。次に、彼女は一度ユイアと大きく距離を取ると、急加速して一気にその距離を詰めた!利き手には得意の得物であるルビーのレイピアが握られている。白兵戦による奇襲を仕掛けたのだ!

 不意を突かれたユイアに一瞬のためらいが見えたものの、彼女もまた手にした雷のロングソードを携えてそれに応じた。金属のかち合う鋭い音がして、ふたりは空中で激しく鍔ぜる。観客席からの歓声が一層大きくなった。

 次の瞬間、ユイアは剣を持っているのとは反対の手で『衝撃波:Shock Wave』の魔法を繰り出した。鍔迫り合いに意識をとられていたシーファは防御が間に合わず、それを受けてフィールドに墜落する。直撃だった。魔法光掲示板が青字で70と表示する。やはりユイアは強い。シーファの顔に焦りが滲んだ。しかしその口元はかすかな微笑みをたたえている。どうやら、彼女はこの戦いを存分に楽しんでいるようだ。

 シーファは身体を起こすと、地上から上空のユイアめがけて術式を行使した。


『火と光を司る者よ。法具を介して助力を請う。我が手をして炎熱の光線をなさしめよ。それらを剣にかえて我が敵を打ち払わん。炎熱光線撃:Heating Light Laser!』


挿絵(By みてみん)

*シーファが繰り出した新しい術式。ウィザードとの特訓の成果である。


 シーファの手に緋色の光が周囲から集まり、凝縮したエネルギー光を形作っていく。刹那、そこからせきを切ったように稲妻にも似た炎熱の光線が幾筋もほとばしり出た。それはその名の通り、光の速さでユイアに迫っていく!ユイアはまたしても複数の障壁を多層的に同時展開してそのほとんどを退けるが、しかし、その炎熱光の貫通力は火球の比ではないようで、かち合った魔法障壁を重く押し破るようにして突き抜け、その幾筋かが彼女の身体を打った。ユイアは防御行動をとりながら、地上のシーファを見つめている。

「ふふ、なかなかやるじゃない。お見事よ。油断は禁物ね!」

 そう言って、不敵な笑みを浮かべた。彼女もまたこの戦いに満足しているようである。


 魔法光掲示板が赤字(シーファ側)で40と表示する。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 中等部の1年生が高等部生を相手に攻撃を的確に命中させたことで、会場は大いにどよめく。リアンたちも固唾をのんで試合の行方を見守っていた。汗ばんで握るその手に、自然と力がこもっていった。


 シーファは、地上から一気に加速して空中に舞い戻り、ふたたびレイピアによる白兵戦を仕掛けにかかる!今度はその切っ先がユイアのローブをとらえた。わずかだが損傷が入る。


 魔法掲示板は赤字で60と表示した。60対70、接戦だ。いずれにせよ。次に攻撃を直撃させた者がこの試合を制するだろう。対峙するふたりはもとより会場全体に緊張が走っていく!


 シーファは、この夏ウィザードに言われたことを思い出していた。威力を制御と輻輳に割くのではなく、威力の上に制御と輻輳を載せること。輻輳は威力増強ではなく要素数の増加に回すこと。そしてそれらを複雑巧みに制御すること、ルビー色の瞳は何度もそれを教え込んでくれた。

 そのことを思い出し、一度ユイアから距離を取ると、彼女は詠唱を始める。ユイアはシーファの出方をじっと見守っていた。


『火と光を司る者よ。法具を介して助力を請う。我が手に数多の火球を成さしめ、それを円舞させん。踊り狂う炎の群れによって我が敵を焼き尽くそう。火球円舞:Dancing Storm of Flaming Bullets!』


挿絵(By みてみん)

*これまでとはまったく異なる術式を行使するシーファ。彼女の周囲を夥しい数の火球が取り巻き始める。


 詠唱が進むとともに、彼女の周辺におびただしい数の火球が生成され、その体を取り巻いていった。その数は『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』よりもはるかに多数であり、それらは彼女の周囲を多重ジャイロのように複数の円周を描きながら回転してく。その様はまさに火球による円舞で、複雑かつ緩急が効いており、その上に1つ1つの威力も十分に高く保たれていた。火球とそれが引く光の尾が、夕暮れに差し掛かったあたりに緋色の軌跡を美しく描き出していた。詠唱の終わりと同時にそれらの火球を一気に解き放つシーファ。火球の群れは、その名の通り、踊り狂うようにしてユイアに迫っていった。その速度は炎熱光ほどではないものの、火球としては十分な速度あり、また緩急も多様で、多角的な立体軌道を描きながら対象に襲い掛かっていく。

 ユイアは、今度は、小さな障壁を複数同時展開する代わりに、自身の周囲を完全に覆う球体状の巨大な魔法障壁を繰り出して防御にあたった。その防御術式は実に効果的で、圧倒的な数で休む間もなく連続的に襲い掛かって来る火球の狂乱を巧みに防いでいった。


挿絵(By みてみん)

*ユイアの全面に球体状の魔法障壁が展開され、全方位から襲い掛かる火球を巧みに受け止める。


 しかし、シーファの繰り出した火球の数はあまりにも多く、その万全の障壁は次第に不安定になり、綻びを見せ始める。だが、なおも火球の襲来は続く!やがて、障壁は部分部分が破損してそこから火球が侵入し、ユイアの身体を打っていった。そしてついに、その障壁は完全に崩れて、残った火球の全弾が彼女に命中したのである。空中で防御姿勢をとりながら、ユイアはその全てを受けきってなお結局そこに留まっていたが、しかし、魔法光掲示板は赤字で100を示している!


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 会場全体が大きな振動をともなってどっとどよめく。シーファの攻撃によってユイアが撃墜されるということこそなかったが、試合のルールとしては、シーファに軍配が上がったのだ!

 シーファは肩で大きく息をしながらも、魔法光掲示板を見て、歓喜の表情を浮かべている。対するユイアは、驚きと満足の入り混じったような顔で、シーファを見つめていた。

 観客席では、ウィザードが、そのルビーの瞳を輝かせて、全身で喜びを露わにしていた。その目尻には熱いものが込み上げている。シーファはこの夏の教えをよく守り、見事に実践した。試合形式であるとはいえ、事もあろうにあのウォーロックを撃退したのだ。その事実はウィザードの心の中に大きな感動をもたらし、教え子を誇り高く感じさせていた。


 見ごたえ十分な試合を披露したふたりの競技者がフィールドの中央によって握手を交わす。すがすがしい光景だ。

「シーファちゃん、さすがは先生の教え子ね。見事だったわ。私の完敗よ。」

 そう言って微笑みかけるユイア。

「いえ、あなたは結局全弾を耐えきりました。試合には勝ちましたが、勝負という意味では私の負けです。お強いですね。」

 小さく首を横に振りながら、シーファはそう答えた。

「そんなことはないわ。もっと自信をもっていいわよ。今日はありがとう。」

 再び固く握手を交わした後、ユイアがシーファの手を上に掲げる格好で、観客に向けて挨拶をした。会場がどっと大きな歓声が上がる。見事なエキシビション・マッチで、その試合はしばらくアカデミーでの語り草となった。


 まだまだ日差しのもたらす熱量は衰えないが、それでも吹き抜ける風は確実に秋の到来を告げていた。西に沈む日は早く、そして一層赤さを増し、地平線の境界で燃えるような色を揺らめかせていた。

 今年の『全学魔法模擬戦大会』が静かに終わりを告げて行く。あたりには、わずかだが秋虫の音が聞こえ始めていた。


* * *


 ところ変わって大会後のアーカム。

 ウォーロックとウィザードのふたりはまたしてもこの神秘の空間でともにグラスを傾けていた。

「なぁ、あんたが負けるなんて…。手加減したのか?」

 ウィザードはそう訊いた。

「まさか!あなたの大切な教え子相手にそんな嫌味なことしないわよ。あれはシーファちゃんの努力と、あなたの指導の賜物よ。あの障壁で防ぎきれると思ったんだけどなぁ、思う以上に彼女の術式は強力だったわ。あの輻輳の効かせ方と制御の巧みさは、さすがあなた仕込みね。」

 ウォーロックはそう言って、微笑んで見せる。

「そう言ってくれると嬉しいぜ。あいつはいい素質をもっている。これからも伸ばしてやりたいと思うんだよ。」

 照れくさそうにウィザードが言った。

「学徒思いのいい先生ね。」

「よせやい。」

 そう言うウィザードの肩にウォーロックは自分の頭をそっと寄せた。

 『アーカム』の不思議な空間があたたかい雰囲気に包まれていく。新しいメンバーを加えてアカデミーの新学期がスタートした。彼女たちを今度はどのような出来事が迎えることになるのか。

 ふたたび運命の時計は新しい時を刻み始めていた。

 その光景をエメラルドの瞳が優しく見守っている。

Echoes after the Episode

 今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、

・お目にとまったキャラクター、

・ご興味を引いた場面、

・そのほか今後へのご要望やご感想、

などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。

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