表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第7節『金を求めて』

 リリーの店を出てから4人がタマン地区に入ったのは、その日の夕刻少し前だった。まだ太陽は西の空、地平線よりも少し高いところに座しており、曇天の裏側でぼんやりとした輪郭を揺らしていた。空を覆う雲は一層厚くなり、湿度はどんどんと上がっている。どうにも雨が近いようだ。湿気た土のにおいがあたりに立ち込めていた。

 タマン地区につくと、4人は早速その夜の宿を求めた。宿泊のための受付を済ませ、荷を預けた後に手荷物だけを持って部屋に入ったときには、時刻はようよう5時に差し掛かろうとしていた。4人はいつものように順にシャワーを済ませ、めいめいベッドやソファに腰かけて一日の疲れを癒す。明日からは『ハングト・モック』の隠した金の探索に、本格的に乗り出すことになるのだ。今夜はそのための英気を存分に養わなければならない。シーファとリアンは、メニュー表にかじりついて、今宵の夕食について、相談をしきりにおこなっている。その日の食事は、リリーが奮発してくれることになっていた。空腹に駆られ、夕食に対する少女たちの期待はいやがおうにも高まっていく。

コース料理にしようという案もあったが、折角ならいろいろな味覚を楽しみたいということで、彼女たちは猪肉料理をアラカルトで注文することに決めたようだ。

 しばらくして、部屋に料理が運ばれてくる。テーブルに並べられたのは、猪肉のステーキ、揚げカツ、そして鍋であった。どれも、この『タマン地区』を代表する猪肉料理で、空腹の少女たちの胃の腑を大いに刺激した。ステーキは、猪肉を豪快に焼いたもので、その地方特産の野菜を彩りに添えた、ソース仕立ての一品だった。シーファはこれがたいそう気に入ったようである。


挿絵(By みてみん)

*猪肉のステーキ。厚切りでボリューム満点の品である。


 揚げカツは、猪肉のフィレ肉に衣をつけて揚げたもので、サクサクとした外側と、ジューシーで柔らかな内側が絶妙なハーモニーを奏でていた。こちらは、アイラの心をしっかりととらえたようで、彼女は、添えられたレモンを絞りかけて、美味しそうに頬張っていた。


挿絵(By みてみん)

*猪肉の揚げカツ。蜂蜜仕立てのソースとクリームソースが添えられている。


 カレンとリアンの胃袋を掴んだのは、猪肉の鍋であった。鍋料理に猪肉を用いるのは冬の定番なのだが、ここ『タマン地区』では臨時に害獣駆除された猪肉が夏場でも豊富に提供されており、当然にしてこの季節にも提供されていたのである。特産の野菜とともに鍋の中で踊るその猪肉は誠に柔らかく、舌の上でとろけるような味わいであった。こんなに美食を満喫してはあとでリリーから小言をもらうのではないかと心配もしてはみたが、彼の心意気に応えられるだけの仕事をし、十分な金を届ければそれで足りるだろうということに落ち着き、結局4人はどんどんと食事をすすめていった。


挿絵(By みてみん)

*名産として知られる猪肉の鍋。冬の名物だが、夏のこの時期にも提供されていた。


 あたたかい鍋を食べたことですっかり汗をかいてしまったリアンとカレンは、食後にもう一度シャワーを浴びた。シーファとアイラは明日に備えて早々に床に就き、1日中歩き詰めた疲れを十分に癒していた。

 空模様はいよいよあやしくなり、とうとう雨が降り始めて、あっという間に雷雨になった。屋根や窓に打ち付ける雨音と、頻りに鳴り響く雷鳴が、少女たちの枕もとを騒がしていた。シーファとアイラはすでに夢の中であったが、リアンとカレンはその音のためになかなか眠りにおちることができずにいた。

「ここひと月の間に、もう何度もここに泊まっているですよ。」

 リアンがカレンに話しかける。

「そうですね。すっかりおなじみになりました。」

「明日の夜はきっとキャンプなのですね。」

 アカデミーの行事外での、作戦執行中のキャンプにあまり慣れていないリアンは少々心細いようだ。

「大丈夫よ、リアン。みんな一緒ですもの。怖いことはないわ。」

 その不安を察したカレンが優しく語り掛ける。

「私は、まだまだ力が足りないですから。みんなに迷惑をかけるかもです。」

 力なく、そう言うリアン。

「そんなことはないわよ。これまでに私たちは何度もあなたに助けられたもの。先生もおっしゃっておられたでしょう?あなたにとって大切なのは自信よ。大丈夫。勇気を出して、明日に備えましょう。」

 カレンのその言葉を聞いて安心したのか、リアンの意識は次第に遠のいていった。カレンは、これまでのさまざまな出来事を思い出しながら、夏の宵闇にその精神を委ねていく。やがて、全ては闇に包まれ、屋外の雨音と雷鳴だけがその静かさを際立たせていった。


* * *


 翌朝も雨だった。昨晩あれだけにぎやかに騒いでいた雷こそなりをひそめていたが、森を抜けるには少々難儀が予想される強い降りであった。宿にとどまって天候の回復を待つべきではないかという意見も出たが、話し合った結果、4人は予定通り出発することに決めた。特段急ぐ理由があったわけではないが、夏期休暇を無駄に消費することはできれば避けたいという思惑が働いたようである。朝は、持ってきた非常食と魔法瓶詰で簡単に済ませ、宿の受付で当面のキャンプに必要となる荷物を受け出してから、出発した。

 4人はローブを頭からかぶり、荷を背負って、雨ですっかり滑りやすくなった街道の石畳へと足を繰り出していく。その上を雨が容赦なく降りつけていた。『ダイアニンストの森』が近づくにつれて石畳は乏しくなり、ぬかるんだ泥道の上を進む格好となる。やがて4人の周囲を鬱蒼とした木々が取り囲み始め、道はいよいよ悪くなった。ぬかるんだ地面に足をとられてよろけるリアンの身体をカレンが支えるようにしながら、4人は深い森の中へと分け入っていった。獲物を探してこの森を縦横無尽にさまよい歩いたこれまでとは異なり、今日は、獣道のようになりながらもかろうじて刻まれている街道を南東方向へと進んで行く。その道は、木の根や散らばる石によって乱雑であり、普段の人通りの少なさを物語っていた。そんな深い森の中にあって、あるはずのない人影に気づく者がいた。アイラである。

「みなさん、気を付けて。さきほどから我々の後をつけるものがいます。」

 その言葉を聞いて、少女たちに緊張が走った。注意深くあたりを見回すが、明らかには人影を視界にとらえることはできない。しかし、アイラの言う通り、何者かの視線を感じるのは間違いなかった。少女たちは各々得物を手にして周囲を警戒しつつ歩みを進めて行った。ここは、キャシーをはじめとして、『裏口の魔法使い』が闊歩する森林であり、そうした違法魔法使いたちの放った邪悪な魔法生物がうろつく場所でもあるのだ。実のところ、何者が後をつけてくるか知れたものでもなかった。用心に用心を重ねて先に進むが、幸いにして、面倒ごとに出会うことはないままに、ようよう雨の森を抜けることができた。

 その間ずっと雨に打たれ続けてきた4人はすっかりずぶぬれで、足元はどろどろになっていた。苔むした土の香りに嗅覚を支配されながらも、ようようにして煩わしく茂る木々に別れを告げ、開けた場所に出ることができた。ここから、南に広がる海岸沿いに南東方向に進めば、『ディバイン・クライム山』の登山口に取り付くことができる。

 陽はすっかり天上から西に傾き、鉛色の空の裏でその影だけをくすぶらせていた。南海へと注ぐ小さな川に沿にそって開けた一角を見つけた4人は、そこでキャンプをすることに決めた。周辺は砂利に覆われていて、雨の中にあっては比較的に足元がよく、水を補給できる小川も近くにあって、見通しも悪くない場所であった。

 シーファは早速、薪を集めて火おこしの準備を始めている。といっても、昨夜からの雨で薪はずぶぬれになっていたので、魔法の火でそれらを乾かすところから始めなければならなかった。薪とともに、いくばくかの枯れ葉を集めては、それらを乾かす。カレンは、川に水を汲みに行き、アイラとリアンはテントの設営にとりかかった。砂利の上は比較的水はけがよく、といっても降りしきる雨の中で作業は大いに難航したが、それでも泥の上よりは幾分かましで、どうにかこうにかテントを設営することができた。

 シーファの火おこしも何とか成功したようで、薪が赤い炎を揺らしている。次にくべるべき薪をその火の周囲において乾かしながら、火に鍋をかける準備に取り掛かった。その夜は、昨晩食べきれなかった猪肉を宿の人に包んでもらったものと、野菜瓶詰の塩漬けされた野菜を煮込んだ簡易の鍋料理をこしらえようということのようである。周囲に何本か生えている木々の枝にローブをひっかけてごくごく簡単な雨よけを作り、その下で4人は焚火を囲んだ。8月中旬のこの時期なので寒いということはなかったが、それでも1日雨に打たれた身体は汗と混じる湿気がなんとも心地悪い。そんな中で、焚火の火はその不快感をいくばくか取り去ってくれた。やがて鍋が、ぐつぐつと煮え時を知らせる。


挿絵(By みてみん)

*昨晩の残りの猪肉と野菜で作った鍋料理。


 4人は、濡れた服を乾かしていたその手を止めて、食事を始めた。調理をしてくれたのはアイラであったが、その腕は大変によく、ありあわせの食材で実に旨い鍋を提供してくれた。聞くところでは、料理は『ハルトマン・マギックス』の奉公人であった時に、店の奥方が直々に仕込んでくれたのだそうだ。暖かい料理が、疲れた体に活力を取り戻してくれる。4人は、お互いの身の上や、まもなく始まる新学期についての抱負などをめいめいに語りながら、ゆっくりとその夜を過ごしていった。

 相変わらず雨は降り続き、太陽はその姿を隠すようにして西の空に沈んでいく。やがてあたりは宵闇に覆われ、その静けさを木々の葉に触れる雨音が際立たせていった。早々にテントに入って、明日に備えて休もうかというその時のことである。

 奥に広がるダイアニンストの森から、何者かの気配を感じた。木立がガサゴソと揺れる音を立て、そこからなにものかが姿を現す。


* * *


 音のする方向を注意深く見やると、魔法生物であろうオオカミの姿が目に入った。

「気を付けて。ソーサリー・ガード・ウルフのようです。」

 アイラが、エレクトの斧を手に取って、慎重に様子をうかがう。あとの3人も各々得物を手にして身構えた。

 ソーサリー・ガード・ウルフとは、魔法使いが野外キャンプなどを張る際に、見回り用に展開する魔法生物で、早い話が魔法の番犬である。こんなところにそれがいるとなると、彼女たちの他にこの辺りでキャンプを設営している魔法使いの一団がいるか、あるいは、かつて召喚された番犬が放置され、彷徨える野良魔法生物となったかのどちらかであった。いずれにしても、放置しておくことはできない。身構える身体に一層力が入る。


挿絵(By みてみん)

*ダイアニンストの森から姿を現すソーサリー・ガード・ウルフの群れ。


 オオカミの方でも、鍋の匂いで獲物の存在を察知したのか、しきりにこちらを気にするそぶりをみせていた。やがて、それらは群れを成してゆっくりと彼女たちの方に近づいて来る。

「どうやら、一戦かまえるしかないようですね。」

 意を決したように言うアイラに続いて、3人も立ち上がった。その間数メートルという距離でオオカミと少女たちは見合っていた。威嚇の唸り声を上げながら近づいて来てくる狼のうちの数匹が、ついに彼女たちに襲い掛かってきた!

 さっと散って慎重に距離を見計らう少女たち。いつもなら、ここでシーファとカレンの攻撃術式が火を噴くところであるが、今日は様子が違った。彼女は、エレクトの斧を片手にして襲い掛かる群れの前にさっと躍り出ると、巧みな手さばきでオオカミに立ち向かっていった。魔法生物に普通の物理武具では効果が薄いはずであるが、彼女は、魔法を用いて斧を強化しながら、舞うようにしてそれらを次々と蹴散らしていく。魔術だけでなく魔法も駆使する術士、その華麗な姿に他の3人はあっけにとられていた。武具の拡張だけに魔力を使い、実効的な攻撃は武具によって繰り出すそのスタイルは非常に洗練されていて、魔力の消費効率が極めてよいものであった。


挿絵(By みてみん)

*斧を片手に、それを魔法で強化しながらオオカミの群れと渡り合うアイラ。


 そのアイラを、他の3人は防御術式と武具拡張の術式を駆使して支援していく。獅子奮迅とはまさにこのことで、瞬く間にあたりは蹴散らされた魔法オオカミで死屍累々となり、そのむくろは魔法光の粒となってたちまちに中空に消えて行った。

 ひととおりの喧騒の後で、あたりに静寂が戻り、再び雨音を聴覚が捉え直すようになるまでにさして時間はかからなかった。斧がかぶった雨水を丁寧にぬぐってそれを仕舞うアイラ。その戦いは見事というよりほかなかった。

「すごいです、アイラさん!」

 カレンが思わず声を上げた。

「そんなことはありません。みなさん、ご無事ですか?」

 すっと一息ついてから語るアイラのその言葉に、3人は頷いて答えた。

「アイラ、かっこいいのですよ。ひとりでオオカミをやっつけちゃいました。」

 リアンは興奮ひとしおのようだ。

「ありがとうございます。小さいときから武具の扱いは仕込まれてきましたので…。」

 絶賛の表情を浮かべるリアンの前で、少し照れくさそうにするアイラ。シーファも目を丸くしてその戦いぶりに感心していた。シーファやリアンがそうであるように、この魔法社会では、魔法使いも剣や斧、槍といった物理武具を得物とする。しかし、あくまでも得手とするところは魔法であって、武具を直接に振るうことは滅多にないのであった。それに対して、術士は武具の扱いに長けている。奇しくも、アイラはその両者の役割の違いを、存分に実践して示してくれた格好となったのだ。

「これで、当面の危険は去ったと言えそうですが、先ほどのオオカミたちは、完全に魔法の制御が切れているというわけではないようでした。彼らを使役している魔法使いがまだ潜んでいるかもしれません。今晩は交互に警戒にあたりましょう。」

 そのアイラの提案に、みな頷いて同意した。アイラから初めて各々2時間ずつ、交代に見張りに立つことになった。夜が次第に更けて行く。雨はなおも降り続き、テントに打ち付ける。その横で火の番をしながら、アイラが余念なく周囲を警戒していた。真夜中を過ぎたころ、ようやく雨が弱まりを見せ始め、雲の切れ目から少しずつ月や星々が顔をのぞかせるようになってきた。交代の時間となり、アイラはシーファと見張りを代わる。

「アイラ、ありがとう。代わるわ。ゆっくり休んでね。今日は本当にありがとう。」

「どういたしまして。あとを頼みます。おやすみなさい。」

 そう言葉を交わすと、シーファは焚火の所に移動し、アイラはテントに入って行った。いくらか薪をくべて火の勢いを強くするシーファ。あたりにはフクロウの声がこだましていた。雨は少しずつだが上がっているようだ。眠気に抗いながらも、なお、シーファは見張りを務めていた。その後、カレン、リアンと順に見張りに立ち、リアンの番がいよいよ終わろうかというころ、夜が白んできて、太陽がその顔をのぞかせた。朝の到来である。リアンは少し眠そうではあったがそれでも元気だった。

 4人は、川の水で顔を洗い、手拭いで身体を拭いてから、朝食の準備に取り掛かった。といっても、朝は持参した乾パンと干し肉、魔法瓶詰の野菜と果物だけで済ませることになるわけで、カレンが淹れてくれたあたたかいコーヒーだけが、朝の活力を与えてくれる救いとなった。

 一昨日の夜から降り続いた雨はようやく止んで、ずいぶん薄くなった雲の裏側で、太陽が白く光っている。まだ晴天とまではいかないが、雲はその後も徐々にはれていきそうな、そんな面持ちであった。テントを撤収して荷にまとめ、火の後始末を十分にしてから、4人は『ディバイン・クライム山』の登山口を目指して歩き始める。その山は、それほど険しいものではないのだが、普段は基本的に人の行き来のない場所であり、剥き身の自然が4人を歓迎してくれていた。登山口にたどり着いたときには、すでに太陽は天頂付近にまで移動していた。身体にまとわりつく暑さと湿気がたまらない。ローブの襟元をぱたぱたとやって熱気を逃がしながら、ようよう登山口を前にした4人は、そこで小休止を取った。すっかりなまあたたかくなってしまってはいたが、それでも渇きを癒してくれる水筒の水がなんとも心地よい。

 一息ついた彼女たちの耳に、聞こえるはずのない足音が聞こえてきた。


* * *


 4人は、得物を手にして、その足音の方を見やる。そこに現れたのはお馴染みのキャシー・ハッターであった。

「おやおや、やっぱりあたしの勘は大当たりだったようだね!」

 不敵な笑みを浮かべながら、キャシーが言う。

「あんたらの後をつけてくればきっと金の隠し場所にたどり着けると思ったのさ。どうやら『ディバイン・クライム山』に向かってるようだねぇ。さぁ、悪いことは言わないよ。金の隠し場所を吐きな!」

 そう言って迫りくるキャシー。4人は身構えて対峙した。

「無駄だよ。これまで何度もあんたらには煮え湯を飲まされてきたが、いつまでも負けっぱなしというわけにもいかないんでね。今回もまたとっておきを準備してあるのさ。持ってるんだろう?怪我をしたくなければさっさと『ハングト・モックの瞳』を渡しな!」

「お断りします!」

 シーファはきっぱりと言ってのけた。

「そうかい、そうかい。まあ、そうだろうと思ったよ。」

 不敵な笑みを一層強めるキャシー。

「後悔しても知らないよ。素直じゃない小娘にお灸をすえるとしようじゃないか!」

 そう言うとキャシーは詠唱を始めた。

『生命と霊性の均衡を司る者よ。我に力を与えたまえ。自然のありように声明の形を与え、我が前にそれを織り成せ。巨人召喚:Summon of Giant!』

 彼女の前に大きな魔法陣が展開され、そこに山の巨人が呼び出される。身の丈4メートルはあろうかという巨体が、上からギロリと4人をにらみつけた。


挿絵(By みてみん)

*キャシーが召喚した山の巨人。石造りのその身体は屈強そのものである。


「さて、遊びはおしまいだよ。こいつに踏みつぶされたくなかったら、さっさと瞳をおよこし。」

「そのつもりはありません!」

 再度シーファはその邪な申し出を拒んだ。

「まぁ、そうだろうね。いいだろう。恨むんなら馬鹿な自分たちを恨みな!」

 そう言って、キャシーがその巨人をけしかけてきた!さっと距離を取って臨戦態勢をとる4人。その場に緊張が走る。

 リアンが『氷礫:Ice Balls』の術式を繰り出した!輻輳の効いた多数の氷礫がその巨体をとらえる!しかし石造りのその身体はびくともしない。続けて、シーファが『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』を繰り出すが、先ほどと同様、わずかな石屑が散らばる他には芳しい効果を得ることができないでいる。その傍で、キャシーが高笑いをしていた。

 巨人が薙ぎ払うその巨大な石の手に吹き飛ばされる4人。防御障壁の展開によって直撃こそ免れるもののその損害は甚大で、山の岩場に身体を強打し、4人は激痛に悶えた。

「どうだい?考えは変わったかねぇ?」

 嫌な笑みを浮かべて問うキャシーに、シーファはきっぱり首を振ってこたえた。

「そうかい…。なら、あの世で後悔することだ!」

 その言葉に誘われるかのように、巨人が『衝撃波:Shock Wave』の術式を繰り出す!それはシーファの身体をもろに打って、彼女に激しい痛みを与えた。かろうじて防御障壁を展開することこそできたものの、シーファはほとんど身動きできないほどの損傷を負ってしまう。その傍にカレンが駆け寄ろうとするが、巨人の投げつける岩が邪魔をして、なかなか思うようにいかない。リアンも機会をうかがうが、好機をとらえられずにいた。シーファはしゃがみこんでぐったりとしている。

 そのとき、巨人の前に立ちはだかったのはまたしてもアイラであった。彼女は、手にしたエレクトの斧に術式を行使している。その時だ!

 エレクトの斧がいくつも複製され、ひゅんひゅんとあたりを飛び交いながら、群れを成して巨人に飛びかかっていった。術士が得意とする、『飛来する武具:Flying Weapons』の術式だ!


挿絵(By みてみん)

*アイラが放った『飛来する武具:Flying Weapons』の術式。


 魔法により威力強化された斧が連続して巨人に襲い掛かっていく!その刃のいくつかは、その巨大な腕によって阻まれたが、それでもなお矢継ぎ早に次々と繰り出されて、その巨躯を捕えていった。石が砕けるけたたましい音とともに山の巨人の身体は徐々に崩れ、巨人はその場に膝をついた。なおも術式を繰り出そうとするが、しかしその身体は自由が利かないでいる。

「今です!」

 アイラが、大きな声を出した!アイラの果敢な攻撃によって生まれた機会を活かしてカレンがシーファの傷を癒している!ようやく、動けるようになったシーファは、それとは対照的にその場でうずくまる巨人に対して詠唱を開始した。


『火と光を司る者よ。我が手に力を成せ。炎の力を凝縮し、弾丸として撃ち出そう!我が敵を砕け!貫通式火炎弾:Stinger Flame!』


 彼女の両手の周りに高温の炎が集まり、どんどんと凝縮していく。刹那、シーファは圧縮された炎を、巨人の頭部めがけて一気に解き放った!


挿絵(By みてみん)

*シーファが放つ威力の高い火と光の領域の高等術式。


 彼女の手から繰り出されたその超高温の火球は爆音とともに巨人の頭部に見事に命中して、すっかりそれを粉砕した!岩でできたその頭部はがらがらと音を立てて崩れ落ち、頭を失った巨体はなすすべもなくその傍にくずおれた。刹那、その身体は魔法光に変わり、光の粒となって消えて行く。

 カレンはすぐにキャシーを追おうとしたが、その姿はすでにその場からは消えていた。今回もまんまと逃げられてしまったようだ。仕方なく、少女たちは傷ついた身体をカレンの回復術式と持参した水薬で癒しながら、登山の準備を進めていった。太陽はちょうど天頂付近に位置していたが、これから山を登れば、中腹にあるという洞穴を踏破するのは十分可能であるように思えた。治療を終え、準備を整えた彼女たちは、登山口からゆっくりと登山道に足を進めて行く。暑さは一層ひどくなり、シーファは先ほど負った傷がまだ痛むようであったが、ローブの裾で汗をぬぐいながら、懸命に足を前に繰り出していった。

 ごつごつと岩が剥き出すその登山道は、一昨日からの雨で滑りやすく、土の部分はぬかるんでいて歩きづらいことこの上ない。4人は、その山の中腹に口を広げるという『タマヤの洞穴』を求めて先を急いでいた。途中、カレンが何度か『ハングト・モックの瞳』を通して金の隠し場所を確認したが、脳裏に広がる魔法の立体地図は、その周辺の景色が間違いのないものであることを確かに示していた。

 雨上がりの蒸しかえる土のにおいが鼻をつく。雲が次第にはれ、あたりがにわかに明るくなりはじめた。同時に直射日光による暑さがどっと汗を誘う。にもかかわらず、足元の悪さはなかなか改善しない。濡れた落ち葉がすべりやすくて厄介極まりない。そんな中を4人は黙々と前進していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ