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第6節『新しい依頼、新しい仲間』

 8月も半ばを過ぎようとしていた。照りつける陽射しはまだまだ強く、そこかしこを焼き尽くさんばかりの明度と熱量をいまだに保っていたが、それでも、朝夕のちょっとした瞬間や、時折吹き抜ける風の中に、かすかながらも確かに、秋の到来が感じられるようになってきた、そんな時節のことである。

 その日の朝も、ウィザードとシーファは、秋の『全学魔法模擬戦大会』に向けて、個人レッスンに勤しんでいた。海水浴から戻った後も、結局シーファたち3人は、帰省をしないで、アカデミーの寮で夏期休暇を消化するという当初予定通りに残日を過ごしていた。リアンとカレンは課題に励み、毎日のようにして寮とアカデミー中央図書館を往復している。


 ようやく、酷暑の中での厳しい教練が終わった。練習用フィールドの真ん中で、シーファとウィザードは滝のような汗をかきながら、大きな息をついている。額を伝う汗が頻りに目に入って、視界を保っておくことが難しかった。ローブの裾で、汗をぬぐいながら、ウィザードが言った。

「いいだろう。今日はこのへんにしようじゃないか。ずいぶん魔法の制御と輻輳の使い方がうまくなったな。力一辺倒に傾きがちな癖がいい調子で抜けてきている。このまま、威力、速さ、数と制御のバランスを磨いていけば、今年の個人戦優勝は大いに狙えるぞ。うまくすれば、上級生相手の無差別級試合でもいい成績を残せるかもしれない。このまましっかり仕上げて行こう。」

 そう言うウィザードにもかなりの疲労が見える。それは、この時期の酷暑だけが原因ではなかった。シーファの力量が着実に向上していて、その相手をすることが彼女にとって容易でなくなってきていたのだ。彼女は、天を仰ぐようにしてフィールドに座り込み、肩で大きな息をしている。シーファはその対面で、前屈姿勢で息を整えていた。


「そういえば。」

 ウィザードが続けた。

「リリー店長から連絡があった。またお前たちに頼みたいことがあるそうだ。今回は懲罰ではないから、やるやらないはお前たちの自由だが、あたしの方にもちょっと事情があってな、できれば引き受けてもらいたい。リアンやカレンとも相談して、今日の午後にでもあたしの執務室を訪ねてくれないか?あたしの新しい部屋は、3階の角部屋だ。頼んだぞ。」

 なかなか落ち着かない息を抑え込みながら、答えるシーファ」。

「わかりました。ふたりは中央図書館にいると思いますから、後ほどつかまえて先生のお部屋にお伺いします。お時間は何時ごろがご都合よろしいですか?」

「そうだな、無理がなければ、2時に頼めるか?」

「わかりました。そのお時間にお伺いします。」

「休み中にすまんな。報酬ははずむから、よろしく頼むよ。」

「かしこまりました。」

 そういって、二人はいったん別れた。天頂に向かって駆けあがる太陽から差す陽はどんどんとその熱量を増していく。全身を覆う汗が、留まるところを知らない。ひとまずシーファは寮の自室に急ぎ、部屋に戻るやシャワーを浴びた。ウィザードもまた同様である。その日の朝の教練は、そうしてようやくに一段落を見たのであった。


* * *


 浴室を出て着替えを済ませると、シーファは通信機能付光学魔術記録装置を手に取ってカレンに連絡をとった。案の定、彼女はリアンとともに中央図書館で資料収集の真っ最中であった。図書館内での通話ははばかられるということで、15分ほどしてから、カレンからの折り返しの着信がある。

「シーファ、ごめんね。今、図書館を出たわ。どうしたの?」

「ありがとうカレン。こちらこそ、課題で忙しい時にごめんね。実は、先生からまたも私たちに頼みごとよ。依頼主はリリー店長だって。どうする?報酬は弾んでくれるそうよ。」

「そうね、毎日寮と図書館を往復して課題をこなすだけというのもさすがに飽きてきたところだし、正直、海水浴ではちょっと贅沢しすぎちゃったから、このあたりで仕事を引き受けるのはいいかもしれませんね。」

 カレンは乗り気のようだ。

「リアンにも聞いてみるから、ちょっと待ってね。」

 そう言って、カレンは傍にいるリアンに話しかけた。

「先生が、また私たちに頼みごとがあるんだって。私はやってもいいと思うんだけど、リアンはどうかしら?」

「私も行きたいのですよ。こうも課題ばかりではつまらないのです。」

「なら、決まりね。」

「もしもし、シーファ。リアンもOKです。あなたがよければ、一緒にやりましょう!」

「ありがとう。私ももちろんその気よ。じゃあ、今日の午後2時に新しく移動した執務室に来て欲しいとおっしゃっているから、1時45分に教員棟の入り口で待ち合わせましょう。」

「ええ、わかったわ。じゃあ、その予定で。後ほど会いましょうね。」

 カレンの言葉に、リアンもこくこくと頷いている。

「さあ、お仕事よ。」

「はい、頑張りますですよ!」

「じゃあ、私はひとまず借りてきた資料を部屋までもって帰るわね。あとで落ち合いましょう。」

「はい、なのです。私はこれから食堂で食事を済ませてくるのですよ。」

「わかったわ。じゃあまた後で。」

「はい!」

 そういって、二人は別れた。

 小高い丘の上に位置している中央図書館の入り口前を一陣の風が吹き抜ける。その風は湿気を多分に含んだ生暖かいものではあったが、夏の盛りのものとは違っていた。季節は少しずつではあるが、しかし確実に秋の入り口を捕えているようである。


* * *


 約束の時間が到来した。3人は、今、教員棟の入り口に集合している。

「先生も、ついに魔法学部の教授にご出世なされたのよね。私たちも鼻が高いわね。」

 シーファが言った。

「そうですね。先生は優秀ですし、教育熱心な方ですから。ある意味当然のことと思います。」

 そう応じるカレン。

「それにしても、この前海で出会ったちょっと変わった子は、先生にとっても似てたですよ。あんなにそっくりな人っているんでしょうか?」

 リアンが、過日の海水浴のことを思い出していた。

「いくら、先生でも若返るのは無理でしょ?他人の空似よ。」

 シーファはそう言うが、

「わかりませんよ。先生は私たちの目の前で天使になったことがありますからね。案外、あれは先生のいたずらだったりしたのかもしれません。」

 何やら意味深に言うカレン。

「確かに、あれはすごかったわね。天使の先生か…。ついこの前のことだけど、ずいぶんと懐かしい感じもするわね。」

 シーファの言葉に、リアンも頷いて答えている。


 そんな言葉を交わしながら、3人は、ウィザードに指定された3階の角部屋に向かった。その部屋が、ウィザードとその仲間たちにとって因縁浅からぬ部屋であることを彼女たちは知らない。そんなわけで、3人は当然にして、ドアをノックした。

「おう、すまんな。入れ。」

 ウィザードの声が聞こえる。ドアを開けて中に入ると、ウィザードとひとりの少女が3人の到着を待っていた。かつて、破廉恥極まる魔術記録が散乱していたあの机の上はすっかりと整頓され、今では数冊の魔法書と、何通かの書類が整然と置かれているばかりだ。ウィザードはその執務机の奥の席に着き、3人を応接用のソファに座らせた。もう一人の少女は奥の椅子に腰かけている。

「よく来てくれた。」

 ウィザードが話を切り出した。

「シーファには朝練の時にかいつまんで伝えたが、リリー店長からあたしのところに連絡があってな。お前たちにまた仕事を引き受けてもらいたいんだそうだ。仕事内容は、ある意味、この間の続きだな。」

「そうおっしゃいますと?」

 シーファが訊ねる。

「『ハングト・モック』の一件はまだ記憶に新しいだろう。リリー店長は摘出したその瞳から金のありかを突き止めたらしくてな、その採掘と回収をお前たちに依頼したいそうだ。情報漏洩を避けるため、詳細な場所は『スターリー・フラワー』に着いてから、店長が直に伝えるそうだが、準備のためには大まかな場所を伝えておかねばならないだろう。」

「遠くなのですか?」

 そう訊くカレンに、

「ああ、そこそこ遠い。『ダイアニンストの森』を南東に抜けた先にある『ディバイン・クライム山』だ。そこにある、とある洞穴なんだそうだ。」

 ウィザードはそう答えた。

「ディバイン・クライム山ですか。それはまたずいぶん遠いですね。」

 と、シーファ。

「そうだな。知っての通りディバイン・クライム山は『タマン地区』の最南端に位置する山地だ。それほど険しい山ではないが、店長の話では洞穴の方が少々厄介らしい。まぁ、金を隠すのだから、それなりに険しい場所ではあるんだろうな。」

 ウィザードは説明を続ける。

「あの地域は、野生動物や野良魔法生物が多い場所でもあるからな。魔法使いだけでは少々骨が折れることが予想される。そこでだ。」

 そう言うと、ウィザードは席を立ちあがり、奥に向かって手招きして声をかけた。

「こちらに来てくれ。」

 その呼びかけに応じて、奥の席で待機していた少女がこちらに来た。年頃は3人と同じであったが、同級生の中で見かけたことのない姿である。編入生なのだろうか?

「紹介しよう、この子はアイラ。術士スカラ・キャスターであり錬金術師アルケミストでもある実力者だ。今回、前衛としてお前たちに同行してもらおうと考えている。アイラ、自己紹介してくれ。」

「はい、先生。私は、アイラ。アイラ・ハルトマンです。よろしくお願いします。」

 少女はそう言った。

「ハルトマンって、『ハルトマン・マギックス』のですか?」

 驚いたような様子で訊ねるカレン。それを見てウィザードが言った。

「どうする、アイラ。あたしから事情を説明しようか?」

「いえ、先生。大丈夫です。私からお伝えします。私は、この夏ハルトマン家の養子に入りました。もともとは、お店に住み込みで働く錬金術師だったのですが、リセーナ様を亡くされたことで、旦那様と奥様が大変にお心を痛めておられてまして、それで、カリーナ様に新しい妹としてお仕えするようにということで、リセーナ様の葬送の儀式の日に、幼少の頃からお仕えしていた私を養女として迎え入れてくださったのです。」

 少女はその身上をかいつまんで3人に説明した。

「そういうことだ。彼女はこの夏期休暇明けからアカデミーの『錬金学部』にも所属することになる。お前たちと同じ中等部の1年生だ。仕事仲間というだけでなく、学徒仲間としてもうまくやってほしい。なにせ初めての学園生活を迎えることになるんだからな。よろしく頼むよ。それに、リセーナ女史とはあたしたちもちょっとした縁があってな。」


挿絵(By みてみん)

*錬金学部錬金科(術士科併科) 中等部1年 専攻錬金術師(予定) アイラ・ハルトマン


 そう言うと、ウィザードはいつもの珍妙なウィンクをして見せた。

「わかりました。私はシーファ。こちらの濃紫の髪の子がカレンで、あちらの銀髪の子がリアンです。アイラさん、こちらこそ、よろしくお願いします。」

 シーファが差し出した手を取って、

「ありがとうございます。改めて、アイラ・ハルトマンです。お役に立てるように尽力します。」

 少女はそう答えた。


 ところで、術士スカラ・キャスター錬金術士アルケミストについて説明しておく必要があるだろう。前者は、シーファたち魔法使いとは異なり、魔法ではなく魔術を扱う職能である。また、剣や斧といった物理武具の扱いに非常に長けており、魔力を消費しないやり方での力の行使を得意とする。そのため、魔法使いよりも継戦能力に優れるという際立つ特性をもっていた。魔法使いの魔法は、破壊力や殲滅性の点では優れるが、何事につけても魔力を消費するため、長時間戦力を維持しておくことが難しい。その欠点を補うために、継戦能力が求められる作戦には、術士が同行することが一般的なのであった。術士が行使する魔術は、自然科学と錬金術で説明がつく範囲の、自然摂理に限界づけられた範囲に力の幅が留まるものではあるが、それは、神秘の領域から力を引き出す魔法に対して一概に劣るというわけではなく、役割の違いであると考えるのが妥当であろう。能力の高い術士は魔法使いに比肩するほど強力な殲滅術式を行使することもできる。また、アイラは錬金術師でもあるため、魔術だけでなく一定範囲で魔法も行使できた。錬金術は魔術、自然科学、魔法の組み合わせによって、様々な薬品や魔法具を錬成するための技能なのである。


「彼女は、優れた能力の持ち主だから、きっとお前たちを大いに助けてくれるだろう。そこでだ。お前たちが先の仕事の報酬として持ち帰ってきた『エレクトの斧』はアイラに預けることにした。構わんだろう?」

 そう訊ねるウィザードに、シーファたちは頷いて答えた。3人はそれぞれ、すでに強力な術式媒体を持っていたし、物理特性に優れる武具の扱いなら、魔法使いより術士の方がはるかに優れていることを了知していたからである。

「これで、話は決まりだな。リリー店長にはあたしの方から連絡を入れておくから、さっそく明日にでも出かけてくれ。それから、入寮が正式に決まるまでは、アイラは『インディゴ・モース』の『ハルトマン・マギックス』社から通うことになる。なので、待ち合わせ場所は『サンフレッチェ大橋』の南のたもとに設定するとスムーズだろう。吉報を待っている。何か質問はあるか?」

「待ち合わせ場所については、了解しました。明朝、何時が都合がよいですか、アイラさん?」

 シーファが代表してそう訊ねる。

「朝9時ではどうですか?」

 応じるアイラ。

「わかったわ。では、その時間にサンフレッチェ大橋の南端で会いましょう。よろしくね!」

「はい!」

 どうやら話がまとまったようである。

「では、お前たち3人は、『全学職務・時短就労斡旋局』に寄って必要な事務手続きを済ませてきてくれ。あたしはアイラと編入についてもう少し打ち合わせがあるんだ。明日から、頼んだぞ。では、行きたまえ、ですわ。」

 思わず、妙な語尾になるウィザード。その顔を不思議そうにのぞき込む3人に、

「なんでもない、いいから早くいけ!」

 そう言って、ウィザードは追い払うようにして、3人に室外に出るように促した。それに従って、そそくさと退散する3人。時間はゆっくりと3時を回ろうとしていた。


* * *


 翌日はやや薄暗い曇天で、鉛色の重い雲の裏で白い太陽がゆらゆらと輪郭を揺らしていた。しかし、蒸し暑さは相当で、集った4人はすでに汗にまみれている。彼女たちは、今リリーの店に至るために重要な意味をもつ『サンフレッチェ大橋』の南端に位置していた。

「ここの道順暗号は知ってる?」

 アイラに訊ねるシーファ。

「いえ、初めてです。道順暗号を行くということは『スターリー・フラワー』は『裏路地の魔法具店』なのですか?」

 そう問うアイラに、

「ええ、そうよ。リリー・デューという一風変わった店長さんが経営されているわ。『ハルトマン・マギックス』ほど大きなお店ではないけれど、そこそこに面白い物があるわよ。」

 シーファがこれから向かうその店の概要を説明した。

「そうなのですね。幼い頃からずっと、魔法具店と言えば、『ハルトマン・マギックス』しか知らないので、興味があります。」

 そう言うアイラに、

「幼いころから、ということは『ハルトマン魔法万販売所』のころから、ずっと勤めているのですか?」

 カレンがそう訊いた。

「ええ。なんでも旦那様と父が旧知の仲だったそうで、『ノーデン平原の戦い』で孤児となった私を旦那様が住み込みの従業員として引き取ってくださったんです。それ以来、ずっとお店で生活しています。母は、私を生んですぐに亡くなっていまして…。」

「へぇ、それでついに養女になったわけね!」

「はい。といっても、カリーナ様の執事のようなものですが…。」

 アイラは少し視線を落としてそう言った。

「生活はどうなのですか?養女となるといろいろ環境も変わったでしょう?」

 そのカレンの問いに、

「ええ。旦那様も奥様も変わることなくかわいがってくださいますが、戸惑いがないと言えば嘘になります。何といっても、お店はこの魔法社会で一、二を争う大会社ですから…。その経営者の一族に、義理とはいえ加わるということには何かと大変さがあります。」

 アイラはそう答えた。

「よくわかるのですよ。金持ちはめんどくさいのです。」

 リアンは何か我が意を得たりというような面持ちでアイラに同情している。彼女もまた長い伝統を持つ純潔魔導士の血を引く貴族の嫡出令嬢で、経済的にこそ苦労はないものの、実家での生活には息苦しさを感じている節があるようだった。

 そんな話をしながらも、4人は、すでに、ガーゴイル像、鳳凰像を通り過ぎようとしていた。踏襲した道順暗号は適切で、あたりを濃い霧が覆い始める。気温はいつものようにわずかに下がりはするものの、この季節にあっては暑さの方が圧倒的に勝ってしまい、霧による湿度の急激な上昇は、少女たちに舌を出させるのに十分な酷さであった。今回の仕事では、『ダイアニンストの森』を抜けた後、更に南下する必要があるため、最低でも片道3日(2泊)はかかる行程となる。そのため、今回ばかりは、シーファとカレンもそれなりの大荷物をしょっていた。アイラもまた同様で、リアンに至ってはいつも以上の荷物達磨で、その小さな足をよたよたと前に繰り出している。

 橋の中央をまっすぐに抜けて行くと、霧が一層濃くなり、あたりは真っ白になってほとんど何も見えなくなった。いつもの情景である。ほどなくして、橋を越えた先の左手にカレンが看板を見つけた。

「ここです。」

 そう言って、ドアの取っ手に手をかける。魔法金属のノブがひんやりと心地よい。呼び鈴の音を響かせながら、扉がゆっくりと開いていった。

「いらっしゃい。よく来てくれたわね。」

 会計用カウンターのところで、お金の計算をしていたらしいリリー店長が、ちょうど入り口から真正面に4人を出迎えてくれた。

「あら、新しいお友達も一緒なのね。その格好からするに術士の子かしら?これはなんとも頼もしいじゃない。」

 リリーはそう言って、奥の従業員控室に移動するように促した。リリーの店は相変わらず、その展示のひとつひとつが瀟洒しょうしゃで洗練されており、同業のアイラの関心を大いに引いたようだ。奥へと進みながら、彼女は、展示の仕方や色遣いなどについて細かく注意を払っていた。

 ホールを抜け、やがて、特別展示エリアの奥にある控室にたどり着く。リリーは、4人を長椅子に腰かけさせると、いつものように書類を配った。

「毎度毎度で申し訳ないけれど、一応読んでサインしてちょうだいね。」

 すでにその作業に慣れ親しんでいる3人は、さっそく記入を始めている。リリーはアイラにどうすればよいかを説明していたが、アイラの店でもやはり同じようなことが頻繁に行われるのであろう。それを見知っている彼女は、手慣れた様子で、その書類への記入を済ませていった。リリーはその優秀さを高く買ったようである。

 4人から預かった書類に目を通しつつ、リリーが言った。

「これでいいわ。仕事の内容については、先生から聞いているとは思うけれど?」

「はい、大まかなことは伺っています。『ハングト・モックの瞳』が指し示す場所に金を回収に行くのだとか。」

 そう応えるシーファ。

「その通りよ、場所は『ディバイン・クライム山』の中腹に口を開ける、『タマヤの洞穴』。その最奥に、あのハングト・モックが隠した金があるわ。『タマヤの洞穴』の場所と、その中の金の隠し場所については、ハングト・モックの瞳が教えてくれるわ。」

 そう言うと、リリーは、その魔法生物の瞳を閉じ込めた魔法瓶を取り出し、少女たちに見せてくれた。


挿絵(By みてみん)

*ハングト・モックの瞳を魔法瓶に閉じ込めたもの。魔法光を放つ瞳が妖しく浮かんでいる。


「これをね、こうのぞくと具体的な隠し場所が浮かぶのよ。」

 リリーはシーファの目の前にその瓶を差し出し、それをのぞかせた。瓶の中の瞳と視線を合わせるように覗き込むと、瞳を通して、その網膜に金の隠し場所が立体地図のようにして直接浮かびあがってくる。それは見ているというよりは、脳裏に立体地図が直接投影されるような不思議な感覚であった。


挿絵(By みてみん)

*瓶の中の瞳を覗き込むと、脳裏に直接投影されるかのようにして立体地図が浮かんだ。


「あなたたちものぞいてごらん。」

 そう言うと、リリーは他の3人の少女たちに、順に、その魔法瓶にとらわれた瞳をのぞかせた。皆、頭の中に浮かんでくる不思議な立体地図の投影に驚いている。

「あなたたちのおかげで、あたくしの手元にはもう一つあるから、この魔法瓶は持って行って構わないわ。いつでもこれを見て場所を確認なさい。金はきっと埋まっているのだろうから、採掘してそれをここまで転送してちょうだい。よろしいかしら?」

 片方の口角を上げるいつもの仕方でリリーは訊ねた。

「わかりました。発見したらご連絡の上転送します。」

 代表してシーファが答える。

「心強いわね。それじゃあ報酬の話をしましょう。報酬は4人で4人分、発見、転送してもらった金の量に比例した歩合制ね。金が多いほど報酬ははずむわ。必要経費は折半、休憩はあなたたちの裁量で自由に取ってよし。また、やり方についての指示は無しよ。報酬額はすべて金の量で決まる、そう思ってちょうだい。」

「わかりました。私たちはそれで大丈夫です。今回は、報告書の記載について特別な指示はありますか?」

「そうねぇ。今回はいいわ。あたくしが支払った分から必要経費を差し引いた額を、そのまま報告書に記載してくれれば、それでいいわ。」

 リリーは、シーファの質問にそう応えた。

「それと、今回はボーナスを先支給してあげる。これをもってお行きなさい。長い道中になるからきっと必要になるでしょう。」

 そう言って、いつもの急速魔力回復薬のアンプルを人数分取り出してめいめいに渡してくれた。


挿絵(By みてみん)

*スターリー・フラワー特性の急速魔力回復薬。リリー独自の調合が加えられているようだ。


「術士のあなたには必ずしも必要ないかもしれないけれど。見たところ、あなたは魔法を使った錬金もこなすようだからあって荷になることはないでしょう。予備だと思って、持ってお行きなさいな。」

「ありがとうございます。いただきます。」

 アイラはそれを受け取って、ローブのポケットにしまった。


「さぁ、それじゃあこれで準備は完了ね?」

「はい、ありがとうございます。予定としては、このまま『タマン地区』に移動して宿をとり、明日早朝に『ダイアニンストの森』に入ってから、その日の内にそこを抜け、『ディバイン・クライム山』の登山口に取り付こうと考えています。」

 シーファはそう応えた。

「そう。いい計画だと思うわ。くれぐれも無理はしないでね。なんとなれば、金のありかに『魔法の道標:Magic Beacon』を撃ちこんでくれるだけでもいいのよ。その場合、報酬はぐっと減るけど、死ぬよりはましよ。命は大切にしてね。」

「わかりました。安全第一で職務にあたります。」

「頼んだわよ。それから、今の時期のタマンではちょうど猪肉のいいのが出るからおあがりなさいな。1食分、サービスしておくわ。あたくしのおごりよ。」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、今晩宿でごちそうになります。」

 リリーとシーファは握手を交わし、それからすぐに4人はその店を後にした。その背中をリリーがあたたかく見送っている。


* * *


 4人がサンフレッチェ大橋を南下するにつれ、道順暗号がもたらす霧ははれていき、やがて、それは南大通りと接合した。少女たちは更にその大通りを一層南下していく。タマン地区まであと少しだ。

 太陽は静かにその位置を西に傾けていた。夕方前にはタマン地区に入れるだろう。曇天の空はその鉛色を一層濃くし、その厚い雲は雨を蓄えているように見えた。

 4人は、先を急いでいく。

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