第5節『浜辺の大激戦』
キャシー・ハッターが召喚した異形の怪物は、荒波を立て、穏やかだった海をかき分けるようにしてそのおぞましい姿を現すと、砂浜へとその魔の手を伸ばしてきた。観光客たちが逃げ惑っている。その様を見て、キャシーは不気味な笑みを浮かべていた。怪物の脅威は刻一刻と迫ってくる。
「とにかく、ここではだめよ!大きな被害が出てしまうわ!」
オレンジの瞳の少女が、その場にいる全員に海から離れて浜辺に場所を移すように指示した。それぞれ、水着の上にローブを着こみ、迫り来る脅威との対戦に備える。近づけば近づくほど、怪物の薄気味い醜悪な姿が明らかになってきた。
*キャシーが召喚した海の魔物。気味の悪い姿である。
それは、身の丈十数メートルはあろうかという巨大なクラゲに似た身体に、細か枝指の別れた触手を何本か腕のように動かしながら多数の残りの触手をかいくって、水中から砂浜へと歩くように移動してくる。その全身が怪しげな魔法光を称え、その頭部には巨大で透明なクラゲの傘が乗っており、その下では、オレンジ色の目が魔法光を放って不気味に輝いていた。海水浴場にいた人々はすでに一目散に逃げだしていて、7人の少女たちとその怪物が、砂浜の一角で正面から対峙する格好となった。キャシーは遠くから、その様を高みの見物と洒落込んでいるようだ。
怪物は、身体から生える幾本もの触手の内の一本を、シーファとブロンドの少女めがけてて繰り出してきた!ブロンドは、咄嗟にシーファの身体を横手に突き飛ばし、自分がその不気味な触手に捕らえられる。彼女の身体を高らかと掲げていく怪物は。不思議なのは、その触手に接触している部分の衣類からは、小さくしゅーしゅーという音がして、煙のようなものがでることであった。それとともに、ブロンドの少女が身に着けている日よけ用のローブは瞬く間に、溶けるようにしてその一部がなくなり、彼女を水着だけにした。
「おい、気をつけろ!ですわ。この触手には衣類を溶かす作用かなにかがあるようだ、のです。下手をするとまるはだかにされるぜ、かもですよ!」
そう言うなり、ブロンドは、手から『砲弾火球:Flaming Fire Balls』の術式を放って、自分の身体を捕えている触手の1本に集中して複数の法弾を浴びせかけた。その効果はてきめんで、怪物は触手を大きく振り回し呻いている。その先に捉えれているブロンドは、空中でぶんぶんと振り回されたが、次の刹那、怪物はその身体を触手から振り払いのけた。ブロンドの身体が、砂浜に打ち付けられる!
背に激しい痛みが走るが、幸いにも、よく整備された目の細かい砂浜に助けられて、大きな怪我は負わずに済んだ。彼女がまとっていたローブは既にずたずたで、水着だけがかろうじて彼女の肌を覆っている格好だ。
「やりやがるな、ですわ。こいつはパンツ野郎以上の筋金入りの助平野郎だ、なのでございますことよ。」
相変わらずの素っ頓狂でブロンドの少女は注意を促す。
「怪我はありませんか?」
彼女を気遣って、傍にやってきたネクロマンサーに、
「うかうかしていると、怪我より大変なことになるぜ。嫁に行けなくなりそうだ。」
ウィザードはそう言っていつものウィンクらしきものを送った。
シーファたちは、その怪物の巨体に圧倒されながらも、その困った性質の触手と十分に距離を取りながら、攻撃の機会をうかがっている。相手は水生生物だから、閃光と雷の魔法が効果的に違いない。しかし、巧みにうねり、くねくねと予測不能な軌道を描く、リーチの長い触手がやっかいでならなかった。しかも、それには貞操を脅かしかねないおまけまでついている。そうこうにらみ合っているうちに、怪物が詠唱らしきものを始めるではないか!たちまちのうちに、局地的な酸性の雨があたりに降りしきる。『酸の雨:Acid Rain』の術式だ。どうにも溶かすことがお好きな怪物のようだ。7人はめいめいに火炎属性(水と氷に耐性がある)の防御障壁を展開してその雨を凌いでいった。幸い、触手の物理的な脅威に比べれば、放ってくる魔法の威力と効果は大したことはないようだ。武具として使用できる術式媒体が手元にあれば、あの煩わしい触手を取り去ってしまうこともできそうであったが、そこにいるほぼ全員が、水着と日よけローブだけの丸腰だったのが痛い。
唯一、黒髪の少女だけは、ロードクロサイトの杖をパレオ覆う布の中に隠し持っていたようで、召喚術式を用いて、死霊を呼び出していった!十分に力の強い死霊が召喚されたが、時刻と天気が不味い!5体ほどの死霊が怪物にとりつき、数多ある触手のいくらかを無効化してはくれたが、ビーチを照り付ける夏の厳しい日差しが、死霊をどんどんと灰化させてやまないのだ。結局、十分な効果が得られないままに、死霊たちは胡散霧消してしまった。
*召喚した死霊は強力でこそあるが、夏の強烈な日差しの中で瞬く間に煙となって消えてしまった。
シーファたちも奮戦している。カレンが、怪物の弱点である『招雷:Lightning Volts』の術式を放った!高く掲げたその手の上空に俄かに暗雲が立ち込め、あたりを薄暗く変えたかと思うと、その次の瞬間、目を開けていられないほどの幾筋もの閃光を伴って、稲妻が怪物に襲い掛かる!その稲妻の群れは的確にその巨体を射抜き、やはり、数多ある触手の幾本かを引きちぎった!しかし、困るのはその数の多さであり、怪物はなおも残った触手を複雑に動かして、予測不能な軌道を巡らせ、少女たちの身体を捕えようと襲い掛かってくるではないか!
そのうちの1本がリアンの身体を捕えた!その小さな体は瞬く間に空中に持ち上げられ、身に着けた水着が煙を上げ始めた。リアンを助けよう身構えるシーファの背後から、その厄介のものが襲い掛かってくる。そして、彼女もまたたちまちの内に宙づりにされた。溶け始める水着とローブ。あたりはもはや大混乱である。
泣き出しそうな表情のリアンに、
「大丈夫よ。そんなにすぐに何とかなるわけじゃないから。とにかく次の手を考えましょう!」
とは言ってみるものの、その身体を覆う布の面積はどんどんと小さくなるばかりで、こちらが泣き出したい事態にさえ陥りつつあった。
なおも怪物は触手を繰り出し、とうとう、カレン、黒髪の少女、ブロンドの少女までをその餌食とする。なくなっていきそうな水着をつなぎとめるためにみんな必死で、反撃の機会を十分にうかがうことができない。オレンジの瞳の少女と、銀髪の少女は健在だが、複数の人質を取られる格好になって、有効と思われる強力な術式を思うままに繰り出せないでいた。
「あの光の剣はないの?」
そう訊ねる銀髪少女に、
「あるわよ。更衣室においたカバンの中にね。」
皮肉をきかせるオレンジの瞳。
「あなたこそ、あの『ファイン・アーティファクト』の氷の剣はどうしたのよ?」
「ご同様よ!」
「やれやれ、私たち揃って役立たずね。」
顔を見合わせるふたりの間で、やるせない会話が展開されていく。そうこうしているうちにもいよいよリアンは丸裸にされてしまいそうだ。キャシーが十分に距離をとったところで盛大に高笑いしている。
「まいったわね。」
そういって、二人が顔を見合わせた時だった!
* * *
どこからか、相当に高位の閃光と雷の領域に属するのであろう術式が行使され、上空から、レーザー光線のように鋭い幾筋もの光が、その一つ一つが刃であるかのようにして、怪物の上に降り注いだ!
それらの先鋭な明滅は、瞬く間に怪物に残るほとんどの触手を切断して、囚われた少女たちを地上に解放してくれた。とはいえ、差し迫った諸事情を抱える少女たちはすぐに動ける状態にはない。
ただ、オレンジの瞳の少女と銀髪の少女にとって、人質解放は大きかった!ブロンドの少女は急いで、シーファとリアンのところに向かい、自分の身に着けていたズタボロのローブをひとまず目隠しにかけてやっる。同じことが、黒髪の少女とカレンの間でも行われていた。
何にせよ、人質がいなければ、こちらのものだ!遠慮なく大出力の術式を繰り出すことができる!オレンジの瞳の少女は、『光の剣:Photon Blade』の術式を繰り出して、その膨大な光の束で形作られた剣を真水平に薙ぎ払って、怪物の上半身と下半身を切断してみせた!怪物の上半分がずるりと砂浜の上に落ちてきて、その醜悪な頭部と巨大な傘を二人の目前に晒した。それは禍々しい魔法光を称える黄色い瞳を見開いて、なお眼前に立ちはだかるふたりの魔法使いを威嚇する。砂浜全体を激しくゆするような、地響きにも似た唸り声をあげるが、銀髪の少女はお構いなしに、その頭部に向かって、殲滅性の高い『恐るべき氷の杭:Deadly Ice Sting!』を至近距離から放て、そのおぞましい頭部を貫き粉砕した!やがて、その怪物の全身を覆っていた魔法光がゆっくりと潜めて、その潰れた頭部に、透明の傘がだらしなくのしかかる。それきり、それはぴくりともしなくなった。
怪物にとどめを刺したふたりは、急いでキャシーの姿を目で追ったが、彼女たちの視界に入ったのは、『転移:Magic Transport』の術式でそそくさと逃げ去るキャシーが、断末魔のように残した魔法光だけであった。
怪物の触手に捕らえられた者たちは、身に着けた水着をすっかり駄目にしてしまっていたので、身を寄せ合ってその姿を隠すように更衣室まで移動し、着替えを済ませることにした。
オレンジの瞳の少女と銀髪の少女は、そういえば、先ほど人質を解放してくれたのは誰だったのかとあたりをうかがう。すると、更衣室から少し離れたところに、彼女たちと同じ年恰好の、美しいプラチナブロンドにサファイアの瞳をたたえる少女と、ブロンドの髪にエメラルドの瞳が輝く少女がよりそって立っているではないか!彼女たちはこちらを見て、笑みを浮かべている。
二人はは、その人影のもとにかけて行った。
「先ほど人質を解放してくれたのはあなたたちですね…。」
と、そういいかけたところで、オレンジの瞳の言葉が驚きに変わる!
「もしかして、エバンデスさんとアッキーナなの!?」
思わず上ずる声に、その少女たちは答えた。
「そうよ。やっぱり若作りしてもバレるものね。」
サファイアの瞳の持ち主は、その目を細めて笑った。
「この前『アーカム』で、今日あなたたちがビーチに繰り出すと聞いていましたから、私たちも来ることにしたんです。結果的にはよかったですね。」
そう言って、微笑むアッキーナ。彼女は、少女とも婦人とも少年とも違う、そのちょうど中間の13歳くらいの年恰好に姿を変えていた。彼女とは長い付き合いだったが、そんなアッキーナを見るのは、初めてだった。
「とにかく、みなさんご無事でよかったわ。」
安堵の言葉を口にする幼いマダム・エバンデス。
「それはそうですけれど、エバンデス婦人、その格好は?」
オレンジの瞳が訊いた。
「私もあなたたちに触発されまして、若さを満喫しようと思ったの。若いってやっぱりいいわね。」
そう言って、美しい目を一層細める。
「そうかもしれませんけれど、そのお姿にはびっくりしました。」
「あら、私にもこんな時があったのですよ。」
エバンデス婦人は笑顔を絶やさないでいる。
「一件落着した様ですから、私たちは『アーカム』へ引き上げましょう。」
いつもより、少しばかり大人びたアッキーナが促した。
「そうね。じゃあお先に。」
「はい、また『アーカム』でお会いしましょう。」
オレンジの瞳がそう言うが早いか、二人は『転移:Magic Transport』の光の中に消えて行った。
「みんな、バカンスが好きね?まぁ、そういう季節なんだろうけど。」
銀髪の少女も笑みを浮かべる。
そうこうしているうちに、すっかり普段着に着替えた面々が姿を現した。
* * *
「まったく、ひどい目に合ったぜ、ですわ。」
ブロンドの少女は相変わらずの調子だ。
「本当ね。せっかく新調した水着が台無しだわ。『フィールド・イン』まで繰り出して買ってきた新品だったのに…。」
シーファも憮然としている。
リアンとカレンは、とりあえず衣類を身に着けられ安堵をこそしていたものの、ウィザードからもらったローブをすっかり駄目にしてしまったことを気に病んでいるようだった。
「せっかく先生がくださったローブを、駄目にしてしまいましたね。」
カレンが言う。
「でもそのおかけで、素っ裸にはされずに済んだのです。」
リアンはやれやれといった調子だ。
「帰ったら、お小言かしらね?」
そう言うシーファに、
「あたしは、そんなに短気じゃねぇ、ですわよ。」
ブロンドの子がそう言った。シーファは、なぜあなたが出てくるの、といった不思議な表情を浮かべている。
「あなたの気が長くてもダメなのよ。さっきも言った通り先生は厳しい方だから、きっとまた罰をお与えになるわ。」
先が思いやられるといった調子で言うシーファ。
「心配いらねぇ、んじゃないかしら?よくわかんねぇ、ですけれど。」
「あなたって、本当に面白い人ね。」
そう言って、ふたりは笑顔を交わしあった。思いがけない珍客の乱入で、散々なことになった海水浴ではあったが、一般観光客への被害もなく、とりあえず一件落着である。
7人は再度海の家に戻り、めいめい冷たい飲み物を再注文して、一大事の末に乾いたのどを存分に潤した。ビーチにとってみれば、突然に襲ってきたよくわからない脅威から勇敢に守ってくれた少女たちへのせめてもの感謝であるとして、その飲み物は店からのおごりということで振舞ってくれた。ひんやりと冷たい液体がのどを越すその瞬間がなんともいえず心地よい。太陽により熱せられた身体から、こもった熱気が一瞬解き放たれるような、そんなひと時である。
夏の太陽が、少しずつ、西に傾き始めた。わずかに、西の空が橙色に色づいていく。
* * *
水着自体は海水浴場で購入することもできるため、再度海辺で遊ぼうかという話にもなったが、すでに陽が落ち始めていたことから、それならいっそ花火でもしようということになり、先ほど着替えなかった組も更衣室に戻って、着替えを済ませてから再び集合した。ゆっくりと冷水シャワーを浴び、潮のべたつきを取ってから着替えた二人は、ずいぶんすっきりとした顔をしている。
そうしている間にも、陽はどんどんと西に傾き、水平線付近が夕日で赤く燃えている。天頂付近には濃紺の帳がおり始め、赤と紺の境目を彩るようにして星々が姿をのぞかせていた。あたりは一気に暗くなり、夏の夕刻特有の空模様が一面に描き出されていた。海が静かによせてかえしている。
ブロンドの少女と銀髪の少女の二人が、海の店まで出向いて花火をしこたま買い込んできた。手持ち花火から、線香花火、打ち上げ花火から黒い墨がにゅるにゅると蛇のように伸びて行く不思議な花火に、火をつけると足元を激しく駆け回った末に、最後にパンと音を立てて果てる変わり種の花火まで、実に様々なものがそこに含まれていた。リアンは手持ち花火をもって、お気に入りの二人の魔法使いを追いかけまわしている。あたりは暗くなる一方で、花火が放つ煙も次第に宵闇に飲み込まれるようになり、多彩に燃え散る火花の色だけが流麗な軌跡を漆黒のカンバスに描き出していた。カレンと黒髪の少女は、半分波にさらわれた砂のお城を囲って、線香花火に見入っている。ちりちりと音を立て、繊細で複雑な形で、ぱっ、ぱっと飛び出る火花が郷愁を誘った。シーファとブロンドの少女は、派手な簡易打ち上げ花火に興じている。威勢のいい音ともに、色彩豊かな火球が夜空を彩った。あたりを閉ざそうとする夕闇に抗うかのように、彼女たちが灯す花火の瞬きと明るい声がその場をずっときらびやかに装飾していた。
*花火に興じる彼女たち。カレンと黒髪の少女は線香花火を楽しんでいた。
波の音だけはいつまでも静かに一定のリズムを刻んでいる。潮風が運んでくる磯の香りが、鼻腔を揺蕩っていた。
すっかり陽も落ちて、時刻はそろそろ夜8時に差し掛かろうとしている。シーファたちには宿のチェックインの時間が迫っていた。
「あなたたちはこれからどうするの?」
オレンジの瞳の少女が3人に訊いた。
「今日は、シーサイドエリアに宿を取ってるんです。」
そう応えるシーファ。
「それって、あの、オーシャンビューで有名なところ?」
銀髪の彼女が興味を示す。
「そうです。ギルドの仕事を終えたばかりで、少し余裕がありましたから、思い切ろうということになりまして。」
カレンが事情を説明した。
「そりゃまた、ずいぶんと豪勢なことだ、ですわね。」
茜色の瞳も彼女たちの背伸びに関心があるようだ。
「一緒に、夜を過ごしたいところですけど…。」
そう言って顔色を曇らせるシーファに、
「気を使わないで。大丈夫よ。夜はあなたたちだけでしっかり楽しむといいわ。」
オレンジの瞳が言った。
「すみません。」
「謝ることなんて全然ないわよ。宿には宿の事情があるし。それに何より今日一日楽しかったもの。」
その言葉に、
「私たちもです。お会いできてよかったです。」
カレンがそう答えた。
「あの、また会えますか?」
心配そうな瞳で、リアンが訊ねる。
「ええ、きっとまた会えるわよ。案外すぐ近くにいたりしてね。」
銀髪の少女が、ブロンドの少女の方に視線を送って意味深に言った。
「そうだ、わね。また近いうちに会うだろうぜ、ですわ。」
ブロンドの少女は結局最後まで挙動不審である。
「私たちは、これで帰るわね。」
「縁があれば、また会いましょ!」
「羽目を外しすぎないようにな、ですわ。」
「楽しい思い出をありがとうございました。」
めいめいにそう言うと、4人は『転移:Magic Transport』の光の中に消えて行った。その場に残されたシーファたちは、なんとも言えない寂しさを覚えながら、消えゆくその魔法光を見送っている。
* * *
「さぁ、私たちも行きましょう。」
その静寂を破ったのはカレンだった。
「すっかりお腹がすきましたですよ。」
彼女のその言葉に、リアンがこくこくと頷いている。
「せっかくの特別ディナーだものね。楽しまなきゃ!」
それから3人は、事前に予約してあったシーサイドの観光宿に向かった。そこは、それ自体がひとつの観光スポットであるらしく、非常に豪勢なたたずまいで、その洗練された様は、リリーの店を思い出させた。フロントでチェックインの手続きをし、部屋へと入っていく。思い切って奮発した上階のオーシャンビューの部屋は、それはそれは見事で、さすがに最上階のコンドミニアムとまではいかなかったが、内装のしつらえといい、そこから一望できる景色と言い、極上の名にふさわしいものであった。部屋に大きな浴場が併設されていたため、3人は一緒に入浴した。その浴場からも、シーバス海岸を一望でき、少女たちの興奮と胸の高鳴りは最高潮に達していた。浴室の大きな窓とガラス張りの天井からは、美しい夏の星座のただ中に座す月を満喫することができた。遠くでは、『タマン市街区』の明かりが、星々よりも遥か下の地上を違う仕方で彩っている。
浴室から出て、着替えを済ませた3人を極上の食事が出迎えてくれた。テーブルは、オーシャンビューの窓に平行に備え付けられており、3人は並んで席に着いた。
*窓から一望できる海。遠くには市街地の明かりも見える。月と星が美しい。
その日はコース料理で、冷製スープとサラダに始まり、新鮮な生の魚介と刺身の盛り合わせ、肉料理、最期はデザートとその素晴らしい内容に3人は大いに舌鼓をうったのである。
*見事なコース料理が3人に振舞われた。
「あのブロンドで茜色の瞳の女の子、先生に似ていませんでしたか?」
炭酸水の入ったグラスを傾けながら言うカレン。
「確かにね。年恰好はともかく外見はよく似てたわ。先生にもあんな頃があったのかしら?それにしても変なしゃべり方だったわよね。」
「ほんとうにそうでした。どうしたのでしょうね?」
カレンがくすくすと笑っている。
「案外先生だったのかもしれませんですよ。」
リアンが面白いことを言い出した。
「いくら似ててもそんなわけないじゃない、リアン。」
「わからいのですよ。世の中には不思議なことがあるものなのです。」
妙に熱のこもった声でリアンは言う。カレンは、新鮮な魚介の刺身をほおばりながら、二人のそのほほえましいやり取りを見守っていた。
夜がゆっくりと更けていく。毎度のことながら、食事をしながら船を漕ぎ始めるリアンをカレンが床まで連れて行った。彼女はすぐにすーすーと静かな寝息を立て始める。シーファとカレンは、今日一日のこと、報告書の数字の改竄が先生にバレないでよかったこと、もしかしたら、バレていてあえて目をつむってくれたのかもしれないこと、そんなことをとりとめもなく話しながら、瞼の裏に舞う銀の砂にとらわれていった。やがて、彼女たちの精神は、美しい海と空を黒く染めるその宵の中に溶け込んでいく。窓の外でよせてかえす波の音だけが、いつまでも少女たちの耳をくすぐったが、彼女たちを眠りから引き戻すことはできないままでいた。
職務を伴う冒険、その成功と想定外の報酬、偶然がもたらした興味深い出会い、そうしたことの数々が、少しずつ少しずつ、少女たちを大人へといざなっていった。もちろん、その身に帯びた特別な力によって時間を逆繰りにした不届き者も若干いたわけであるが、彼女たちもまた、様々な事情の中で通り過ぎてしまった貴重な時間を、ほんのひと時、取り戻していたにすぎない。
夢のような海岸での一泊旅行を経て、なお少女たちの夏休みは続いていく。この先どのようなことが待ち受けているのか。夢の中を巡る3人にはまだ、知る由もなかった。
規則的に寄せて返す波の音だけが、時間の経過を静かに告げている。




