あなたは最後何を思い、私は何を思うのか
誤字脱字、ご報告ありがとうございます。
「キャサリーヌ、君を国王陛下の毒殺未遂疑いのため拘束する」
わけが分からなかった。
陛下がお倒れになったと聞き、慌てていつものように面会依頼を、と席を立ったすぐのことだった。
執務室に勢いよく近衛騎士がなだれ込んで来て、気付けば床に押さえこまれていて。後ろで組まれた腕が痛い。
「どういうことっ?毒殺って、私、何もっ…」
何か言わなければと思うほど言葉が出てこない。口が渇いてくる。あれほど、王妃教育でいつ何時も冷静に対処をと叩き込まれていたのに、この有様だ。
混乱している頭で状況を整理する。陛下が倒れた原因が毒殺で私がその犯人疑いで今拘束されているという。
「早く奴を地下牢へ」
床の上からその声の主を見上げる。黒髪の端正な顔立ちをした青年が立っていた。王太子殿下で私の婚約者であるエドワード・ラントルが私を蔑むように見下ろしていた。
どうして…そんな目で私を見るの?
「エドワード様、私は何もしておりません。本当です、どうか信じてください!」
そう言うキャサリーヌの声は届かず地下牢へ連行されたのであった。
ーーー
国王陛下毒殺を企てたとされているキャサリーヌ・チェントナーは暗い地下牢の中で鉄格子の外に見える夜空を見上げていた。
キャサリーヌの公爵家は、代々王の側近を務める高位貴族である。歴史があり、古くよりその王の補佐を行い役割を全うしてきた由緒正しい貴族だ。が、それだけではない。チェントナー家は古より薬学に精通しており、身体の弱かったニ代目ラントル王が、日常より毒の耐性をつけることができずに毒殺されたことをきっかけに、三代目ラントル王が都で定評があったチェントナーを側近として召されたのである。それからは、代々、薬師として内密に王の体調管理を行なってきたのである。
しかし、この薬師に関しては、王のみしか知らないことだ。王太子にでさえ、即位後に知らされるのだ。そのため、国王陛下が亡くなれば、どんなにお父様が冤罪だと信じて対応してくれたとしても、間違いなく私は死刑、そして公爵家は取り潰し、最悪、連座で処刑となるでしょう。
そう冷静に状況分析を行なっているが、自分が処刑されるかもしれないと考えると、内臓が絞られるように吐気を催す。それに、婚約者のエドワードが私を蔑むような目で見下ろしていたことを思い出し、胸が締め付けられるようだった。
ーーー
「…ぃ、おい!チェントナー嬢、起きろ。王太子殿下が来られる」
気が張り詰めすぎて疲労が溜まっていた私は、いつの間にか眠りに落ちていた。
「こんな状況で眠れるとは…たいした者だ」
「殿下…どうしてこんなことに…」
「どうしてとは、この状況を理解してないのか?」
「殿下、私は誓って陛下に毒など盛っていません。これは冤罪です」
「調べはついてるのだ。大人しく罪を認めたらどうだ」
「誰かが私を陥れたのです。こんなこと、許されるはずありません。王太子殿下…エドワード様、どうか、どうかもう一度調査の方をして下さいませ。それか、せめて、お父様に会わせて下さい」
舐めたことを、とエドワードは鼻で笑う。
「先ほど、もう調べがついていると言わなかったか?君の王宮での怪しい行動、私が見抜けぬとでも思ったのか。妃教育の合間に、体調を崩す陛下へ見舞いと称して面会を頻繁にしており、陛下に投薬をしてきたことが判明している。長期的に毒で弱らせ毒殺しようと企んでたのであろう?初めは、父上と其方が不貞でも働いているのかと疑ったのだがな」
そう言ってエドワードは笑う。
私は「それは…」と口籠る。薬師のことは言えない。本来、お父様が薬を届けても良かったのだが、なぜか、私がその場でお茶と共に調合し飲む方が効果があった。側近はお父様しかおらず、使用人も他の側近もいなかった。薬もその日に口にする分しか持参しておらず、厳重な注意を払って行なっていたのだ。それを、なぜ?
「なぜ、父上に薬を飲ませていることがバレてるのか疑問に思ってるのであろう?」
私は考え込んでいた顔を上げエドワードを見つめる。エドワードが鉄格子に近づき、ひどく低い声で話した。
「…其方らが薬師であるからだ」
私は衝撃で目を見開く。「なぜそれを…」と声に出すが掠れて音にならない。
「キャサリーヌ、私はな、君が目障りだったのだ。ずば抜けて成績が良いわけでもなく、器量もまずまず、社交性においては積極性にかけ、大人しく周りに同調するばかり。そんな其方がなぜ、私の婚約者であり、私より陛下へ頻繁に謁見できているのか…チェントナー公爵においても王は絶対の信頼をしていた。私は思い悩んだよ、本当は其方が私より優秀であるのではないかと…だから私は調べたのだ。チェントナー公爵家に関して王しか知らない秘密があるのではないかとね。幸い私は優秀だからね、国内の蔵書を読み漁り、他の貴族家の歴史を調べ、ラントン国の成り立ちから平民の生活まで隅々に調べた。そして導いた答えが、薬師として非常に優れた先祖がチェントナー公爵であったことをね」
エドワードの瞳から目が離せない。
「なぜ、平民出のただのチェントナーが薬師として王の側近を任されたのか、その後も特に秀でた実績もない家が公爵家という地位を続けられたのか…それは、王の体調管理といいながら薬で傀儡にしてきたのであろう。長いこと王家を侮ってくれたな」
エドワードはキャサリーヌを睨んだ。決して、決してそんなことはない。
「違います。チェントナー家は決して王家を乗っ取ろうとしてもないですし、侮ってもおりません。チェントナー家に行けば、これまでの王の投薬記録もあります。必要があれば提出も可能です」
「そんな記録など偽装や暗号化していればなんとでもなる」
「でもっ、私が毒を盛っていた決定的な証拠はありません」
「証拠ならあるわよ」
コツコツと後ろからエミリアが現れる。
「エミリア、ここには来なくていいといったではないか…君には相応しくない」といいながら、エミリアの腰に手を回した。
私は愕然とする。親友だと思っていたエミリアが殿下に寄り添い、そして殿下もエミリアを己に引き寄せて甘い視線を向ける。
「エミリア…あなた、どうして?証拠ってなんのこと?」
「あなたが陛下の部屋から帰ってきた後に落としたメモよ」
と小さな紙を取り出し私に見せる。
私は目を凝らして見た。それは、私が陛下の体調に応じて調合し残していた簡単なメモだ。それをどうして…置いていくようなへまはしないはずだ。調合するための鞄はいつも身に離さず持っていたから…
ふと先日のことを思い出す。陛下への投薬が終わった後にエミリアと軽くお茶をした際、侍女に呼ばれほんの少しだけ席をはずしたのだ。その際、彼女が鞄を見た可能性がある。あのお茶会自体、仕組まれていたと考えても良いだろう。
「あなたがこんなことするとは思っていなかったわ…」
「違う、決して、毒なんか盛っていません。それはただの投薬記録です。せめて、陛下の治療をさせて下さい」
「ふざけたことを言うな。それにもう陛下はお亡くなりになった」
そんな、という私の言葉は口の中で消える。
「そう、チェントナー家は陛下への傀儡の罪と毒殺の罪で取り潰しと一族の連座処刑が決まっている」
そんな…と、突然、うっ、と嘔吐感を感じ、しゃがみ込む。呼吸がしづらい、苦しい。
「キャサリーヌ、私、あなたのこと本当に親友だと思ってましたのよ…こんなことになるなんて」
と言い私の側に来て鉄格子ごしに私の手を取る。
「…私が仕組んだのよ。幸い、殿下も乗ってくれたわ。あなた、邪魔だったの」と早口で話した。私はもう何も言えない。
「せめて、あなたに神のお許しがあればと祈りますわ…」
そんなことを言い立ち上がるエミリアはまるで側から見ると聖女のようだ。
「君に神の慈悲などあるわけない。エミリアは本当に気高く聡明だな」
エドワードはエミリアの腰を抱き寄せて歩き出す。踵を返す直前にエミリアは、ふふっと笑い「ご愁傷様」と呟いた。
「殿下っ!待って、お願い話を、はなし、をっ…ごほっ」
息が上手く吸えない。苦しい、涙がとめどなく溢れる。
ちがう、ちがうの、誰か助けて、苦しい…
誰もいない。キャサリーヌは冷たい床に倒れ込み、このまま家族にも会えずに皆処刑されるのか、と絶望し意識を手放した。
ーーー
私は夢を見た。小さい頃によくお父様に着いてきて、殿下と遊んでいる夢。
あの頃は殿下も優しく、いつも私の手を引いて庭で遊び回っていた。私が泣いていると、いつも殿下は私の額に口付け、おまじないを唱えてくれた。それで私の涙は引っ込むのだ。
私は顔をあげ殿下を見ようとしたが、やめた。これは夢…こんな幸せな夢いらない。もう誰も信じられないーー。
「ただいまより、キャサリーヌ・チェントナーを国王陛下毒殺の罪で処刑する」
王太子殿下が声高々に叫ぶ。
殿下の方を見ると、その近くにお父様を含めた親族数名が拘束されている。
「お父様……ごめんなさい」
私の唇を読んだのか、チェントナー公爵は悲痛な顔で僅かに首を横に振り肩を震わせて項垂れた。私の無実を信じてくれてる、そう感じ、それだけで少し救われた。
私は騎士に連れられ、処刑台へ歩かされる。
私が何をしたの?なぜ、二人に裏切られなければならなかったのか。なぜ、殿下は私を疎んでいたのだろうか。今ではその答えを聞くこともできない。私はどこで間違っていたのだろうか…。もっと二人と話していれば、得意な薬師の仕事だけ専念せず、他にも目を向けられていたら、こんなことにはならなかったの?
私は断頭台へあがる。
一歩ずつ足を踏み出すごとに、その震えが大きくなる。断頭台を目の前にすると、足がすくむ。そんな私を見ていないかのように騎士に身体を押される。
私はこのまま死ぬんだ、どうすることもない事実。断頭台の刃を見て思う、痛いのかな…やだな苦しいの。涙は出ない、喉がヒリヒリするほど痛い。声を出すのも忘れてしまったみたいね。
首と身体を断頭台に固定された。
ふと前を見るとエドワードとエミリアが目に入る。
エドワード、あなたは私を見てそこで何を思ってるの?少しは婚約者だった私が死ぬことに胸を痛めたりしてくれるのかしら?私はこんなに苦しいのに、そこで二人は何を思っているの?
せめて、せめて死ぬ時は幸せな記憶を見たい。ふと、昨日の夢の続きを思い出した。額に口付けられた後、私は顔をあげて栗毛のふさふさした男の子に笑いかけた。私はこの少年がとても大好きだったのだ。
『もうこれで大丈夫。いつでも、僕が君を助けるから』
私は記憶をたどり最後におまじないの言葉を口にした。
「親愛なる我が友よ、救いの手を願わん」
同時に王太子殿下が手をあげる、断頭台の刃がシュッと落ちる音がした。
そして時が止まったーー
「あら、これはどういうこと?魔女の処刑なら火炙りでしょうに。ギロチンなんて面白くないわ」
「僕のお姫様を泣かしたのはどこのどいつかな?」
この場にそぐわない発言が聞こえ、私は目を開けた。私は死んだの?
どういうこと?皆んな動かない。ふと視界に、腰まである赤毛の女性とふさふさした栗毛の背の高い青年が立っていた。なんだか、ひどく懐かしくなった。
そしてその青年の名を記憶の中から思い出した。
「アレクにいさま、、」
「覚えててくれて嬉しいよ、キャサリン」
目尻を下げてにっこり優しく笑う、私はこの顔が小さい時大好きだったのだ。思い出した、あれはエドワード殿下じゃない、この国の第一王子のアレクシス殿下だ。アレクシスの母と私の父が従兄弟であり、私たちは小さい頃よりよく遊び、私はアレク兄様と懐いていた。
「ふんふん、なるほどね。あなたの記憶読ませてもらったわ。でも、なんでこうなる前に助けを呼ばなかったの?あ、そうか知らないんだもの仕方ないわ。それにしても、ギロチンってほんとセンスない。魔女は火炙りって決まっているでしょうに。ギロチンなんかしたら、血と一緒に魔力が吹き出してそこらにいる人間は死んじゃうわね」
赤毛の女性は一人喋り続けている。私が目を丸くして見つめていると、「あら、私ったらごめんなさいね」と手を一振りする。身体がふわっと浮いたと思えば、断頭台の前に立っていた。やっぱり私は死んだらしい。この赤毛の女性は死の番人なのかもしれない。だって、周りを見たら、皆んな同じ態勢のまま動かないんだもの。
「でもなんでこんなことになってるの?あなた、チェントナーの子でしょう?処刑されるなんて、もう私たち一族は必要ないってことかしら?なら、この国滅ぼしてもいいかしらねこのまま」
どうする?ドラゴンでも呼んで火の海にする?幻影でも見せて共倒れしてもらう?なんて物騒なことを言っているこの女性は誰?
とアレクシスを見つめれば、
「母上、キャサリンがびっくりしてます。まずは説明を」
ーーー
一人の王が長く国を治めるために、三代目ランタン王は薬の調合が得意なチェントナーの力を欲しがり、チェントナーは、薬学馬鹿でその研究に専念したがったことから二人の利害は一致した。魔女だと知られると、その力を欲しがる貴族により国が乱れることを恐れ、王はチェントナーが魔女であることを隠した。魔女は人間の争いごとに巻き込まれるのを嫌っていたため、こっそり暮らすことを望んだ。そのため、時が経ち次第に魔女の存在は幻となって、今では魔法など信じる者はほとんどいなくなった。
「そんなの、知らなかった。私が魔女の子孫…?」
「魔女については徹底的に隠されていたからね。この事実については王家と同じように、当主が交代する際に伝えるようだ。それに、魔女の家系とはいっても薬師としての知識はあるけど、その力はだんだんと薄れていったみたい。ただ、それでも、稀に薬の調合が得意な女性が現れる…そう、君と僕の母上みたいにね」
私ははっとした。私が陛下の調合をするといつも効果が高かった。それは、私が魔女の力を濃く受け継いでいる証拠なのだ。
「こんなに近い世代で、魔力が強い者が現れるのはここ数十年なかったみたいだよ。…それで母は側妃となって陛下に仕えた。それを寵愛と勘違いした正妃は、母が邪魔だった…正妃より先に側妃が僕を妊娠したからその思いは強かったと思うよ。そして、母は正妃の陰謀により殺され、僕は北塔に幽閉…というのは表向き。陛下は少しでもチェントナーの血を持つ僕らを死なせたくなかった。幽閉は僕らを守るために、陛下がお決めになったんだ。しかし母が亡くなったとされ薬師を失った…けれど、君がいた。君は昔から植物に関心を持ちよくお茶を作っていたね…そこからチェントナー公爵は君が魔力持ちだと知り、表向きはエドワードの婚約者、本当は陛下の薬師として仕えていたんだ。きっとまだ成人してない君には、伝えてなかったんだと思う…それにしても、君がまじないの言葉を唱えてくれて良かったよ、覚えていてくれたんだね」
あれは、魔女が命の危機に遭った時に、仲間を呼ぶための古代の魔法らしい。
「きっと君のチェントナーの血が、無意識に僕たちへ救いを求めたんだね。…キャサリン怖かっただろう?よく頑張ったね」
その言葉に、私は涙腺が崩壊したかのように涙が溢れ出し、アレクシスに飛びついた。
懐かしい…いつも遊んでいたのはエドワード殿下じゃなかった。アレク兄様の記憶、どうして忘れていたのだろう。
「アレクにいさま、怖かった…このまま死ぬんだって思ったら夢を思い出して。栗毛のふさふさ髪の男の子を思い出してっ…アレク兄様ちっとも変わってない」
泣きながら言うとアレクシスは優しく私の頭を撫でて、額に口付けた。そしてもう一度、今度は強く抱きしめてくれる。その顔は、いつもの優しかった顔とは違い、その目は鋭かった。
「キャサリン、エドワードは陛下は毒で死んだと言ったんだね?そして、君は陛下の投薬を日頃からしてたで合ってる?」
「はい」
「母上…」
「ええ、確認する必要があるわね。アレク、ここはお願いするわ」
そう言い、アレクの母、ヴィアン様は瞬く間に姿を消した。そして、私がえっと驚くと同時に急に世界が動き出した。
断頭台の刃が重い音を立て落ちる。
しかし、首が落ちたであろうそこには何もない。勿論、私の身体もない。
断頭台の騎士は驚きに目を瞬き、観衆がざわめく、殿下らが立ち上がり叫んだ。
「どういうことだっ、罪人はっ」
私たち二人に皆の視線が集まる。
「やぁ、エドワード、久しぶりだね。元気だったかい?見ないうちに随分、偉くなったようだね」
「貴様はっ…なぜここにいる?北塔から出られないはずだ。それに…これは一体どういうことだ、どうやってそこから抜け出したのだ」
エドワードはアレクシスに肩を抱かれている私を見て言った。私はその狂気じみた視線に怖気付きアレクシスのマントに隠れるように身を縮めた。
「どうもこうも、僕の可愛いお姫様がひどい仕打ちを受けているじゃないか。だから助けに来たんだ」
「助けるも何も、奴は罪人だ。国王陛下殺人罪で処刑となっている。そいつを庇うなら、貴様も反逆罪で拘束してやるっ、捕えろっ」
騎士が一斉に動き出し、私たちへ剣を抜く。アレクシスが目の前で手を振ると、騎士らは壁にぶつかったように私たちに近づけなかった。
「もうこれ以上、傷つけることは許さない」
アレクシスの栗色の髪が、陽の光を浴びてか赤色に染まっている。夕陽がキラキラと髪の合間から漏れた様子はとても幻想的だ。私は目を奪われた。きっと、ここにいる皆も同じなのかもしれない、誰も動こうとしなかった…否、あまりにも恐ろしく、そして美しかったため、動けなかったのかもしれない。
「できるものなら、私を倒せ」
その凄みある声色に殿下がびくっと後退りした。
「その前に、魔女が大暴れして国ごと滅んじゃうかもしれないけどね」
アレクシスが言うと、どこからともなくヴィアンが現れた。横にいるのは国王陛下だ。観衆がより大きくざわめく。
「エドワード、其方はやりすぎた」
「っ父上!どうしてっ」
エドワードが動揺する。国王陛下は常日頃より、キャサリーヌの薬を服用し毒への耐性がついていたことに加え、キャサリーヌの魔力によって一時的に仮死状態となっていたのだ。人間は本来、怪我や病気の際、自身の治癒力によって身体を守り回復させる力、所謂、自然治癒能力がある。仮死状態になった陛下の身体は、解毒することに専念し、その他機能は休息に入っていたのである。キャサリーヌの魔力あってこその結果だ。ヴィアンがその可能性を考え、陛下に駆けつけ、解毒を早めて今に至ったのである。
「皆のもの聞くがいい。この茶番は、この愚息エドワードが起こしたものだ。わしに毒を盛りチェントナー嬢を陥れたのだ。彼女は冤罪だ。わしが証人である。やつとその手勢を拘束せよ」
王の近衛が動き出す。エミリアが抵抗し、「私に触らないでっ嫌よ、私は何もしてない!」と騎士の腕を払おうとしている。エドワードは剣を抜き私とアレクシスに襲いかかった。同時にエドワードが後方に吹き飛び壁にぶつかり、気を失った。
見ると、アレクシスとヴィアンが同時に攻撃したみたいだ。
「困った王子様ですこと、陛下、この代償はしっかりさせてもらいますよ」
ヴィアンは、鋭く陛下を睨み、陛下は疲れたように頷いた。
ーーー
エドワードは反逆罪で斬首刑が決まった。エミリアも同じく共謀者と見做され同じく処刑だ。
そして、国王とチェントナー家で話し合い、チェントナー家が魔法を扱う家系で、代々、国王の薬師として補佐していたことを国民へ公表した。
「もとはと言えば、先代ラントン王がチェントナーの力を独占したいがために、このような事態になったんだ。僕は特別な力は皆のために使うべきであって、一部で独占していいものではないと思う。国は民がいなければ成り立たない。ならば、この魔力は民のため使い、上に立つ私たちは権力を振りかざすのではなく、正しく使い民を導いていく必要がある。今回のように一部で甘い汁を吸えば、皆が欲しがり争いが起きるからね。そうならないために、私たち上に立つものがしっかりしなければ」
「私も同じ考えです。私のこの力は、国民のために使います。この力だけは自信を持って皆のためになると言えますから」
「あの泣き虫の女の子が強くなったね」
キャサリン、と名を呼ばれ彼を見れば、とても真剣な表情で見つめられていた。心臓がうるさいくらいドキドキする。
「僕は次代のこの国の王になる。その横で僕を支えてほしい、君に。僕の妃となってこの国を守ってくれ」
凄く嬉しかった。けれど自分に自信がない…薬師しか得意なことがないのだ。
「でも私はこれといって、魔力以外、秀でたとこはありません…美人でもないですし」
アレクシスは驚き言った。
「キャサリン、君は凄く愛らしいよ。その鼻の上にあるそばかすも赤みをおびたこの髪も、僕は昔から大好きなんだ」
アレクシスが私のそばかすに触れるから恥ずかしくなって顔を背ける。それを許さないように、彼の大きな手で両頬を挟まれた。それに、とアレクシスと視線が合った。
「秀でたものが一つあれば、それで十分だよ。自分の得意なこと、苦手なこと、それを含めて君だ。人間って何か短所ある方が魅力的だろう?だから面白い」
そうかもしれない…でもやっぱり、ちょっぴり自信はない。それでも、
「私にできることがあるならやってみます。まだ自信はないですけど」
そう言うとアレクシスがにっこり笑った。やっぱり、この笑顔が大好きだ。
ーーー
エドワードとエミリアの処刑は公開せず行われた。せめてもの国王陛下の慈悲だ。
「あなたなんか、特に秀でた物もないくせに王妃なんて務まるはずないわ。私はあの世で見ている、あなたが無能な王妃として無様に生きることをね」
エミリアが顔を歪めて言う。アレクシスが私の手を握る。もう傷つかない、私には私を認めてくれている人が隣にいる。
エミリアが処刑された。最後まで私を睨み、恨み言を言う彼女の人生とは何だったのか。
エドワードは何も話さず何の感情も読めない表情で断頭台へ進んだ。エドワードと視線が合った。その瞳には何が映ってる?何を言おうとしてるの?今ではもう、聞くことはできない。
私は二人の処刑を見て思う。
二人は私を恨み妬んだ。その先にあったのは、死という破滅でしかなかった。
もし、日頃からエドワードやエミリアと話し合っていれば、もし、チェントナーの力を隠さずにいたら、違う未来があったのかもしれない。でも、もし、など考えても意味がない。この教訓を今生きる人のために、活かさなければならない。
アレクシスが私の手を強く握る。私も強く握り返した。
ーーー
私は、どこで間違えたのか。後悔した時はすべてもう終わって断頭台にいる。この刃が落ちれば、もう私の声は届かない。人を妬み陥れた私の人生の結末はとても愚かだ。君にもうこの後悔の気持ちは届かない。哀れな男だ。せめて、最後だけは私の威厳を保ち死ぬことを許してくれーー。
その後、アレクシス王とキャサリーヌ王妃は民の声をよく聞いて民を一番に考え統治した偉大な両陛下だったと語り継がれるのであった。
完。
ベタなヒロインを助けるヒーロー&処刑、巻き戻りぎゃふん以外の展開が書きたくて書いたら暗くなりました。処刑って考えられないですよね。私だったら失神してると思います。
ない物ねだりをし人を妬むのではなく、短所含めた自分を認められたら、楽に生きられるのに難しいな…と思う今日この頃でした。