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「まだ指先がビリビリしてるぜ」
デニが不満そうに言った。
「あれはポルさまの魔法テントだろう?あの中で少し休まないか?ズルに治癒魔法をちゃちゃっとかけてもらいたいし、翠の目的ってのも聞いてなかったしな。根子の……願掛けってのも確認しておいたほうがよさそうだ」
「ポルさまのテントならいろんなお茶が淹れられるかもね!」
リンが嬉しそうな声を出した。
「いいね。お茶飲んで人心地つきたい」
紬もわざと疲れたような顔をして言った。
全員でぞろぞろと魔法テントに向かって歩き出した。翠はズルに近づき話しかけた。
「ねえ、ズル」
「はい?」
「あのゲートって宇宙の違う星に移動するって言ってたよね?」
「はい」
「違う星じゃなくて同じ星なんだけど、違う時代にタイムスリップしているってことはないかな?」
「ああ、それはないです」
「……根子って人の言葉、ところどころ私の国の言葉に似ているし、あの護符に書いてあった文字も私の国の文字に似ていると思って」
「そう感じてしまっても無理はありません。宇宙には無数の星があって、それぞれ文明の進み具合はまちまちですから。言葉や文字が似ているというのはルーツが同じというケースもありますよ。ゲートを通じて伝承された場合も多いです」
「そうなの……」
ズルには否定されてしまったが翠は釈然としない気持ちだった。
翠は皆についてテントの入口まで来た。小さなテントだ。六人が入れるようにはとても見えなかった。しかしデニを先頭に魔法使いたちがどんどんそのテントの中に入って行く。翠は根子に続いて最後にテントの中に入った。足元にはキジトラ猫のニンゲンも一緒だ。
テントの中は広かった。外から見たら二人で寝るのがやっとかなという見た目だったのに、中は十人くらいがゆっくりくつろげるようなリビングになっていた。奥のほうには簡易的ではあるがキッチンまで付いている。
「こんなに広いなんて」
思わず翠は声に出して言ってしまった。
「あの青髪の童は、このまやかしの幕を張ってから消え去ってしまったのぉ」
根子が間延びした口調はそのままだったが不満そうに言った。
「もう五日くらいになるわぁ。でも食べ物はこの幕の中にたくさんあったから困りはしなかったけどぉ」
ズルとデニはテントの中に置かれたソファや安楽椅子に座って落ち着いた様子を見せた。根子はそのような椅子を使う習慣がないのか、地べたに座ったが、絨毯がしきつめられていて不快ではなさそうだ。
リンと紬は一緒になって、奥のキッチンのほうへ行った。お茶を淹れようというのだろう。あの二人はいつでもくっついて行動するようだ。翠も魔法使いたちのキッチンはどんなだろうと興味があって、そちらについて行った。
翠がキッチンに行くとリンが笑いかけてきた。この朗らかな少女は、相手を嬉しい気持ちにする雰囲気を持っているなと翠は思った。
リンは魔法の杖を少し振ってコンロに火を起こした。
翠はそれを見て便利なものだなと感心した。
シンクに付いた蛇口から水を出してヤカンに水を入れる。
「テントに水道の蛇口が付いているなんて、不思議」
翠は言った。
「水道?」
リンは不思議そうな顔をした。
「そうか。翠は科学文明の子だもんね」
リンはそう言って説明してくれた。
「魔法の水甕に水を貯めておいて、そこからホースでこの蛇口に繋いであるの」
なんの変哲もない蛇口に見えるが、どこかに水甕があって繋がっているらしい。
「これは普通の蛇口」
リンは言った。
「高低差を利用できない場合は魔法の蛇口を使うこともあるわ」
リンは水を入れたヤカンをコンロに置いてまた杖を振った。火力が上がり、熱せられたヤカンは取っ手のところまでオレンジ色になった。二秒ほどで沸騰した湯が湧いた。すごく早いと翠は思った。
リンは素手でヤカンの取っ手に手を伸ばした。
「ちょっと!」
翠が思わず声を上げたが、リンはヤカンの取っ手を掴んで持ち上げた。
「あ、熱くないの?」
「魔法のヤカンだよ。大丈夫」
リンは紬が用意した急須にお湯を注いだ。
「翠」
紬が声をかける。
「じゃあ翠も手伝ってくれる?」
「うん!」
翠は何か手伝えることに喜んだ。
「あそこの食器棚から人数分のカップとソーサーを出してきてちょうだいな」
「了解」
食器棚には小さめのティーカップが置いてあった。翠はトレーで二回に分けて、カップとソーサーをリンが急須でお茶を蒸らしている台の上に運んだ。
リンがお茶を三杯入れてくれるのを待ってからリビングへ運ぶ。
ソファーに座るデニと、安楽椅子に座るズルにはテーブルの上にお茶を置いてあげた。
「ありがとう。ふ~。んぐ……おいしい~」
ズルはお茶を美味しそうに飲んだ。デニも「サンキュ」と礼を言ってごくりと飲んでくれた。
床に座っている根子にはどうしたものかと翠は考えたが、ソーサーとセットで根子の前の床に置いてあげた。
根子は取っ手の付いたティーカップを不思議そうに眺めていたが、近くいるデニの持ち方を見て、見様見真似で取っ手に指を入れて持ち上げた。お茶を一口飲む。
「おいしいわぁ~これは」
気に入った様子だ。
リンと紬も自分たちのお茶を持ってきた。リンは大きめのソファの真ん中に翠を座らせ、リンと紬は翠の両隣に座ってきゃあきゃあ言いながらお茶を飲みはじめた。
ポルさまの用意したお茶っ葉のことや、どうせならケーキも用意してくたら良かったのに、といった他愛のない二人の話しを聞いているだけで翠は楽しく思えた。