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しばらくすると女性は魔法テントの入口から出てきた。
女性は着替えると言っていたが、巫女の装束を着て現れた。上は白い小袖、下はピンク色の袴を履いていた。沓は黒く、先が尖ったような形をしていた。
巫女らしく黒髪を長く伸ばしており、後ろ髪を一つにまとめて丈長と呼ばれる飾りをつけていた。その飾りは袴(と合わせてピンク色だった。
女性は顔に微笑を浮かべながら真っ直ぐデニのほうへ歩いてきた。若い女性だ。歳はおそらくデニや翠《すい》とそう違わないだろう。
「そなた、悪魔術の使い手と申しましたねぇ~」
間延びした口調で、そう言って、右手に持っていた懐から紙のようなものを取り出した。
「え~い」
何だろうと様子を見ていたデニの額を女性が手を伸ばして、いきなり叩いた。
翠はびっくりしてその様子を見た。
デニの額には紙が張られていた。
護符のようなものだろうか。象形の文字が幾つか墨で書かれている。下部には何かの模様のような絵柄も書かれていた。
女性は口に手を当てて何ごとか小声で呟いた。
「あなたたちは……」
女性は並んで立っていたリンと紬《つむぎ》のほうを見て言った。
「彷徨う霊であるか!?」
この言葉は間延びせずに強調されて発せられた。と同時に女性は護符を二枚空中に投げた。
護符は二枚とも流れるように飛んでリンと紬の額に張り付いた。
「ひゃああ」とリンは驚き、
「わああ」と紬も驚いて言った。
女性はまた口に手を当てて小声で呟いた。
時間が止まったように見えた。
デニもリンも紬も動けなくなっていた。
「おい……何しやがるんだ…ズル…これは…?動けないぞ」
どうやら喋ることはできるらしく、デニが苦しそうな声で言った。
「デニどうしたんだい!?一体……?リンさんも紬さんも!?」
ズルも理由がわからずあたふたしている。
「動かないでぇ~」
巫女の女性は腰を落として護符を今にも投げれるという体勢で言った。
「あなた達はなにものなの~?私をここに置き去りにしたあの鬼のような陰陽師の仲間~?」
巫女は困っている表情をはじめてみせつつ聞いてきた。
「ち、ちがいます!」
ズルが必死に説明する。
「僕たちはさっきデニが言ったように魔法評議会が派遣した冒険者チームですよ。その陰陽師?というのとも関係ないですし、悪魔の手先でもありません!」
「ぼうけん…しゃちーむ?何それわからない……」
巫女は護符を今にも投げようとしている。
「待って!」
翠は大声で言った。
「私は宙皇の皇女、愛宮翠子といいます。この人たちは私の護衛をしてくれる魔法使いの方々です。鬼でも悪魔でもありません!」
翠がそう言うと巫女は緊張を解いたように見えた。
「皇女……翠子……」
そう言いながら巫女の女性は翠に近づいた。
女性の顔は凜としていて美しかった。翠には猛禽類の鋭い顔を連想させるように思えた。不用意に近づけば、鋭い嘴や爪で切り裂かれそうになる危険があるような。それでいて間延びした柔和な喋り方をするので、容姿とのギャップが特に不思議な印象を与えた。
「その勾玉」
巫女の女性は翠が首から提げている勾玉を指さして言った。
「私のものと似ていますねぇ~」
翠が見ると女性も同じように首から提げた紐に勾玉を付けていた。翠はお祖父さまからもらった勾玉を一つだけ紐に通していたが、女性の紐にはたくさんの輪っかが縫い付けられているようで、小さめの勾玉もたくさん紐に付けられていた。しかし一つだけ大きな勾玉が付いていて、確かにそれは大きさも色も翠のものと似ていた。
「ほんとだ……」
翠は呟いた。
「ちょっといいですか?調べてみるだけです」
ズルはそう言って恐る恐る女性の勾玉へ杖を向けた。
女性は今にも持っていた護符でズルを叩きつけそうに、ズルを睨んだが、ズルの動きを妨げることはなかった。
「これは……翠さんが持っている勾玉と同じように、ゲートに作用する複雑な魔法術が組み込まれているように見えます」
ズルはそう言って女性の顔を真正面から見た。
「ということは、あなたも翠さんと同じように魔法契約を発動させてこの星にやって来た方ですね」
「魔法契約の発動ぉ~?私は願掛けを行っただけなのよぉ」
「それです!その勾玉を使って。そうでしょう?」
ズルが言った。そうであってくれと思いながら。
「そうしたら魔法使いが現れた。あなたがさきほど言った鬼のような陰陽師?と言いましたが」
「変な子だったからぁ。今考えたら餓鬼だったのかもと思ってぇ」
「変な子……」
ズルはピンと来たが先にデニが言った。
「どんな魔法使いだった!?」
動けずにいるままにデニが問う。
「青い髪をした子供で喋り方は年寄りみたいで変だったのぉ」
あなたも十分に変な喋り方だけどねと翠は思ったが。
「あのちびババァめ!」
デニが叫んだ。
「ああ、それはポルさまです……」
ズルが得心がいったという様子で言った。
「僕たちもその方に指示されて翠さんの護衛役を引き受けたのです。ポルさまがあなたに無礼をしたのでしたら代わりに謝罪します。ごめんなさい」
ズルにそう言われた女性は、もう怒った様子はなかった。喋り方が特殊だったので最初から怒っていたのかどうかもよくわからない感じだったが。
「私をこの地に置き去りにして消えてしまったから心細くてどうしていいのか分からなかったのぉ」
女性は言った。
「誤解が解けたのならこの縛りを外してくれねえか」
デニが懇願した。
女性は頷いて、また口に手を当ててなにごとか呟いた。
デニ、リン、紬の三人は動けるようになったようで、デニはバタバタと足踏みをし、リンと紬はしゃがみこんだ。
「魔法の星に来たはずだから魔法に対抗する動的魔法フィールドを張ってたのに効かなかったね」
紬はリンの顔を見ながら言った。
「うん……。あの人の術は変わっているね」
リンもやっと動けてほっとしている様子。
「これは象形文字を使う人々の間で使われる魔法の一種ですね。陰陽道方技と言うんです。防御魔法にも少しアレンジが必要なんです。僕は少し勉強したことがあるので、みんなにかけておきます」
ズルはそう言って杖を仲間の体に振って魔法をかけていった。
「念入りに頼むぜ」
デニがもう二度と縛られるのは嫌だと頼んだ。
「ポルさまって?」
紬がリンに聞いた。
「紬は会ったことがなかったね。ポルさまは魔法評議員の一人ですごく長く生きていらっしゃるのに子どものようなお姿をしているの。あの女の人はポルさまにここに連れてこられたみたいだね」
「ポルさまって評議員の一人ってことはすごく強い魔法使いなの?」
「戦闘魔法は得意じゃないと思うけど。でもすごくいろいろなことを知っている方だよ」
紬は評議員のような偉い人に興味はなかったが、そんな物知りで変な感じの人なら会ってみたいなと思った。
リンと紬は、しばりの術から完全に抜けて立ち上がった。
ズルが巫女の姿をした女性に向かって言った。
「僕たちは翠さんを護衛するために来た魔法使い冒険者チームです」
そう言ってデニを指差す。
「リーダーのデニ・モーラ。それからリンさん、紬さん。僕はズルと言います」
「いきなり縛りの術をかけてしまってごめんなさいねぇ」
巫女の女性は微笑を見せて言った。それほど悪いとは思っていなさそうだ。
「私は根子。藤原の宮から来ましたぁ」
根子の紹介を聞いて翠は疑念の思いを強くした。
根子が発する原音には私の国の言葉に通ずる響きがある。それに、藤原の宮から来た……。
護衛の魔法使いたちの中ではズルがもの知りのようだ。彼に確認してみようと翠は思った。
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