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地下の宝物殿の先、朽ちた祭壇がある場所への戻り。翠《すい》とニンゲンは、紬から姿隠しの魔法をかけてもらった。足音を立てないようにゆっくりと歩いたこともあり、警備の者には気づかれずに祭壇へと戻ることができた。
戻ってきた翠の姿を見てデニが言った。
「お前ら太もも軍団でも結成しようってことか?」
翠は生まれてはじめてこんな短いスカートを履いたのだが、ここで変に恥ずかしがっては余計弱みを見せてしまうと思い、強がってなんでもない素振りをした。内心はもの凄く恥ずかしかったのだが。
「翠!似合ってるよ。すごく可愛い~」
リンが翠を見て言った。
「あ、ありがとう」
「あれ、それに二人ともお化粧したのね!?すっごくきれい!いいないいな」
リンは紬に抱きつかんばかりに近寄って二人で顔を寄せ合って喜んだ。
「翠がお化粧道具を持ってきてくれたからあとでリンもしてもらえばいいよ」
紬が提案した。リンは素直に喜んで翠にお願いしたいと言ってきた。
翠はこの金髪の美少女にはお化粧なんて必要ないと内心思わざるを得なかった。素顔でも眩しいくらいに可愛らしいんだから。
「よし。じゃあ行くぞ」
デニがリーダーよろしく宣言した。
「翠さんもこの鏡の近くに来てください」
ズルが促す。
五人は祭壇の前に集まった。キジトラ猫のニンゲンも翠の足下に来てちょこんと座った。
「翠さん、例の勾玉は持ってきましたね?」
翠は紐を通して首から提げた勾玉を片手で首元から取り出して見せた。
「オーケーです。では行きます」
ズルが杖を祭壇の上の鏡に向かってかざした。
しかし、ズルはがくんと膝から崩れ落ちた。
「うわ!ぼ、防壁にやられちゃいました……」
「だ、大丈夫?ズル」
リンと紬が手を伸ばしてズルの体を支えた。
デニが翠の顔を間近で見つめた。
「翠、お前、体を機械化してたりしないか?」
「き、機械化?し、してないよ!」
「電脳化か?」
「で、でんのう……?」
ズルがよろけながら立ち上がった。
「僕が確認を怠ったのがいけなかったんです。翠さんは何も悪くない。気にしないでください」
そう言いながら杖を翠に向けて探るように動かした。
「翠さん。その小さな袋に入っているものは?」
翠は紬に借りたザックとは別にポシェットを肩から提げていた。ズルはそれを杖で指し示しながら言った。
「え?これ?……中身はお財布にお直し用のお粉とリップとかだよ。あとスマホ」
「スマホ?」
「うん」
と翠はポシェットからスマートフォンを取り出して言った。
「それはなんです?」
「スマートフォンだよ。知らないの?」
「……」
「機械ですね。しかもある程度高度な電子計算機のようだ。翠さん、それは持って行けません。ゲートは電子機器を通さないように全宇宙に制限がかけられているのです」
「そ、そうなの……」
デニが翠の顔を見てそんなことも知らないのかよ、というふうに呆れた表情を見せた。
「その制限を破ろうと挑んだ者もいますが……」
「えっそうなの?」
紬が聞いた。
「はい。成功したとも結局できなかったとも諸説ありますが……評議会の公式見解としては制限は破られたことがないということです」
紬はリンの表情がこわばっていて普段の快活さが消え去ったことに驚いた。
「おい、ズル。知識をひけらかすのもいい加減にしろよ。今そんなことを思い出させることないだろ」
「リン、大丈夫?」
紬はリンにハグをして背中をさすってあげた。
「うん。大丈夫よ」
リンは元気なさそうな声を出した。
「し、失礼しました。そんなつもりはなかったのですが……」
「私、知らなかったの。ごめんなさい。とにかく、これは置いていくね」
翠は手にしたスマートフォンを部屋の端にある棚に置いた。皇族しか入れないここなら盗まれる心配もないだろう。
翠が戻るとズルは杖を再度翠の体のほうへ掲げた。
翠の腕に杖を向けて言った。
「それは?」
「あ、これスマートウォッチ」
翠が腕を上げてスマートウォッチを見せるとそこには文字が表示された。
「それもだめです……」
「はい……」
翠はスマートウォッチを腕から外して棚に置いてきた。
そして再度ズルの杖チェックを受ける。
「大丈夫そうです。では行きますよ」
翠は心底ほっとした。と同時に期待と不安に胸がいっぱいになる。これから遠く離れた星へ転移するんだわ。
翠が首から提げた勾玉が淡く光り出した。
そう。このお祖父さまにもらった勾玉に導かれて。
杖を掲げたズルは不思議そうな顔をした。
「おぉー、その勾玉とゲートが共振しています。それによって行き先が変わるんだな」
そう言ってからズルは杖を振った。
翠には一瞬で周りに見えているものが変化したように感じた。
まるでテレビドラマのシーンがトランジションなしで別場面に切り替わったかのように。
そこは薄暗い横穴の洞窟のような場所だった。
出口のほうから陽の光が見える。
洞窟の外は昼間らしい。
御所では真夜中だったのに……。
すごい。本当に別の星に転移したんだ!
振り返ると不思議な紋様が刻まれた墓石のようなものが地面に置かれていた。これがこちらの星側のゲートという古代人の遺物なのだろう。
「警戒」
デニが小声で言って剣の柄に手をかけながら辺りを見回した。他の魔法使いたちも同じように視線をあちこちに走らせた。
「ルートはこれだけか?」
デニが言った。
「はい。一度でかなり飛んだ感じです」
ズルが答えた。
「外に出てみよう」
デニがそう言って先頭になって出口に向かって歩き出した。紬、リン、ズル、翠の順で続く。
洞窟の外は何の変哲もないように見える森の中だった。空には厚い雲があって恒星は見えなかった。
洞窟を出たところから少し離れた場所に、不思議なことに一つのテントが張ってあった。
翠は父に連れられて行った登山で山小屋に泊まったことがあった。そのとき山小屋の周辺にはテント泊の登山者が、色とりどりのテントを張っているの見たことがあった。そのテントに似た感じのものが一つだけあるのだ。
山で見たテントと様子が違うのは上部から筒状のものが出ていて、そこからゆらゆらと淡い煙が放出されていることだった。
煙突?
翠は近くに寄ってよく見てみようと歩きだそうとしたが、デニに手振りで止められた。
「どうやら先客のようだな」
「はい。魔法テントですねあれは」
デニの予想にズルが答えた。
「魔法テント?」
翠が不思議そうに言うとリンが横から教えてくれた。
「小さく見えるんだけど中は広くて快適にすごせるんだよ」
「おーい。誰かいるのか?こちらは魔法評議会に派遣された冒険者チームだ」
デニが大きな声で魔法テントに向かって呼びかけた。
沈黙。
しばしの時間が流れたあと、テントの入り口に人影が見えた。
その人影はテントの入り口から顔を半分だけを出してこちらを確認しているようだ。
「魔法使いなんだろう?こちらもそうだ。何も心配しなくていいぞ」
少し離れた位置で魔法テントを見ているデニが呼びかけた。
「ちょっと待ってくださぁーい。今着替えてきますからぁ~」
女性の声が聞こえて半分見えていた顔がテントの中に引っ込んだ。
「分かった。ここで待つ」
デニは大きな声で返答してから、小さな声で仲間に言った。
「なんだあの間延びした声は」
翠は首を傾げた。
なんだかあの女性の声の原音に、自分の国の言葉の響きが混ざっているような気がして困惑した。