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「翠さんは王家の人でしょう?何か代々伝わる儀式のようなことをしませんでしたか?あれに対して」
ズルが祭壇の上に奉られている鏡を指さして言った。
ズルの大きな眼鏡の奥の瞳が見えて、翠は学友の岬ちゃんが好きそうな、かわいい顔してるんだなと思ったりした。男の子に対してかわいいって言うのは褒め言葉になるかどうか分からないけれど……。
私は自分の性格がまあまあしっかりしていて、でもさらに強気に引っ張ってくれそうな男性に惹かれるから……ちょうどこのデニのような……。
翠はデニの顔をちらりと横目で見て少し顔を赤らめた。
落ち着いて見るとお顔もすごくかっこいい……。
デニが視線に気づいて翠を睨むように見返した。
「あ、あの……三日前に、言われるような祝詞の儀をここで……」
ズルはデニと目を合わせ、二人は頷き合った。
「結果はどうなるのかよく分からずにやったのか?」
デニが質問した。翠は頷いた。
デニは口調を柔らかくして再度訪ねた。
「一人で?結果はどうなった?」
「一人でやったわ。終わったときニンゲン……この子が出てきて驚いたけれど。それにそのときにこの子が人の言葉を話したような気がしたの。気のせいだと思っていたんだけど……」
「不思議じゃありませんね。その祝詞っていうので魔法契約が発動した。そしてゲートが開いた。こちら側にも魔法によって、その猫さんにあなたを守るための力が備わったのかもしれませんね」
翠は足下で顔を洗う仕草をしているキジトラ猫を見つめた。
「翠さんの飼い猫ですね?」
「はい。名前をニンゲンって言うの」
「変わった名前を付けたな」
デニが面白がる口調で言った。
翠は少し恥ずかしくなってまた顔を赤らめた。
「そうだ。何か鍵になるようなものがあったはずです。この遺物と対をなすような」
翠は、はっとなった。
「勾玉!私それを身につけて儀式を行ったの」
ズルは自分の知識に満足するようにすこし自慢げに頷いた。
「ゲートが開いたっていうのはどういうこと?」
翠は一番気になることを聞いた。
「古代人のゲートの大魔法のことさ」
デニが答えたが翠には何のことか分からない。首をかしげているとズルが補足してくれた。
「宇宙の別の星へ魔法で転移できるように古代人が残した魔具です。このように魔法契約によって一時的に開くのはそう多くないのですが」
ズルが祭壇の上の鏡を見ながら言った。そして翠に振り返り説明を続ける。
「それにこの魔法契約は千年間も放置されていました。あなたの星はその間に科学文明を進めることにしたようですね」
「あなた達は本当に魔法使いってことなのね……」
翠は声が大きくなってしまい慌てて口を手で押さえた。
「あったり前だろう。魔法が使えなきゃゲートを通ることはできないぜ」
デニは落ち着いた声で言った。
「それなら警備の厳重な御所の中心に突然現れたのも分かる……」
翠は考えを口に出して言った。
「私がそのゲートっていうのを開けたとして、あなた達は何をしにやってきたの?」
翠は自分が何かとんでもない間違いを犯してしまったのではないかと心配になって言った。
「僕たちはしがない魔法使いの冒険者です。翠さんが発動した魔法契約によって、評議会はそれを履行するために僕たちを雇いました。あなたを護衛するために来たんですよ」
「私を……護衛?護衛してくれる人はいつも付いてくれているけれど」
「王族であれば衛兵がいらっしゃるでしょうね。でもその護衛の人は魔法を使えますか?これから行く魔法の世界では、魔法が使えないと十分な護衛役とは言えないですよ」
「魔法の世界に行く……?」
「あらあら、このお嬢ちゃんは自分がどんな契約を再発動したのかご存知ないようだぜ」
「ちょっとデニ!」
リンがデニの頭を小突いた。なるべく小声で話して!と翠は思った。
「さっきからあんた失礼よ。翠には何か困りごとがあるのよきっと。それでその儀式に頼ろうとしたんじゃないかな。デニったら!デリカシーの欠片もないんだから」
「うるせーなー。そういうことだって説明もなきゃ俺たちに分かるわけないだろ」
確かにそうだ。翠も自分で説明をしないとだめだなと思った。しかしその前にズルが言った。
「無理もありませんよ。先程も言ったとおり前回この契約が使われてから千年が経っています。しかもこの魔法契約が使用できるのは三回までと書いてありました。本当に必要なときまで温存しておくことにしたのでしょう」
「三回まで……」
「はい。契約が結ばれてすぐに一度使われました。そして千年前に一度。これが三度目。つまり最後の利用機会です」
最後の契約の発動。翠は儀式に使った勾玉のことを思い出した。おじいさまが退位するときに翠にその勾玉を授けたのだ。あのときおじいさまは何と言って勾玉を渡してくれたのだっけ?この魔法契約のことについておじいさまは知っていたのかしら。知っていたとしたらなぜ詳しく教えてくれなかったのだろう。……今考えても分からないことだ。おじいさまに聞きに行くべきだろうか。
「翠さん。どうしてその儀式を行おうと思ったのか聞いてもいいですか?」
ズルが少し申し訳無さそうに言った。
「それはあっちに行ってからゆっくり聞くんでもいいんじゃないか?どうも俺は科学文明の星にいると落ち着かないんだ。とっとと出発しようじゃないか?」
デニがちょっと苛々した様子で言った。
そうだ。
翠は考えた。
道は開かれたんだ。おじいさまの静謐な時間を妨げてはいけない。しかもこんな真夜中に。
とにかく何か起こることを期待して儀式を行ったのは翠自身だった。
宙皇家がはじまって以来、千五百年間で三度目、そして最後の機会だという。
道は開かれた。私がはじめたことなんだ。飛び込んでみよう。
翠は意を決した。
唇をぎゅっと噛んで心は決まった。
そこで、意外にも冷静に回りはじめた自分の頭に自分自身で少し驚いたのだが……自分の格好はどう見ても外出できるようなものではないことに気付いた。パジャマにカーディガンを羽織っているだけなのだから。
「行きます」
翠は小さな声で、でも力を込めて言った。
「デニの言う通り、あとできちんと私のことについて話します」
デニは頷いた。少し翠のことを感心したように見つめながら。
「でも少し準備をさせてもらわなきゃ。私この格好では行けない……おじいさま、おとうさんに置き手紙も書きたいし」
「もちろんです」
ズルが言った。
「リンさん、姿隠しの魔法を使って付いて行ってあげてください。ここに戻るときは二人で姿隠しを行えばよいでしょう」
「それなら私が行きたい」
紬が手を上げた。
「科学文明のお姫さまのお部屋見てみたいし」
「じゃあ紬にまかせた」
リンが明るく言った。
紬はそう言われると同時に左手に持っていた杖を軽く振った。
紬の姿はこつ然と消えた。
!!
翠は驚きのあまり声も出ない。口をあんぐりと開けて今まで紬がいた空間を凝視した。
「そんなことで驚くんじゃない。早く行け」
デニが促す。
「う、うん……」
「ああ、そうだ。先程話に出た魔具を忘れずに持ってきてください。まがたま?と言いましたっけ」
「分かった」
翠は答えた。
魔法は本当にあるんだ。翠は衝撃的にそう感じていた。今眼の前で見た。しっかりしなくては。この四人がここにいること自体が大きな不思議だったのだから、魔法を見たくらいでこんなに驚いていてはこの先どうなってしまうのか。
翠は自室に戻るために歩き出した。振り返るとニンゲンが付いてきてくれた。
おそらく、目には見えていないが、紬も付いてきているのだろう。