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惑星「群青」は海が広がるその名の通り青い美しい星だ。点在する大小さまざまな島には魔法使いたちが集落を作って暮らしている。
温暖な気候で中心に火山がある、この島でもそうだった。海岸にほど近い少し大きめのコテージに元冒険者の正木涼介が暮らしていた。彼の魔法剣士としての腕前は相当なもので、冒険者を引退した今でも、魔法界を代表する評議会から、困ったときには相談を受ける身だ。
正木はいつもは、ある目的のために、従者のホムンクルス二体とともに宇宙を巡る旅をしているのだが、今は大きな冒険を終え、休養を兼ねて拠点としている群青に戻ってきていた。
正木がある日の午後、コテージ内で読書をしながらゆっくりと過ごしていると冒険者の後輩であるデニ隊の訪問を受けた。
玄関が開いて正木の従者かつ保護対象者でもあるリンが入ってきた。
「正木さま。デニが来ました」
正木は座っている安楽椅子の動きを止めてリンを見た。
リンは美しい金髪を肩まで揺らしていた。可愛らしい十五歳くらいの少女で薄青で半袖のワンピースを着て、麦わら帽子を被っていた。
コテージの入り口に向かって話しながら歩いてくる三人のうち一人はリンと同じく正木の保護対象者である紬である。
紬は長い赤毛を二つ縛りにし、柔和な顔つきのリンと違って強いまなざしを持っていた。リンと同い年の少女だ。白い半袖のワイシャツに赤いミニスカート姿で夏らしい格好をしていた。
「どうしてリリーはいないの?あんた達ついにリリーから愛想をつかされたってわけ?」
「ちがわい!リリーは推し活が忙しくてしばらく孔雀を離れたくないんだとよ」
答えたのはデニ・モーラ。魔法界の名家モーラ家の御曹司で、正木も認める優秀な魔法剣士でもある。短めの茶色の髪、茶色の瞳をしていて生意気そうな顔立ちではあるが、黙っていれば良くないとも言えないという紬からの評を受けたことがあった。
「推し活!?」
「そうなんです。リリーさん推しの魔術アイドルグループがイベントをやるらしくて」
そう答えたのはカールした金髪を肩まで無造作に伸ばしたズルだ。丸い大きめの眼鏡をかけていて、それの位置を指で直すのが癖で今もそうしていた。治癒魔法を得意としていて、魔法界にとどまらない科学文明の知識も豊富な、学者肌の魔法使いである。デニもズルも二十歳だった。
「僕たちが受けた今回の依頼も千年ぶりに発動した魔法契約でして。けっこう重要だと思うんですけどね~。あ、正木さん、こんにちは」
玄関から入ってきたズルは正木に挨拶した。
「ちぃーっす」
軽い挨拶はデニだ。
「もうちょっと静かに話せないのか?おまえ達の大声でだいたいなんでここに来たのか分かったぞ」
正木は言った。
「ほんとに?」
デニが聞いた。
「どうせその魔法契約の依頼とやらを私に手伝ってくれって言いに来たのだろう」
「ブッブーー。ちがいまーす」
「・・・・・・そうかい。断ろうと思ってたからちょうど良かった」
「でも惜しかったんだよ~正木。リリーの代わりにリンか紬を貸してくれないかなと思ってさ」
それを聞いて正木はギロリとデニを睨んだ。
「も、もちろん報酬は出すんだぜ」
「あ、あのですね・・・・・・僕たちほんと困ってしまっていて」
ズルが正木になんとかならないかという顔をして説明をはじめた。
「リリーさんに冒険者の依頼と推し活とどっちが大事なんですか?って聞いたら『推し』と一言で言われてしまって」
と残念そうな顔を見せる。
「でも魔法使いチームは三人で協力し合うっていうのが鉄則でしょう?他に信用のおける知り合いもいないですし」
「モーラ家で誰かいなかったのか?」
「だめだった。ドニ姉は評議員になるための修行をはじめてしまったし、ロニ姉も他の依頼で飛び回ってて連絡がつかねえ」
デニがモーラ家の高名な魔法使い姉妹の名を出して答えた。
「依頼者は誰なんだ?」
「科学文明のどこかの国の王族のようですね」
ズルが答えた。
「行き先は?」
「行き先は魔法文明のあまり進んでいない星だそうです」
それを聞いて紬は考えた。
科学文明に行くのは前回も大変な目にあって難しそうだしご遠慮願いたいが、魔法文明の星に行くのであれば私が行ってもいいな、と。冒険者としての経験はどんどん積むべきだ。
「それなら二人とも連れてっていい」
「えっ」
デニやズルの前に紬が驚きの声を上げてしまった。
「ちょっと正木!私たちを厄介払いするんじゃないでしょうね!?」
紬は非難の調子を込めて言った。
「そうですよ。リンたちがいなかったら正木さまの栄養バランスは誰が考えるんですか?」
リンは少し不満そうに言ったが、正木のこうと決めたらテコでも動かない性格はよく知っていたので半ば諦めていた。
「私だってたまにはジャンクフードも食べたいのさ」
そう言ってからデニのほうに顔を向けた。
「報酬は一人分で構わない」
「まじかよ。ラッキー」
デニは嬉しそうな声を出した。
「紬。リンたちジャンクフード食べたさで捨てられちゃった!」
リンが嘘泣きの顔を使って紬に抱きついてきた。紬も調子を合わせてリンの頭を撫でてやった。
「おーよしよし。あんなご主人様は帰ってきたらブクブクに太ったオヤジになってるわきっと。そしたら笑ってあげましょう」
正木は「ふんっ」と言っただけで手元の本を開き直して読書を再開してしまった。
「リンさんも紬さんも来てくれるなんてまた楽しい旅になりそうで嬉しいです」
ズルが純真そうな顔で言ったので紬は嫌味を返してやりたくなってしまった。
「楽しい旅!?あんた達と一緒じゃまたとんでもない旅になっちゃわないかなって心配だわ私は」
「大丈夫ですよ。異国のお姫さまを魔法界の国に案内してあげて護衛するって簡単な契約のようですから。僕たちも三人揃ってないと依頼は取り上げるって評議会から言われて困ってただけですし」
「私は正木やリン、それにあんたたちと関わってから平穏無事な旅をしたことがないから言っているの!」
紬は癖で両手の拳を握って主張した。リンはそれを見て可愛くて可笑しくて笑った。
紬は後日、このときはもっともっと心配してもよかったと思い返すことになった。
正木はちらりとズルのほうを見やり、姫の護衛!?ズルのやつそれをもっと早く言えよな……私が行けば良かったか……
そんなふうに思ったがもう言い出せなくて読書を続けた。
「明日の朝出発するぞ。迎えに来るからな。リンと紬は準備を怠るなよ」
デニがリーダーよろしく得意げに二人に指示した。