22
歩きながら翠が訪ねる。
「蔵人?何者なんですか?」
「八俣の手下の者です。恐ろしい呪術を使う剣士と聞いたことがあります」
千千姫は御殿の玄関を裸足で飛び出した。日暮れ間近で辺りは薄暗かった。門までの広場は篝火が焚かれ明るくなっていた。人だかりだできており、その中心に蔵人らしき人物がいた。
濃い灰色の直垂に同じ色の外套を着用している背の高い人物だった。頭巾の色も同じ。目深に着用していて、どのような顔をしているのか窺い知ることはできなかった。大きくて長い半月刀を両手で持ち、今は地面に底付きさせていた。
「千千!」
蔵人を取り囲んでいる高天原の人だかりから、思金が低い声で言いながら手招きしていた。
千千姫たちはそこに近づいた。デニたちもすぐそばにいた。
紬はリンに近寄り、手を握って無事であることを分からせた。
思金が千千姫に言う。
「生け贄差し出しの遅滞に怒ってやってきたようだ。すまんが、ひとまずわびを入れてこの場を収めておくれ」
「……わかりました」
千千姫は人だかりから前へ進み出た。護衛の武人が七人、半月刀を片手に千千姫の周囲を固めた。
「蔵人どの。豊でございます」
千千姫は対外的な自分の名を告げた。
「この度は貢物の遅滞についてお詫び申し上げる」
「黙れ」
辺りに響き渡る低く暗い声だった。翠は蔵人が発した声を聞いて寒気がした。
「八俣さまはお怒りめされておる。大巫女が直に詫びに来いとの仰せ。我が元へ来たれ」
蔵人の言葉に周りの人々は凍り付いたように黙って動かなかった。
千千姫としても、来いと言われて行けるものではなかった。彼女は高天原を統べる君主なのだ。一人で敵地に連れて行かれる訳にはいかない。
「我が言葉に背くのならさらっていくまで」
蔵人はそう言って動き出した。千千姫にすーっと近づいてくる。上下動のない不思議な動きだった。
護衛の武士が五人前へ出て千千姫を守ろうとした。
蔵人が半月刀を横殴りにするように振り回した。
翠は不思議な光景を見た。蔵人の刀から黒い靄のような、煙にも似たようなものが沸き立ち、その靄が武士たちを襲って、武士たちは五人全員が横に吹っ飛ばされた。
残る護衛武士二人は震えながら前へ出た。
出たが蔵人の半月刀によって一人目は一刀に両断された。まさに体を斜めに切り裂かれ血しぶきを上げながら倒れ込んだ体が二つに割られていた。
翠はこの光景を見て、頭が真っ白になってしまった。人同士がこのように争っているのを見るのは、もちろんはじめてのことだったのだ。蔵人はもしかしたら人とは言えない存在なのかもしれないが……。
蔵人が最後の護衛武士に斬りかかったとき、横から出てきた人影があった。その人物は長剣を掲げて蔵人と護衛武士の間に割って入った。
キーーン
金属音が鳴り響いた。
デニが長剣で蔵人の剣をはじき返した音だった。
蔵人はじりじりと後ずさって間合いを取りながら、自分の刀をはじき返した者を観察している様子。
デニのすぐ側にはズルがいて、しきりとデニに向かって杖を振っていた。彼らが前に言っていた防御魔法をかけているのだろうと翠は予想した。
周りに視線を向けると、ズルが行っているのと同じように、紬が翠に対しても魔法をかけてくれているところだった。
少し離れたところで、リンも同じように魔法を千千姫、思金、太玉たちに施しているようだった。
蔵人が動き出した。
半月刀を振って血のりを飛ばすと、自分の顔の前に刀を掲げてもう一方の手で刀身をなでるような仕草をした。
黒い靄が刀身から沸き立った。蔵人が刀を振ると、黒い靄がすごいスピードでデニに向かって飛んでいった。
デニはそれを避けるでもなく、長剣を振って吹き飛ばした。
「ズル。ぴったりの防壁だぜ。よくやった」
デニが言った。
「呪い属性の魔法防壁で正解だったね。でも、物理攻撃には効果はないよ。デニ、気をつけて!」
ズルは効果の高い魔法を成功させたからか、嬉しそうな言い方だった。そう言ってからデニのそばを離れた。
「こしゃくな……」
蔵人は恐ろしげな声を出した。そう言って両手で刀を握りしめ、自分の顔の左隣にかまえながら、じりじりとデニに近づいた。
デニは長剣の切っ先を蔵人に向けて、こちらも少しずつ間合いを詰めていくようにすり足で動いた。
パッと二人の体が素早く動くのが見えた。
キーンキーンキーン
三度お互いに剣と刀を振ったが三度とも刀身によって阻まれると、二人とも飛びすさってまた距離を取った。
再度にらみ合いになりつつまた間合いを詰めていく。
デニは大量の汗をかいていた。
蔵人が凄いスピードで前に踏み込んだ。と同時に左斜め下から刀身をえぐるようにして上方へ振った。この危険な攻撃をデニはバックステップでかわしたが、余裕のない体勢となってしまい、蔵人の猛攻撃を受けることになってしまった。乾いた金属音が続き、デニは剣を振るって防御した。しかし、途中で蔵人は脚でデニの腰の辺りを蹴りつけた。体勢を崩されたデニの腹に、蔵人は半月刀を突き入れた。
デニの背中から蔵人の刀の先が飛び出した。背中からも腹からも血が流れ落ちた。
蔵人がゆっくりと刀を引き抜いた。デニは力なく崩れ落ちた。