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「八俣はどんな人なの?強いの?」
紬が聞いた。
「強い……と聞いています。彼に逆らった国が無謀にも戦いを挑みましたが、周りの魑魅魍魎どもの軍勢もさることながら、八俣自身の呪術もとても危険なものだと聞いています」
「どんな術なのか知ってる?」
「彼の呪いは大水を呼び起こします。その地の水田はすべて流されてしまうのです。それから、恐ろしい怪物を従えて戦うそうです」
「八つの頭と八つの尾を持つ怪物では?」
翠が興奮して言った。しかし千千姫は首を傾げた。
「摩訶不思議なお話ですね。そのような話しは聞いておりませぬが、たくさんの怪物を、魑魅魍魎どもとは桁違いの怪物を、八俣は引き連れてくるそうなのです」
それを聞いて、紬が翠のほうを見た。
「水属性の魔法なのかもしれない。大水って洪水ってこと?だとしたら相当な魔力ね。怪物をつれてくるってのは召喚魔法なのかも」
紬が早口で説明しはじめた。
「水属性の魔力を多く持つ者には、私の雷撃魔法が効果ありそうよ。召喚獣は……リンの召喚魔法もとっても強いんだから対抗してもらおう」
翠は感心した。今までリンや紬の話しを聞いている分には、紬が魔法使いとしては一番未熟な感じがしたのに、今は頼もしいことを話してくれている。
「少なくともぜんぜん敵わないってことはないんじゃないかな。うちの保護者がいれば余裕なんだけど、私とリンだってかなり強いんだよ」
紬は少なからず自信があるようだ。
とはいえ、翠の一存で、翠の護衛役として来てくれた彼女たちを八岐大蛇という翠の国に伝わる大怪物と戦わせるという危険なことはさせられない。
「千千姫。この話しは仲間と相談させてください。昼孁のことも、私の仲間には打ち上げる必要があります」
「……はい。かしこまりました。……あの、私は翠さまたちが神や神の使いではないこと、分かっております」
千千姫にそう言われて翠はゆっくり頷いた。
「ですが、私たちの祈りが届いて、あなた様がたをあの祠から現れさせてくれた神の力はまぎれもありません」
千千姫はそう言って正座したまま翠のほうに向き直った。そして深々と手をついて礼をした。
「伏してお願い奉りまする。どうか我らの願いを聞き届けたまえ」
翠は胸が詰まる思いだった。伝説が本当だとすれば、千千姫は彼女の祖先なのだ。彼女とその国、高天原を救わないと翠の存在も危うい。
「とにかく、少し考えさせてください」
翠が静かにそう言うと千千姫は顔を上げた。その顔は涙のあとで目が赤かった。
そのとき、キジトラ猫のニンゲンが翠の膝の上から飛び降り、毛を逆立てながらにゃあにゃあと鳴きだした。
「どうしたの?ニンゲン」
翠が猫の顔を覗き込みながら言うと、ニンゲンは何かを訴えるようににゃあにゃあ鳴いた。
遠くから、
「大巫女さま!」
と呼ぶ声が聞こえてきて、千千姫、翠、紬は立ち上がった。
連れだって寝所を出て行くと慌てた顔をした高天原の高位の者が三人近づいてきた。
「大巫女さま!大変です」
「何事か?」
千千姫が詰問する。
「出雲の蔵人がやってきました。大巫女さまを出せと言っているのですが……と、とにかく、思金さまがお呼びです」
「分かった」
千千姫はそう言って、その者の後に続いて急ぎ足で歩き出した。翠と紬もついていった。