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 御殿ごてんのさらに奥。森の中の泉を模した庭のある廊下の先に、離れとして建ててある昼孁ヒルメの寝所があった。侵入者を寄せ付けないように武人が二人、入り口を守っていた。千千姫ちぢひめに続いて寝所に入ると、そこは広い板敷きの間になっていて、薄い布をめぐらせた一角があった。そこにどうやら寝具が置いてあるらしい。


 植物が燃える匂いがした。暗くなってきたので、植物油にひたした芯に火を付けて、灯りとしている灯台が幾つか置いてあった。蝋燭ろうそくはこの時代、まだないのだろう。


 寝所の入り口には一人の年老いた男がいた。千千姫ちぢひめが入ってくるのに気づくと礼のため頭を下げてそのまま動かなくなった。


「この者、籐弥とうやといいます」


 すい籐弥とうやにおじぎをした。つむぎもそれに倣った。籐弥とうやはますます頭を下げて恐れ入った。


 千千姫ちぢひめは寝具のそばに行き、薄布からは少し距離を置いて板の間に座ろうとした。すると籐弥とうやが足音も立てず、なめらかな動きで近づいてきて、藁でできた敷物を差し出した。


 すいつむぎも敷物を借りて、その上に座った。キジトラ猫のニンゲンはすいの膝の上に飛び乗った。


 千千姫ちぢひめは手で顔を覆い、めそめそと泣き出した。


 不思議な光景だった。


 つむぎは訳が分からず首を傾げた。


 薄布で覆われていた寝具の中には誰もいなかった。


 すいつむぎは顔を見合わせた。


 千千姫ちぢひめはとても悲しそうに涙を流しているのみだ。


 すいが部屋を見回すと、籐弥とうやは入り口付近に戻って座っていた。


千千姫ちぢひめ……」


 すいが心配そうに声をかけた。


「おわびします」


 千千姫ちぢひめは涙を巫女装束の袖で拭った。


「……昼孁ヒルメさまはすでに身罷みまかられておいでです。もう何年も前です。病に伏せったあと、籐弥とうやだけをこの寝所に入るのを許し、それから程なくしてのことだったそうです」


 すいつむぎは驚いた。ニンゲンもすいの膝の上でもぞもぞと動いた。


「それを他の人は……?」


「知っているのは籐弥とうやと私だけです」


 一国の主が死亡したことを事情により隠すことはありえることだとは思う。しかし、何年もの間、隠し通せる者なのだろうか。


「私も昨年、大巫女になってから知ったのです」


 千千姫ちぢひめ籐弥とうやのほうに視線を向けながら言った。


「それまでは籐弥とうや昼孁ヒルメさまの遺言を守り、一人で隠し通していました。かんがたり(神託の意)も、籐弥とうやくじを引いて、付き合う木簡もっかんを選んで皆に出していたようです」


木簡もっかん?」


昼孁ヒルメさまは木の板に神からのお告げをたくさん書いて残されました」


 千千姫ちぢひめは部屋の隅のほうに置かれた低い棚を指さした。そこには山のように積まれた木の板の塊があった。


「どうして昼孁ヒルメって人は自分が死んだことを隠そうとしたのかな?」


 つむぎが不思議そうに言った。


「自分が死んだことが分かれば、高天原たかまがはらの力が弱まると思ったからじゃないかな?」


 すいの意見に千千姫ちぢひめは頷いた。


「そうだと思います。実際には昼孁ヒルメさまがお隠れになってから、周りの国たちの心は離れてしまいましたけれど……」


 千千姫ちぢひめは憂いを見せた。


「あなたが大巫女おおみこになったのは……?」


「私が忍穂耳おしほみみさまとめあわせていただいたのも、大巫女おおみこにしていただいたのも、籐弥とうやくじを引いて付き合った木簡もっかんのかんがたりの指図でした……。私が大巫女おおみこになってはじめてこの寝所に来たとき、籐弥とうやがすべてを打ち明けてくれたのです」


「あなたはどう思ったの?」


「とても驚きました。お隠れになったあとも、昼孁ヒルメさまのかんがたりは私たちを救ってくれていましたから。でも、籐弥とうやくじを引いて出されるお告げには少し不思議なときもありました。なので、私が大巫女になってからは、私が一度木簡の意味を確認してから、おかしいときはもう一度くじ引きするようにしています」


「くじ引きなんて、ただの運次第なのでは?」


 つむぎはそう言ったのだが、すいつむぎの膝を軽く叩いてそんなこと言うなと目配せした。


「もちろん、私にも少しは神のお告げが聞こえることがありますので。出雲の八俣ヤマタのおかげでいよいよ困り果てたとき、祈りのなかで昼孁ヒルメさまの声が聞こえた気がしました。八百万やおろずの神々に助けを求めれば、あのほこらから救い人が現れるだろうと。そこで、ほこらまつり、祈りを捧げたのです」


 それで私たちがここへ来る道が開かれたってわけか。すいは考えた。


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