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「私の推測が正しければ根子は氷高皇女とも呼ばれていたはず」
「……それだけ今、確認してしまいましょう」
ズルが緊張した顔で言った
「そうだね」
翠はそう言って歩く足を早めて根子とデニに近づいた。
そして呼びかけてみる。
「氷高皇女」
根子は、はっとした顔になり、即座に振り返った。そして怪訝な顔で、呼びかけて来た翠を見つめた。
「翠。なぜ私の諱を知っているのぉ。その名で呼ばないで。あなたも愛宮と友達に軽々しく呼ばれたら嫌な気持ちになるでしょう~?」
「あ、あはは、ごめんね、根子」
翠は頭を下げた。
「分かればいいわぁ」
翠は立ち止まった。
デニは何も気にする様子もなく歩き続けた。根子もデニについて行った。
少し距離が離れてから翠、ズル、紬も歩き出した。
「驚いた」
紬が言った。
「間違いなかったですね……」
ズルは驚きを隠せない様子で緊張した顔をしていた。
「僕たちはタイムトラベルをしたんだ。時空を超えたんですよ!すごいことだぞ……これは……」
そうと決まればと思ったのか、いっそ晴れ晴れとした顔にズルはなった。
「ああ、また紬さんに怒られてしまう」
そう苦笑してから、
「では僕の考えを聞いてください」
翠に向かって言った。
「お願いします」
翠はズルが何を助言してくれるのだろうと注目した。
「これは僕の考えであって、さっきデニも言ったように僕たちは翠さんの護衛役ですし、あくまで助言として聞いてください。臨機応変に翠さんが決めることの妨げにはならないようにお願いします」
「分かった。ありがとう」
「根子さんを含めてですが、この時代の人々には僕たちが未来から来たということは伏せておいたほうが良いと思います」
「どうして?」と紬。
「何が起こるか予測がつかないからです。そうでなくてもこれは結構危険な状況だと思うんです」
「危険?」
翠も心配になって言った。
「ええ。今から会う人たちは翠さんのご先祖様なわけでしょう?たとえば、ですけど、その人たちがみんな死んでしまったらどうなりますか?歴史はどうなってしまいますか?」
「うーーん」
紬は考えた。
「ご先祖がいなくなったら、翠は生まれてこないことになるかな……でも今ここに翠はいるわけだし……」
紬は頭を抱えてしまった。
「こんがらがる!」
最後にはそう言った。
ズルは苦笑しながら言う。
「そうですね。ご先祖様たちが死んでしまったら、翠さんも消えてしまうのか、それともご先祖様たちが死んでしまわないように何らかの力が働くのか、それか、時空間そのものが崩壊してしまうのか……」
「怖いね」
翠も言った。SFの小説で似たようなストーリーを読んだことがある。まさか現実に自分の身に同じようなことを心配しなくてはならなくなるとは。
「とにかくそういうわけで、僕たちが未来から来たということは伏せておいたほうが無難かなと思ったのです」
「そうだね。賛成」と紬。
翠も頷いた。
「このことはあえてこちらから言わなければ良いだけだとは思います。この時代の人に未来から来たんですか?と問われることはないでしょうから」
翠もちょっと考えてそれはないなと思った。
「他のことは正直に話してしまってもよいと思います」
「そうなの?」
翠はそれで良いのか分からなかった。
「はい。僕たち魔法使い冒険者はゲートの先で、特殊なケースを除けば事情をそのまま話すようにしているんですよ。ゲートの大魔法を通って別の星からきた魔法使いですってね」
「そう言えば、私がはじめて正木とリンと会ったときも、何も隠さずにそう言っていたわ」
紬が思い出しながら言った。
「その点を隠そうとして嘘をついたりすると、嘘を守るためにさらに嘘を重ねることになりますし、それが争いの火種になりかねませんから」
「なるほどねえ」
紬が感心して言った。
「ゲートの大魔法は厳然と大宇宙に張り巡らされているのですからね!」
ズルはまるで自分の功績かのように言って天を指さしたものだがすぐに言い過ぎたと思い、すみませんと謝った。
「思金さんたちは僕たちのことを神さまだと勘違いしているようですが、それも僕たちにとっては有利かもしれませんよ。魔法の力は彼らにとって神の力に見えなくもないでしょうし、そう思われていたほうが情報を引き出しやすいかもしれません」
「情報を引き出す?」
翠が不思議そうに言った。
「はい。僕の尊敬する正木さん……リンさんと紬さんの保護者の方なんですが、とても高名な魔法剣士なんです。正木さんがいつも言うのが、とにもかくにも情報収集だと言うことなんです。僕たち魔法使い冒険者はゲートを通って宇宙のいろいろな星に行きます。はじめて行く星では、どんな文明があるのか。魔法文明なのか。科学文明なのか。文明はどのくらい進んでいるのか。住んでいる人々はどのような特徴があるのか。こういったことをいち早く知ることが大切なんです」
翠は今の状況に置き換えてみた。
おそらく翠の国の古代の時代に来たと思うのだが、古代と言っても幅が広い。ここに住む人々がどれくらいの文明があって、どんな生活をしているのか知っているのと知っていないとでは取れる選択肢が違ってくるだろう。
「それには現地の人々と対話するのが手っ取り早いです」
ズルが前方の思金と太玉のほうへ手の平を向けながら言った。
歩き続けるうちに周りの木々は減り、人々の生活の色が見え隠れしてきた。遠くに屋根が付いた建物が見えてきた。木造のようだ。広い平野のような地勢でそこかしこに水田や畑が見えてきた。
「情報を引き出すには相手に信用してもらう必要がでてきます」
それはそうだと翠も思った。
「翠さんなら時間を飛んできたことは伏せつつ、自分のことを話せますね?」
「やってみる」
「本当のことを話せばよいので難しくはないと思います」
「うん」
「護衛役の話しは僕にお任せください」
「お願いします」
ここに住む人々がちらほらと見えるようになった。
皆、簡易的な着物を着て農作業を行っているようだ。
時折、手をかざしてこちらを眺めている人もいた。先頭を行くのが思金と太玉と分かったからだろうか。膝を地面に付いて下を向いて一行が通り過ぎるのを見送る人もいた。
建物がたくさんある集落が見えてきた。人もそれなりに多くいるようだ。集落の一番奥のほうには大きな屋根の付いた建物があった。
集落に入り、その大きな木造の建物に向かって行く。
思金はこの地では一角の人物のようだ。通り過ぎる人が「思金さま」と挨拶をしてくる。
大きな建物の前には木でできた門があり、その前で思金と太玉は立ち止まった。
「こちらが御殿になります。ご足労ありがとうございました。どうぞお入りください」
思金が先に歩いて誘った。御殿の入口の横に大きな水瓶が置いてあり、柄杓が数本瓶に立てかけてある場所の前で思金はまた立ち止まった。
「どうぞ」
と言って動かなくなる。
紬はなんだろうこれは、水を飲めってことかなと思った。