15
先頭を歩く思金と太玉。リンはその二人の側に行き何やら話している様子。
あの子ったらまたいつもの調子で出会う人たちを虜にしていくんだわ。
紬はそう思いながら微笑んだ。
リンはこれまで、魔法界の王子、機械文明のアンドロイド、町の商人や魔物に至るまでいろんな者たちと、持ち前の快活さですぐに仲良くなる特技を発揮してきた。
きっと神さまたちにもリンの特技は発揮されるんだわ。
紬はそう思った。
思金、太玉、リンの三人のすぐ後ろを根子とズルが並んで歩いていた。ズルが身振り手振りで何かを話しているのを根子は横で聞いている様子。
根子の横顔が見えた。
なんだか楽しそうに笑っているなと紬は気づいた。
「根子がどうしたの?」
紬は翠とズルに聞いた。
根子とズルが歩いている位置からは少し離れているのでこちらの声は届きそうもないが、翠は紬に向けて唇に人差し指を立てる仕草をした。
静かに話そうという意味だと紬はすぐに分かった。
大丈夫だよ。
紬は心の中で思った。思金たちに聞こえるのを防ぐため、少し前からここの周りには風を舞わせてこちらの声を聞こえなくする動的魔法フィールドをかけておいたのだ。
ズルはそれが分かっているので翠に説明してあげてくれた。
「私たちが私の国の古代の神話の時代に来た。つまり過去へタイムトラベルしてきたのが正しいんだとすると」
翠が話した。
「私は根子も同じようにして来たんだと思うの」
「えっ。そうなの!?」
紬は驚いた。
翠はゆっくりと頷いた。自分では確信しているからだ。
「根子が歴史上の誰なのかも検討が付いているわ」
「本当!?」
「本当ですか!?」
二人が驚きの声を上げた。
「うん。それに、私と同じ状況にある人だと思うの」
ズルも紬も今や翠に驚きの眼差しを向けて来ている。
翠も生きてきて、こんなに凄い謎を解くのは、はじめてのことだから内心とても興奮していた。
「待って。落ち着かなくちゃ」
そう言って深呼吸をする。
「ズル。私の儀式で魔法契約が発動したと言ってたよね?」
「は、はい」
「その魔法契約は三回目だと言ってなかった?」
「そうです」
「一回目と二回目はいつだって言ってたっけ」
「ええと確か、一回目は契約が結ばれてからすぐ。千五百年前……だったかな。二回目は千年前と」
「その時期は正確なの?」
「う……それは、おおざっぱな感じだと思います。正直、僕が聞いてお伝えしているのも絶対間違っていないとは言えませんねぇ……そんなに重要だとは思っていなかったので。二千年前と千年前だったのかも知れません。すみません」
「いいの。今は時期があいまいなものと分かればそれで」
翠はズルに優しく言った。
「では、こういうことだと思う」
翠は自信があるように言った。
「二回目に魔法契約を発動させたのは、願掛けを行った根子だと思う。時期は少しずれてて千三百年前くらい。宙皇家の歴史の中でも特殊な人だから私もその記録を思い出せるんだけど、根子は未婚のまま女帝になったはじめての宙皇だと思う」
ズルは指で眼鏡の位置を直しながら翠の言葉の意味を飲み込もうとしている様子。
「え、えーと、つまり……根子は王さまになるってこと?」
紬が自分でシンプルに理解できるように確認の質問を投げた。
翠は頷いた。
「たしか弟が帝になったって言っていたけれど」
紬が根子の話しを思い出して言った。
「宙皇も昔は帝と言われていたの。残念ながら根子の弟さんは若くして亡くなってしまうんだと思う。その人が残した息子さんに皇位を引き継ぐために、根子が皇位に就くことになる。まだその子が幼かったからね。加えて、自分が結婚をすることによって権力が移動することを恐れて、未婚のままでいた」
「根子は結婚できないの……なんだかかわいそう」
紬は前方でデニと楽しそうに話している根子を見ながら言った。
「ズル。私の推測。どう思う?」
「……僕たちがゲートを通ってタイムトラベルをしたとするならば、二回目の魔法契約発動者が根子さんで、同じ時代に来て、こうして一緒にいるということはありえると思います……」
ズルは難しい顔をして言った。
「僕はまだゲートで時空を超えられるというのは簡単には信じたくない立場ではありますが」
ズルが早口で付け加えた。
「なによ!ズル。今はもうあなたの立場なんてどうでもいいことだって、さっきも言ったでしょ」
紬に指摘されてズルは居心地悪そうにした。
「すみません……そうですね。翠さん、根子さんの話しから何かその宙皇になった人と同一人物だと思う事柄があったんですか?」
「ええ。さっきも言ったけれど、弟が帝になったという話し。祖父と祖父の甥が戦をしたっていう話し。それから根子は藤原の宮から来たと言っていたよね。その頃は首都の場所を頻繁に変えていたんだけど、この仮定が正しければ、もちろん私の記憶も正しければ、だけど、藤原京が都だったはず。住んでいた人たちは藤原の宮と呼んでいたと思う」
「かなり具体的ですね」とズル。
「そうだね。それだけ記録と一致するなら間違いなさそう」と紬。
「私の推測が正しければ根子は氷高皇女とも呼ばれていたはず」
「……それだけ今、確認してしまいましょう」
ズルが緊張した顔で言った。