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「では、お先を失礼します」
思金はそう言って、翠たち一行を導くように森の道を先頭で歩き始めた。傍らには一歩下がったかたちで太玉が続く。
翠たちはその後をぞろぞろと続いた。
デニが翠に近寄ってきて声をかけた。
「翠の命」
「……!そんなふうに呼ばないで」
翠が怒って言う。
「いえいえ、なんと恐れ多いことを!これからはきちんと翠の命さまとお呼び申し上げます」
ポカン!
デニはリンに頭をはたかれた。
「デニ!いいかげんにしなさい!翠が嫌がっているでしょう?」
「これはこれは。リンの命。今日も麗しいお姿で……」
翠はデニの悪ふざけには付き合っていられないと苦笑した。
一番後ろで何やら考え事をしながら、とぼとぼと歩くズルに近づく。
「ズル」
翠は声をかけた。
「えっ、あ、はい」
「私の話しを聞いてくれるかな」
「は、はい。もちろん。どうぞ」
ズルは心ここにあらずという風情だったが翠の願いを聞き入れてくれた。
「あのね。私の国の古い神話のお話で、古事記というのがあるのだけど。それは古代の神々のお話で、私の家、宙皇家はその神々の末裔とされているの」
「……」
ズルは何も言わずに頷いた。
「それでね、その神話の中で、天界のことを高天原というの」
「……さきほど思金さんが言った国名と同じですね」
「うん。それに昼孁というのはアマテラスという最高神の別名だと思うし、思金と太玉という神も古事記には登場していたと思う」
「……」
紬も話しを聞いていたのか、翠とズルに近寄ってきた。
「それじゃあ、私たち、ゲートを通って過去に飛んできたってこと?」
紬が言った。
「私はそう思うんだけど……神話って実際にあった話しを神さまの話に置き換えて作った場合も多いんじゃないかな。だとすれば、ここは私の時代から千五百年から二千年くらい前なんじゃないかと思う。ズルはどう思う?」
「……それについて考えていました」
ズルは重い表情で答えた。
「さきほどの彼らの名前を聞いたときの翠さんの表情を見て、そんなことなのかなと思いまして」
「私は驚かないけどな。これまでの旅で、とくに科学文明の星では、とても信じられないようなことも目にしたし」
紬が体をぶるっと震わせながら言った。よっぽど恐ろしい体験もしたらしい。
「紬さんはゲートについてまだ深く知らないからそう思えるのかも知れませんが……」
ズルは少し怖い顔になって言った。
「もしそれが本当だとすれば物事を根底から考え直さなくてはならなくなります」
「そんなに大事?」
紬が不思議そうに聞く。
「SFの物語ではタイムトラベルの話ってよくあって、私、本でいくつか読んだことあるけどな」
翠も付け加えた。
「創作の物語と一緒にしてはいけません」
ズルはきっぱりと言った。
「古代人の残したゲートの大魔法は、あくまで空間を転移するものです。それが時空をも超えることができるんだとしたら、今までの前提が大きく崩れます」
「そんなにすごいことなの?それって」
「だって、千五百年前だとしたら、魔王ヴァリスが生きていた時代ですよ!?」
ズルはそう言って誰かに聞かれてはしないかと怖がる素振りをした。
「……せ、千五百年よりも、もっと昔だと思う。高天原の時代だとすれば」
「そうですか。それは良かった。……いや、良くはないな」
ズルはズルの中で混乱しているようだ。
「でも、この時空転移が本当のことだとして、僕がこの情報だけでも評議会に報告したら大変な功績になる気がする……それは僕の研究人生にとってかなりすごいことなのでは?」
ズルは途中から独り言のようにぶつぶつと呟いた。
「ちょっと!」
突然、紬がズルの背中を両手でバン!と叩いて言った。
「あいたっ!」
「ズル!しっかりしてよ!ゲートの大魔法の不思議について、重要だってことは分かるけど。ねえ!翠を見て」
「えっ」
「翠を見てったら。翠は今困っているの。ここが本当にどんなところなのかは分からないけれど、翠が予想するように、翠の祖先と今から会うのならどうすれば良いのか難しいでしょ」
ズルは翠を見た。
「翠はズルの知識を頼りにしてるんだよ。ゲートのことについてなら後で私も相談に乗るから……そりゃあ私はお馬鹿だから何も役に立たないかもしれないけれど……でも今はそんなことより翠の立場になって考えてあげてほしいの!」
ズルは立ち止まって紬と翠を交互に見た。
「た、確かにそうですね。翠さん、すみませんでした」
翠はかぶりを振った。
ズルはゆっくりと歩き出した。紬も翠もズルに倣った。
「少しだけ、一分、二分かな。時間をください。考えてみます」
ズルは難しい顔をして歩きながら考えはじめた。
翠は紬の真剣に自分を思ってくれる言葉に感動して涙目になりながら紬に感謝を伝えた。
「紬、ありがとう」
紬は歩きながら翠の両手の拳を自分の手で包みながら答えた。
「ううん。いいの。でもズルを頼ってくれたのは正解だよ。私もずいぶんとズルには助けられたから。いつものズルに戻ってくれれれば、必ず良い助言をしてくれると思う」
翠は頷いた。そう期待したい。