1
はるか数万年前の昔
神位魔法を操る古代人は約百個の銀河を支配していた
彼らは魔法と科学の技を使って銀河を縦横無尽に行き来できるゲートを建造し、
奇跡的な秘術で、数々の魔道具も作った
それらの力を人間たちに分け与えた
しかし人間と科学の組み合わせは世界を破滅させる危険があることに古代人は気付いていた
古代人たちがさらなる進歩を求めてこの宇宙を去るとき、
すべてのゲートには機械を通さない秘法が施された
こうしてかつて古代人がいた領域は科学を使わず慎ましく生きる魔法使いたちのものとなった
車列はゆっくりと滑るように、会場の施設に併設された駐車場に入って行った。皇族を一目見ようと、周りには人だかりができている。車が停車し、護衛の者が位置につくのを待ってから翠は車から降りた。
「翠さま~」
女性の声で自分の名を呼ぶのが聞こえた。
翠はおだやかに見えるよう微笑を浮かべて歩いた。
人だかりからどよめきが聞こえた。
「翠さま可愛い!!」
可愛らしい子どもの声が聞こえた。
翠は人々のほうに少し顔を向けて軽く手を上げて、振った。
おお~という声が起きた。
今日の翠の服装は薄緑のワンピースに、同じ色のふさふさとした飾り毛がついた帽子も被っていた。本当はお気に入りのポップスアーティストと同じような、もっと短いスカートも履きたいのだが……立場上それは難しい。
翠は国民からの人気が高い。公務の手伝いで外出すれば、国民は翠を一目見ようとこうして集まってくるのだ。
今日は父の宙皇も母の皇后も他の公務で別行動だった。
護衛の者が十人以上一緒だが、翠は皇族としては一人で会場に入り、貴賓席に案内された。
学術会議がはじまった。
翠は会議の最初の一時間ほどを公聴する予定だ。今回は翠からのスピーチ予定はなく、気が楽だった。
会議の議長の冒頭の挨拶。
「えー、せんだっての大地震でお亡くなりになった犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。皆様も脱帽ご起立の上、黙祷ください」
翠も立ち上がり、目を閉じて黙祷した。
この国は地震が多い。先日は地方で起きた比較的大きな地震で百人以上がその災害の犠牲になった。
二十歳になったばかり宙皇の一人娘、翠の状況は芳しくない。翠のというよりも皇室全体のと言ったほうが正しいだろう。
父の宙皇も母も年齢が進み、さらに父の弟の皇弟の三番目の皇子が女の子だったこともあって、いろいろな議論が巻き起こり始めた。
宙皇の唯一人の子、翠は女性。
宙皇の弟は三人の子を設けたが三人とも女の子だった。
何が問題かと言うと、この国の皇室は歴史の記録に残っているかぎりでも千五百年間も続いている世界でも珍しい王朝であり、それは男系によって脈々と続いた伝統を持っているからだった。このままでは皇籍の人々の中で宙皇の弟よりも年若い男子は存在せず、皇統は断絶してしまうだろう。
その対応策が真剣に議論されはじめていた。
一つの案はこう言う。宙皇に、昔のように側室を持ってもらい子をなして頂こう。
いやいや現代に側室を持つなど非常識にもほどがある。家族制度のお手本になるべき皇室が側室制度などを復活させれば、国民からの尊敬を損なうおそれがある。
では戦後に皇籍から外れた宮家の男子を宙皇の養子として皇籍復帰してもらい、皇位継承するのはどうか。
それはなかなか良い案だ。なるべく幼少の男の子を選んで翠さまの養子に迎える手もあるぞ。
翠がどう考えてるのかなど関係なく、そのような案も話し合われているようだ。
翠の思考とは関係のない内容の学術会議は進む。
翠は大学に通っているし、一般的にはまだ未熟な学士であったが、このような公務で参加する学術会議では、内容を理解しようと努めた。彼女の真面目な性格がそうさせたのであろうが、才女という噂どおり、翠は自分の地頭の良さに自信があった。
今日の学術会議は生物学に関するもので、話されている内容を理解するのに、翠はそれほど苦労しなかった。
話しを聴きながら翠は自分が置かれている立場についても少し考えを巡らせていた。
翠の先祖で十人もの請願者の話を同時に聞いて理解できたという偉人の伝説があるが、その偉人ほどではないにしても、翠は学術会議の話しを聴きながら、全く関係のない自分の考えを巡らすような頭の使い方ができた。
皇位継承に関しての翠の考えはこうだ。
私が皇位を継承して女帝になれば良い!
現代の皇室は政治に関与することはない。国の象徴として存在するのみだ。そうは言っても暗愚な次期宙皇を頂くよりも、聡明で美しい皇太子を象徴としてでも掲げたほうが国民の意気を高められるだろう。
美しい……ってところはまだまだ磨く必要があるけどね。
その点について、翠は自嘲した。
実際、翠は宙皇の唯一の子なので、翠に皇位継承権があると主張する学派もいる。女性の宙皇の前例がないわけでもない。これまでの長い皇統の歴史で八名の女性宙皇が存在した。皇位継承権は男子にだけという皇室典範にある決まりは、比較的新しいもので、歴史を遡って前例を見れば翠が皇位を継承するのに絶対だめだということはないはずなのだ。
問題はその先で、仮に翠が宙皇になり、配偶者との間に子をなしたとしても、その子は男系の皇子ではないことになる。男系ではない子が宙皇になったことは、この国の歴史上ではないことなのだ。
そんな古い伝統はなくしてしまえば良いという学派もいる。翠は内心では同じく思ったりもした。
LGBTQの理解を世界的に深めているのにそんなことを皇室が言っていたら?
そうは言ってもこの件に関して翠本人にできることは何もなかった。
この国で皇室の一時は政治の範疇であり、皇室自身は政治に関与することを禁じられているからだ。父の宙皇の意向なら、なんらか進む可能性はある。しかし翠本人が私が継承権を得たいと言っても奥ゆかしい行動を重んじるこの国の風潮で、反発を招くこと必至だ。
「そんな苦しいときに私は恩師の言葉を思い出しました……」
スピーカー越しに学者の話が聞こえた。
「諦めたらそこで終わりなんだ、と。私は諦めずに研究を続けました。そして見つけたのです。今まで培ってきた基礎的な研究のなかに答えが潜んでいたことを」
この研究者は運がいい。翠は思った。
良い恩師と出会い、諦めずに努力を続けた。そして運良く研究を成功させたらしい。
……。待って。
基礎的なことの中に答えが……。
翠は自分にもできることがあるかもしれない、と思った。
基礎的な……ものの中にね。