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級友の放浪: 賊制圧②

 野営しようとしていた場所は片付けて、一同は夜道を歩く。もう今更だと開き直って、歩きやすい街道を堂々と進んでいた。

 少し離れた先頭には賊女と村男三人。松明一つを持たせて、根城にされている村までの道案内をさせている。クラスメイトらは夜目が利くので明かりは特に必要ない。開き直りはしたが目立って新たな賊に襲われても面倒なので、闇に紛れて行動している。


 重い足取りで気怠げに歩みを進める一行。

 その中でも段々と不機嫌さが顕著になっていく相馬を、心配になった千田が窺うように声をかけた。


「紬希、実は割とキレ気味だったりする?」


 相馬は眉間に深く皺を寄せると、吐き捨てるように心の内を晒した。


「…当たり前でしょう。何度も何度もしつこく付け回してきて…終いにはあんな大勢で囲んできて。借り物のような力で運良く助かっただけで、本来の私たちであればとっくに嬲り者になってたはずだったんだよ?脅されてようがなんだろうが、捕まればどんな目に遭わされるか分かってて我が身可愛さで加担してたことに変わりないし、被害者はあくまでこっちの方なの。予想外に返り討ちにされて、じゃあ自分もそうだから私たちと同じ側に収まるなんて虫の良い話になるわけないじゃない。見逃すだけでも良心的なくらいなのに何なのあれ」


 村人だという男たちに対しての怒りが収まらないようだ。謝罪もないどころか突き放されたことに失望して責めるような顔を隠しもしないのだ。元々賊である連中への報復は確定しているが、不本意に加担していた者たちは投降しているのであれば事が終われば解放するだけだ。理由はどうあれ危害を加えようとしていたのに、棚ぼたで済みそうな男たちには不満が残るのだろう。通報できるような機関もないので、相応の罰を与えることもできない。


 相馬の滅多に見ないようなあまりの剣幕に、千田はたじたじになる。


「あー…まぁそうなんだけどさぁ…てかもうブチ切れじゃん」


 それを横で聞き流していた埴生が、そういえばと思い出して、素直な疑問を悪気もなく溢した。


「多賀谷と有原も結構アレだったけど…特に多賀谷さ、なんか手慣れてね?もしかして元ヤ—いだぁっ」

「ごめーん。ここに虫がいたと思ったんだけどぉ、あんたの足だった」

「〜〜っ!?」


 足の甲に刺されたような激痛が走った埴生は、片足をぴょんぴょんさせて涙目で多賀谷を睨む。多賀谷は剣の鞘を手に、棒読みで嘘くさいことを宣いながらさらにその足を踏みつける。埴生が上げようとした抗議は声に鳴らずに消えた。

 それを冷ややかな目で一瞥した有原はすぐに興味を失い、臼井に声をかけた。


「どう?何かいそう?」

「…野犬っぽいのが結構彷徨いてるけど、こっちを遠巻きに見ているだけみたいだ。人は…茂みにうまく隠れていれば、上からじゃわからないな」


 だらだらと駄弁っているように見える傍ら、各々のあらゆる能力を駆使して、周囲への警戒と防御を最大限に高めていた。

 魔物以上にうじゃうじゃといそうな野盗の出没を危惧しているためだ。


 臼井は〈使役術〉で一匹の怪鳥を従魔にしていた。

 使役術は多少の制約や条件はあるものの、それらをクリアすれば一時的に相手の体の自由を奪える他に、屈服させれば主従契約を結ぶことができる。

 迷いの森を出たすぐ先で遭遇したギュルルというこの魔獣は、全長一メートルほどの大きさで、丈夫で強そうな脚に鋭い目と爪と嘴を持つ猛禽類のような特徴があるが、羽は綺麗な群青色で頭の毛がツンツンしているのが印象的な鳥だ。鑑定の説明によれば、咆哮を浴びせると対象を恐慌状態に陥らせることができるらしい。

 魔獣は普通の動物より知能や戦闘力が高く、魔物のように狩や自衛以外で誰彼構わず襲うような狂気性がない。手懐けるのは難しいが、人が使役するには最も適した生物とされている。

 猛禽類好きだという臼井が一目惚れして後先考えずにテイムしてしまった時は世話をどうするのかと皆困惑したが、普段は近辺を飛んで付かず離れずで着いてきており、得意な狩で餌は適当に自前で調達して済ませているようだった。

 結果的に世話のことは杞憂となったが、この調子で考えなく増やさないようにと説教されていたのも過去のこと、今は偵察係として役立っていた。


 従魔とは簡単な意思疎通ができる他に、目や耳を共有することができる。今は従魔の目を通して離れた上空から周辺状況の把握に努めていた。異なる視点を見ていて足元が覚束ないため、臼井の手を海上が引いている。臼井は慣れない視界に酔っているのか、若干顔色が悪い。


 近づく敵は武石が〈気配察知〉で警戒し、地理は東がマッピングしている。東も〈地図〉で生物の場所を把握できるが、まだ精度が悪く敵意の有無は曖昧で、生物判定も印をつけた味方以外は人かそうでないか程度の見分けしか付いていなかった。


「少し先にポツポツと人が散らばっているけど、動きはないね。伏せてるのか寝てるのか…」


 東が浮かない顔で呟くと、武石が肩を竦めた。


「襲ってくるまではどうしようもないな。わざわざこっちから突きまわるのも面倒だし」


「マップ共有してくれる?人がいる場所の音を拾ってみるよ」


 国分が辺りを漂う精霊に頼んで集音を試みる。国分のスキルである〈精霊術〉の力の一端だ。囁くように精霊言語を呟くと、小さな光の粒子がくるくると回って、四方に飛んでいった。


 それを見ていた上総が感嘆の息を漏らす。


「その精霊言語って翻訳通しても聞き取れないんだな。なんて言ってんのかサッパリだ」

「そうなの?私は普通に話してるだけだけど…」


 国分は不思議そうに小首を傾げると、その顔が急に険しくなった。


「…どうしよう。余計なことしたかも」


 その硬い声音に、上総は胸騒ぎを覚えて表情が強張る。


「何か聞いたのか?」

「この先の…少し逸れたところで女性の悲鳴が…いえ複数の声が…だめ、入り乱れてよくわからない」


 国分は拾った声に意識が集中してしまっているのか、顔を青褪めさせて俯き独り言のように呟く。小刻みに震え始めているその肩を掴んだ上総は、顔を覗き込んで無理やり目を合わせた。


「おい、顔色が悪いぞ。一旦、音は切れ」


 国分はハッとして顔を上げた。伝えようとして口を開くが喉が震えてうまく声を出せない。呼吸が浅くなって額に汗が浮かぶ。

 上総は落ち着かせるように背中をぽんぽんと叩きながら、難しい顔でこちらを見詰めている相馬に声をかけた。


「どうする?行くか?」

「…わかってて見過ごせないでしょ」


 相馬は苦虫を噛み潰したような顔をして言い捨てると、ふいと視線を逸らしてスタスタと先を進んで行く。


 一歩引いて様子を見ていた河内が皆に伝えるように声を上げた。


「村を根城にしている一味の可能性もある。とりあえず向かうか」




 国分が示したマップの位置情報を辿っていると、遠くの方から人の声が聞こえてくるようになった。

 唯一の明かりだった松明の火を消して、目視と話が聞こえる限界まで身を潜めながら近づいて行く。身体能力の高さを活かしてかなり離れた位置にいるので、向こうからは視認できないだろう。


 身なりの小汚い男が二人。会話を盗み聞く。


「ったく…手間かけさせやがって。せっかくの酒が台無しだぜ」

「おい。こんなボロにしちまって大丈夫だったのか?これじゃ連れ戻したところでもう使えねぇんじゃ…」

「見せしめだからいーんだよ。村の奴らなんぞ元から売りもんになんねぇし。俺らがいる間だけの世話くらいしか使い道なんかねーだろ。あぁけどもうあの村もそろそろ用済みか」

「次に移るのか?」

「あぁ、今狩に出てるやつらが連れて来る分でこの辺は終いになるだろうな。もう王都から流れて来るようなやつはめっきり減っちまったから、完全に落ちたんじゃねーかって話だ。最後に上玉がまとまった数見つけられて運が良かったぜ。最後まで城に籠ってた貴族のガキ共かもしんねぇって言ってたな」

「…結構良い値がつきそうだよな」

「なんか捕まえんのにもたついてるらしくてよ、ボスに蹴り上げられたからか大勢引き連れて出かけてったが…まぁ結構な人数いたってことらしいから大方人手が足りなかったんだろ。多少傷もんになっても構わねぇってなった途端にあいつらぞろぞろと着いて行ってて笑えたわ」


 話の内容からしてこれから向かう村にいる賊共で間違いない。ここからは見えないが、悲鳴を上げていたのは逃亡しようとして捕まった村人だろう。

 欲に塗れた目で下卑た笑いを漏らす男たちの気は緩みきっていて、周囲を全く警戒していないように見える。相当な手練れなのか、単に頭が弱いのか。


 その間に相馬が淡々と〈念話〉で皆の連携を確認していく。


(咲希、皆にマップ共有して。武石、賊かそれ以外で見分けつく?)

(ああ。東、教えるから色分けしてくれ)

(わかった。敵は赤で)

(朱莉、この距離から捕縛できそう?)

(うん。見える範囲はできると思う)

(結已、賊を捕縛次第、囚われてる人たちの回復お願い)

(りょーかい)

(他は臨機応変で。周囲の警戒よろしく)


 赤の点は二つで、賊は会話していた男たちだけのようだ。それ以外に近くにある点は三つ。これが逃亡した村人だろう。


 千田が植物を操る能力で木の根を動かし、背後に忍び寄らせる。足元から絡みつくように何本もの根が這い上がって、体をギリギリと縛り上げる。違和感に気づいた時には全身雁字搦め。根の強度を上げてがっちりと固定すれば〈捕縛〉が完了する。抜け出そうと抵抗するほど、死なない程度にキツく締め上げて麻痺毒までお見舞いする仕様だ。たった今そのように改良された。


「うわっ」

「な…なんだ!?」


 賊共が混乱している間に椎名が駆け寄って村人たちを探す。木に凭れ掛かるように蹲るボロ切れを纒った男女の姿があった。


「大丈夫ですか。今回復、を…?」


 全員の反応が薄いので状態を確認するべく手前にいる男性の肩に手をかけると、パタリと横に倒れてしまった。覆い被さっていた女性が露わになり、その腕の中で小さな男の子が抱きついていた。

 三人の全身の状態を見て息を呑む。何度も殴打されたのかあちこちに打撲や骨折が見られ、男性の顔は変形して腹部の内出血も酷い。おそらく瀕死だろう。女性はかろうじて意識があるが、比較的外傷が少ないように見える子供は意識を失っている。

 椎名は込み上げるものを抑えて、三人まとめて〈回復〉をかけた。重症者相手に初めて使うスキルで、動揺や焦りの影響もあるのかなかなかうまく治っていかない。


「…手伝うよ」


 同じく駆けつけた新田が瀕死の男性を引き受けて〈再生〉をかけた。回復スキルは身体の外傷を治し、再生スキルは身体を元の状態に戻す。

 分担したことでそれぞれの体の状態が目に見えて徐々に元に戻っていく。

 痩せ細って不衛生な状態を見れば病気の疑いもあるため椎名は〈治癒〉もかける。〈衛生〉は他人にはかけられないので、滅菌だけでもと〈浄化〉もかけた。最後の仕上げに新田が全員に〈再生〉をかけて失った血を元に戻す。

 治療のフルコースだ。それでようやく一命を取りとめて血色が良くなり、呼吸が正常になってきた。ただこれだけスキルを連発してかけられたことで体力が失われたのか、元々意識があった女性以外はすやすやと眠ってしまった。


 女性は二人の様子を見ると安堵したのか涙を流した。上体を起こし、腰を曲げて頭を深く下げた。


「子と夫を助けてくれてありがとう…本当にありがとう…っ」


 治療をした二人はなんとも言えない面持ちで立ち尽くしていると、賊に加担していた男の一人がフラフラと近づいてきて、悲愴な様子で女性に詰め寄った。女性の方は男がこの場にいるのを見て訝しむ。


「お前は…なぜここに…」

「娘は…わしの娘はどうなった…」

「…わからん。隙を見てとにかく必死で逃げてきて…途中で逸れたのもおるし、ここにはアタシらだけだ」

「っ…このォ薄情もんがッ!見捨てたんか!?おのれらだけ逃げてきよって…!」

「はぁ!?アタシらがどんな目に遭ってるか見てもおらんくせに…!村にもおらんと奴らの言いなりで賊まがいのことして回りよったオメェには言われたかねぇわっ」

「なんだと!好きでやってたと思うんか!娘の命がかかってなかったらこんなこと…!」

「手伝えば助けるって!?賊が言うことなんぞ本気で信じとるとでも言うつもりか!ぶるって楽な方に逃げただけだろうが!この腰抜け共がッ」

「五月蝿え!…くそっ…くそぅ…うぅ…」


 誰もが己の身が一番大事だ。その次か並び立つのは家族や恋人か。その次は友人知人と、人の数だけ大事な人や優先順位はそれぞれ違う。人の命は法の前では平等かもしれないが、個人の前では不平等だ。大事な人と顔も知らないような他人、自分が選ばなければならない時どちらを助けるかは明白だろう。だが命の重さを測ることはそのまま自分に返ってくる。自分が守りたい人は、つまり自分を守ってくれるかもしれない唯一の人でもある。まずは自分が強くあらねばならないし、味方も強い方が良い。

 果たしてここは、強者が生き残っていく世界か、または環境に適応した者が生き残れる世界か。

 辛い社会の縮図を見せられているような光景を前に、未成熟な精神である十六歳の青少年は何を想い感じるのか。それぞれの心は揺れ動いていく。


 冷めた目でしばらく傍観していたクラスメイト一同だったが、いつまでも続く不毛な言い争いは無視して、今後の相談を始めた。


「まだ村まで距離がある。意識がない人を無理矢理動かせない。ここで留まってもらうしかないな」

「そうなると賊は連れて行くしかないか。向こうでまとめて片付けよう」

「ここにあの親子だけにしておいて大丈夫?まだ夜は長いよ」

「何があるかわからない。分断するのは反対だ」

「なら魔道具を置いていこう。確か結界系のやつがあったはず…」


 そうして親子はここに留置き、賊二人を追加して再出発した。


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