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晩餐会①

 ここにいる人たちはとても気安い雰囲気で、普段の生活の様子が垣間見えるような、他愛無い日常の会話を終始楽しんでいた。


 しばらくすると、飲食していたコーヒーのカップや甘味用の皿を片付け始めた。賑やかだった室内が徐々に閑散としていく。休憩時間が終わったようだ。


 地下フロアは一通り見て回ったので、宿泊部屋に一旦戻ることになった。

 また書斎にあるソファで一息つく。


 乃愛は少しほっとしたように口を開いた。


「普通に皆おやつは食べてたね。食料のことは考え過ぎだったかな」


 仮に食料が乏しいとして、嗜好品は気軽に食すという状況はどこかおかしい気がした。どうか杞憂であって欲しい。


 沙奈は不思議そうに首を傾げて、先ほど聞いた会話の中で気になるワードを拾った。


「セラってなんだろ。等級があるってことは牛肉みたいな?…いや、狩の賞品に肉はないか」

「でもきっと、高級品で美味しいものなんだろうね」


 それを話題にしていた人の緩んだ顔を思い出す。そういえば、あそこにいた使用人は誰も黒眼鏡をかけていなかった。

 乃愛は高級食材にあまり憧れを抱いたことがないので共感が難しい。美味しいもので連想して好物のプリンを思い浮かべてみたら食べたくなってきた。材料があれば作りたい。


「あとどこかが封鎖されてるみたいな話…私が街で買い物したいって言ったせいとかじゃないよね…?」

「うん…それは…違うと思いたいな…」


 その件はスルーしておきたい。観光したいと言って庶民二人が訪ねてきて、街を封鎖するなんて馬鹿な話があるだろうか。人混みは苦手な乃愛だが、だからといって人がいなくなった街を闊歩することに喜びを感じるはずもない。ここへ来る途中に立ち寄った、人族の国で誰もいなかった村を思い出してぞっとする。


「結局、私たちが腫れ物扱いされてることくらいしかわからなかったね。情報統制してるんだっけ。もっと上の人から話を聞くしかないかぁ」


 溜め息混じりにそう言った沙奈は考え込むように腕を組んだ。

 話を聞くと言っても、隠されているとなれば盗み聞きする他ないだろう。


「そうだね…晩餐はどうする?」

「うーん…今のところ怪しそうな動きも見ないし…もうその時にならないとわからないかもね。ちょっとリスクあるかもだけど、毒の件は幻影使っていつも通り魔道具で確かめよう」

「リスクって?」

「たぶん偉い人がいるんだろうし、そういう場って何か対策してそうで、目の前で能力使うとバレかねないかなって。使えないように制限されてる可能性もあるし…見えないところで魔道具みたいなのを使われてたりするとね。あれって、仕組みとか効果の程度とか、まだよくわからないことだらけなんだよねぇ」


 確かに魔道具は未知の道具だ。物によっては元の世界の現代技術を軽く凌駕していそうなほどだ。

 今はまだ、魔術やスキルに頼らず誰でも魔法の恩恵に与れる便利なもの、という程度の認識しかない。


「…あ、誰か来た」


 部屋に張っていた結界に反応があったので出入り口の扉があるリビングに向かう。するとノックしている音が聞こえてきた。結界がなければ気づかなかっただろうその音に、この広すぎる部屋を早くも持て余す。普通はリビングにいるからすぐに気づくものなのだろうか。


 扉を開けるとそこには女性ばかりの使用人が五名もいて、先頭に立つ人が代表して声をかけてきた。


「お休みのところ失礼いたします。じきに晩餐のためお支度の手伝いに参りました」


 まだ時間まで少し早いと感じたが、何を手伝うのか首を傾げつつ中に入りたそうなのでとりあえず招き入れる。沙奈は心当たりでもあるのか顔を引き攣らせているように見える。



 そこからは息もつかせぬ速さでお支度とやらが行われ、あれよあれよという間に全てが終わった。何をされたのか所々記憶が曖昧だが、使用人たちは満足のいく仕上がりになったのか輝かんばかりの良い笑顔で風のように去って行った。


「うぅ…」


 己の中の大切な何かがごっそりと削られたような気がして、乃愛はもう息も絶え絶え、虫の息だ。


 手始めにバスルームで全身をピカピカに丸洗いされたあと、マッサージとエステを施術されてさらにツヤツヤに磨き上げられた。

 その後はドレッシングルームで着せ替え人形となり、何かあれこれ言われた気がするがよくわからないまま頷いていると、全身隈無く採寸された後その場でドレスのサイズ直しと着付けが行われた。

 軽くメイクを施されアクセサリーも着けられてダイニングルームへ。テーブルマナーのレクチャーを受けた。おそらく知っている洋式の作法とそれほど変わらなかったはず。高校入学祝いに高級レストランに連れて行ってもらった記憶で補完ができていた。


 この間乃愛が発言できたのは「はい…あの…その…」くらいで。今はシクシクと項垂れながらダイニングの椅子に座ったまま草臥れていた。

 沙奈も隣で疲れ切った様子だが、お疲れ様と言って労いの声をかけてくれている。


「さすがにドレスコードはあるだろうから断りにくくて。ここまでされるとは思ってなかったけど…」

「そうだったんだ…制服でいいのかと思ってた…」

「日本ならそれでも良かったとは思うんだけどね」


 そう言って苦笑する沙奈だが、格好がとても様になっている。艶のある長い黒髪はシックなイブニングドレスに映えており、長身でスタイルが良いのもあってとてもよく似合っていた。

 レクチャーを受けていたときの所作も綺麗だった。元々あるどこか大人びた雰囲気も合わさって、場慣れしているようにも見える。


 一方の乃愛は服に着せられている上、既に緊張で動きはロボットの如き有り様だった。ヒールも履き慣れないので、このまま会場まで移動できるかも疑わしい。だが何より一番困ったのは、前髪だ。アップスタイルで前髪は左右に流されたので目元がばっちり晒されていた。これでは人からの視線をより強く感じてしまって余計に相手の顔が見れなくなる。長い前髪を危うく整えられそうになった時は、気づいた沙奈がフォローしてくれなければきっとべそをかいていた。そのため一時的に髪を横に流す程度は受け入れなければと己に強く言い聞かせるも、開けた視界にどうしても顔が青褪めていくのを止められない。


「…大丈夫そう?」

「ぅ、うん…でも、あの、もうちょっと…」


 心配そうな沙奈に顔色を窺われるが、動揺をまだ抑えられそうになくてまともに返事もできずにいると、またノック音がして肩を揺らす。

 きっと、もう時間だ。


「腕掴んでていいからね。行こう」

「あ、ありがとぅ…」


♦︎


 案内してくれたのはジンバウムだった。

 主催側は慣例に則る格式張ったもてなしをするが、主賓となる二人は儀礼など気にせず流れに身を任せてくれるだけで良いと言う。


 行き先は食堂ということだったが、通された所はダンスホールの間違いではないかと思うほど広く、溢れんばかりの装飾の輝きが照明で反射して目が潰れそうになった。


 沙奈と乃愛が入場すると、聞こえていた話し声はピタリと止み、脇に控える音楽隊が静かに演奏を始め、果てしなく横長いテーブルの周りを囲んでいたスーツやドレス姿の男女様々な人たちが皆一斉に体ごとこちらを向いて直立不動となった。

 全員素顔を晒しているが、この時ばかりは目元を隠しておいて欲しかった。


 大勢からの強烈な視線と厳かな雰囲気に呑まれて腰が砕けそうになるも、腕が離れそうになった乃愛を沙奈がさりげなく支えてくれたので、かろうじてその場には立っていられた。だが体は蛇に睨まれた蛙の如く硬直していて、今にも泡を吹いて気が遠のいていきそうだ。


 促されるままテーブル中央の席に向かうと、目の前には今朝見た顔の首長夫妻が微笑を浮かべてこちらを見ている。

 透明な液が入ったグラスを皆が手に取って、目の高さに掲げた。


「雷神様の変わらぬご加護に感謝を捧げます。乾杯」


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