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東の事情

ーー>序章最終話「旅立ち」

「私の、ためだよね。いつまでも言い出せなくて本当にごめんなさい。私…特殊な体質持ち、だというか…」


 東が深刻そうな面持ちで告白を始めた。

 それを聞いて、相馬はここに来た初日のときのことを思い出す。


「そういえば、咲希はてんかん持ちって話だったけど、今はどうなの?」

「えっと…それはたぶんもう大丈夫そうで。身体が作り変わったからかな。それは本当に嬉しいことのはずだったんだけど、それとは別の…問題が出てきて…」


 言い淀む東を見て、埴生が戸惑いながら口を開いた。


「俺も、身体が違うから薬使うのは止めてたんだけど、なんとなく喘息はもうない気がしてる。だからって代わりに別の何かがあるってこともないけど…」

「うん…私だけ魔人だってことが影響してるのかもしれなくて…そのことを調べるために美濃さんが今回のことを提案してくれてたの。ふたつ問題があって、一つはその…鏑木が持ってる聖剣なんだけど…」

「え、俺?」


 まさか自分が関係してるとは思いもせず、鏑木は狐に摘まれたようにキョトンと呆けた。


「それを見るだけで私すごく怖くて…。うまく言えないけど、本能的に生命の危機を感じるというか…どうしても身が竦んじゃうの。書庫で扉を閉めちゃったのは、私なの。あの大きな光を見て思わず…。私もまだよくわかっていなかったのもあるんだけど、黙っててごめんなさい…」


 東はその時のことを思い出して、顔が青褪めていく。剣から放たれていた光で、そのまま自分も消滅してしまいそうな錯覚を全身で感じた。


「そ、そうだったのか…。それは別にいいんだけどよ。てかこれ、本当に呪いの剣なんだな…」


 鏑木は動揺を隠し切れず、聖剣を仕舞ってあるバッジを見つめて放心する。この剣の正体は分からないことばかりだ。〈鑑定〉でも聖剣としか表示はされず、使うたびに新たな発見が出てくる状態だ。今回のことは、その中でも一番の衝撃になった。


「私だけそう感じるみたいだから、魔人に対してだけなのかもしれない。あの遺跡にあった魔人への本当の脅威ってたぶんそれのことだと思うし…」

「まぁ…それは調べていったら何となくそこに辿り着いてはいたけどよ…でも体質って…マジかよ…」


 ショックウェーブが次々と押し寄せて、鏑木は頭がくらくらしてくる。


「でもそれは見えていなければ大丈夫だし、気をつけるようにする。…鏑木も協力してくれるかな」

「それはもちろん。戦闘方法考えておくわ」


 工夫すれば回避する方法などいくらでもあるだろう。鏑木の手から離れないこの剣は忌々しいことこの上ないが、致命的な弱点になる武器が敵方の手に渡らずに済んだという見方もできる。


「ありがとう。それでもう一つの方がちょっと重たくて。私の身体を維持する主な栄養って…その、人の血…かもしれなくて…」

「ち?…って血液のこと?今まで普通に同じ食事をしてたのに、あれじゃダメだったの?」


 相馬はこれまでの事を思い出して首を傾げた。そんな素振りは全く見られなかった。


「うん…普通の食事も摂れるし美味しくも感じるんだけど、それだけではお腹はほとんど満たされてなくて…」

「え、待って。ここに来てから、もう…五日目じゃない?今、大丈夫なの…?」


 ご飯を血液に置き換えて考えれば、五日も何も食べていないということになり、有原はその状態を想像して慄き始める。


「もうあんまり大丈夫じゃない、かも…。始めは何でかわからなかったんだけど、空腹感が増してくるたびに人の血が…欲しくなってきて…うぅ…」


 弱々しい声で話す東は、言葉にしながら己の人外なる思考についていけなくなり、俯いて泣き出してしまった。

 しかしそれに構わず、血相を変えた有原が声を上げて叱りつける。


「ちょっと!それは早く言いなよ!それこそ命に関わるじゃん!」

「っ…ごめ…でも、こんなの…どうしていいか…」


 嗚咽を漏らして、東はぐずぐずと涙が止まらない。


「もう…。身体が変になってるのはみんな一緒なんだし、今さらだって。それに血液が必要っていうのが加わっただけでしょ。それで、血ってどれくらい必要なの?」


 溜め息を吐いて一旦冷静さを取り戻す有原。話を促すため、落ち着いた声音でゆっくりと語りかける。

 一頻り泣いた東は、ぽつぽつと胸の内を語っていく。


「それは…飲んでみないとわからない…。普段はそんなに必要ない気もするけど、今は全然摂れてなかったから、結構欲しいかもしれない…」

「飲むのね。それって私たちの誰でも良さそう?量にもよるけど、一人だと厳しいかもしれない」

「それはたぶん、誰でも大丈夫だと思う。そもそも人限定なのかもわからないの。でもさっき見かけた鳥は欲しいと思わなかった…」

「なるほど…。それで、どうやって飲むの?コップとかに入れた方がいい?」


 有原が一つ一つ確認しながら聞き出していると、東が急にもじもじとし始めた。


「あの…もしお願いできるなら直接の方が…」

「え、直接って…どういうこと?」

「噛んで…そこから溢れた血を吸うっていうか…。もう…なんでこんな…。さすがに気持ち悪いよね」


 反応が怖くて相手の目を見れなくなった東は、両手で顔を覆い隠した。


「ああ…えっとそれは…私は大丈夫なんだけど、男子はなんかちょっとやめておいた方がいいような…」


 その光景を思い浮かべた有原は、頬を少し赤らめて気まずげに周囲を見た。

 男子らも気まずそうに目を泳がせていたが、河内は平然としていた。


「命に関わるし緊急時はそんなこと言ってられないとは思うが、普段そんなに必要ないなら、気になるだろうしそうした方がいいかもな」


 顔を晒した東はしかし目は見れずに俯いたまま、震え出さないように両手を強く握りしめた。飲めるかもしれないという期待の高まりと共に、渇望を抑えきれなくなってきていた。


「我儘ばかり言ってごめんね…。あの、噛んだ瞬間は痛みがあるかもだけど、すぐにそれは消えて、飲み終われば傷も塞がるはずだから…」

「あ、そうなんだ。じゃ、はやく飲みなよ。五日も絶食だったなんて、かなりやばいって」


 そういうことも自然とわかるものなのかと頷いた有原は、どうして良いか分からず、とりあえず腕を差し出した。


「えっと…ありがたいけど、みんなが見てる前では…」

「あ、だよね。ごめん。じゃあ、ちょっとあっち行こう」


 有原は配慮に欠けていたことを反省しつつ、戸惑う東の手を引いてその場を離れようと動いた。

 その背中に向けて新田が声をかける。


「どれだけ飲むかわからないけど、状態が貧血ってなったら止めるからね。血液を元に戻すことはできるけど、死んじゃったらどうしようもなくなるから」

「わかったけど…さらっと怖いこと言うね…」


 そこまで想像できていなかった有原は、思わず振り向いて冷や汗をかく。


 二人は離れすぎない程度に距離をとって、木陰に隠れた。


「で、どこからいく?手首とか?…は、なんかちょっと怖いな…」


 有原は新田に言われたことが頭に過って少し尻込んでしまう。


「あ、じゃあ首筋からでもいい?」


 東からの提案に、有原はほっと息を吐いて首元を晒した。


「なるほどね。血管も太そうだし見えないから平気かも」

「それじゃ、失礼します」

「う、うん…どうぞ」


 前置きがあるほど緊張感が段々と増していくことに気づいた有原は、思わずぎゅっと目を瞑った。


「んっ…」


 首筋に一瞬強烈な痛みが走った後、すぐに緩和されて麻痺したかのように痛みが消えていった。ドクドクと血が抜けていく感覚だけが脳に伝わり、頭がぼうっとしてくる。


「ありがとう。すごく美味しかった。なんだか生き返ったみたい」


 気づけば東の上気したような顔が目の前にあった。終わったようだ。


「そ、そう…?それは良かった。なんかこれ、すごい背徳感あるな…」


 東は相当満足したのか満面の笑みでお礼と感想を伝えてくるが、された側としては言いようのない羞恥がじわじわと込み上げてきていた。

 首筋に触れるが、痛みや傷が一切残っていない。血などが溢れてもいないのか、終わってみれば元から何もなかったかのようだった。ただ体から何かが抜けたような重怠い感覚だけが後を引いていた。


 満腹そうな顔の東と、気恥ずかしさを隠しきれない有原が、皆の輪に戻っていく。


「…終わった?んー、貧血にまではなっていないみたいだけど、念のため戻しておくね」


 新田が有原をじっと見つめて体に異常がないかを確認するが、身体的な問題は出ていないようだった。しかしどこか様子がおかしいので、再生の能力で血を回復させておく。


「一日どれくらい必要かわかりそう?」

「うん。毎日摂取すれば、一口だけで大丈夫そう」

「それくらいなら問題なさそうだね。どうなるかわからないんだから、もう我慢はしないこと、いい?」

「うん…」


 相馬にも窘められて、反省の顔を向ける東。

 ほっとした笑顔を向け合う皆の様子を見て、場が一段落したことを確認すると、沙奈が話を再開させた。


「聖剣のこともあるし最初は東さんも一緒にって思ったんだけど、私だけじゃ血に関しては心許ないし、だからって人数が増えるとそれはそれで動き難くなるから。魔族の国には、主にこの体質について調べたいの。魔人特有のものなのかどうかも含めてね。もしそうであれば、解決策がそこにあるかもしれない」


 東と有原の様子を観察していた沙奈は、言いようのない焦燥感が増していた。この件はそれほど時間はかけられないかもしれない。


「そういうことか。うーん…こればっかりは、隠れたり転移できる美濃が適任になるのか。でも俺らが血を分ければ何とかなることなんだから、無茶だけはするなよ」

「うん、そうする」


 沙奈の行動理由に一応の納得を示した河内だったが、そうは言っても危険なことに変わりはない。他の皆も一様に不安げな目を沙奈に向けている。


「美濃さん、ごめんね…私のことなのに全部任せるしかないなんて…。本当に無理だけはしないでね。みんなが協力してくれるなら急ぐことでもなくなるし、もしそれで何かあったら…その先私だけのうのうと生きてはいけないよ…」


 東にはもう一つ、まだ皆に明かせていない事があった。

 魔人である理由は不明だが、なぜ自分だけがこんな体質であるのかについては、心当たりがあった。今はこの異様な世界にいるからか血のことを受け入れてくれたが、元の世界でも同じような目で皆を見ていたなんて、そこまで知られたらこれまでの関係は崩れてしまうだろう。

 身体が作り変わった時についでにそれもどうにかしてくれたらよかったのだが、身体的な病気や怪我は治っても、それ以外のことはどうやら引き継がれてしまったようだ。調べてくれるという沙奈には断腸の思いで打ち明けてあるが、解決策がなくてもそれは仕方のないことだと半ば諦めている。

 元の体質とはまた別の性質になっている部分もあるが、元々似たようなものを抱えていたためこれとの付き合い方は生まれたときから知っている。これまでは家族が血を用意してくれていたが、それをクラスメイトが代わってくれるのであれば、これまでの延長と捉えていくだけで良い。妙な秘密を抱えなくて済んで、今までよりもむしろ気が楽になった。

 それがなくとも東は既に散々と引き留めてはいたが、頑として行こうとする沙奈に、他にも何か理由があるのかもしれないと察して、それ以上の言葉を呑み込んだ。


「無理はしないから大丈夫。だからあまり期待はしすぎないで。もしかしたら空振りになるかもしれないし」

「そんなことは全然いいの!美濃さんの無事を最優先にして。約束だよ」

「わかった、約束ね」


 沙奈と東は指切りして約束を交わした。その場に、乃愛が割り込むようにして前に出てきた。


「あ、あの!わた、わたし…ついて行くっ」

「え?」


 急に言われて、どういうことかと誰も頭が追いつかず、皆呆気に取られてしまう。

 乃愛の中では叫ぶように言い放っているが、周囲にはか細い声にしか聞こえていない。


「ま、守るから」


 乃愛は悲壮な形相で沙奈を見つめて、そう宣言する。

 意図は読み取れた沙奈だが、単独行動が肝でもあるので、承服はしかねた。


「えっと…でも危ないし、ノアはみんなと一緒に—」

「でで、でもそれはっ!サナちゃんもでしょ。転移できても、当たったら、痛いんだよ。か、回復も必要だしそれにそれに」


 捲し立てるような剣幕で言い返してくる乃愛に、沙奈は思わずたじろいでしまう。何をそんなに必死になっているのかが理解できない。


「わかった、ちょっと落ち着こう?」

「…うん。でもついて行くから」

「うーん…」


 このまま乃愛を喋らせ続けると呼吸困難に陥りそうに見えた沙奈は、一旦考える素振りを見せることで落ち着いてもらう。それは成功したものの、交渉の余地はないとばかりに先に言い切られてしまった。


「決意は固そうだぞ。一人くらいは大丈夫なんじゃないか?確かに美濃は回復系がないんだし、守りはあった方が心強いだろ」


 沙奈の袖まで掴んでいるのを見た河内が苦笑して、乃愛に助け舟を出す。


「…」

「弱ったなぁ…」


 むすっとした態度で黙り込む乃愛を前に、沙奈は眉尻を下げて途方に暮れる。

 しばらく間を置いて悩んでいたが、沙奈の方から折れるしかなかった。


「はぁ…わかった。ただし、危険だと感じたらすぐ帰すからね」

「…その時は、サナちゃんも一緒だよ」


 終始一貫した乃愛の様子に、沙奈は目を瞬かせる。言動は稚拙で不器用にも見えるが、気持ちはストレートに伝わってくる。これが乃愛なりの接し方なのだろうか。勝手気ままに動けなくはなったが、不思議と悪い気はしなかった。


「志津さん、ありがとう。美濃さんのことよろしくね」

「うん」


 沙奈を折れさせたことに勇姿をみた東が乃愛にエールを送る。


「じゃあ、行くけど…絶対離れちゃだめだよ」

「うん」


 沙奈が乃愛の手を引いてその場を離れようとした時、君島から声が掛かった。


「美濃、行く前に…ちょっとだけいいかな」


 君島は沙奈を連れて皆と少し距離を取った後、ある事を耳打ちした。


「…は?」


ーーーーーーーーーーーーー>

NEXT?君島の事情extra

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