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旅立ち

♦︎


 自分たち以外の人の気配が周囲から消えたのを確認すると、沙奈は徐に口を開いた。


「…そろそろ良さそうね。それで、みんなスマホを出してくれる?」


 皆は目を瞬かせて、既に忘れ去っていたそれのことを思い出す。

 地下牢に閉じ込められていたとき、私物で真っ先に確認した携帯通信端末のことで、電波どころか電源すら入らなかったはずだ。


「え?今さらなんで…使えなくなってたよ?」


 言われるがまま収納バッジから端末を取り出すが、国分が困惑顔で首を傾げた。


「あぁ、やっぱり最初に確認してみてから触ってなかったのね。今は扱えるようになった魔力をそれに流せば、起動させることができるはずよ。どうやらこれも魔道具になったみたい」


 平然と言ってのける沙奈だが、衝撃の事実を前に皆動揺し始める。


「うそ…!?」

「まじか」

「もっと早く教えといてよぉ」


 その様子に沙奈はばつが悪そうに視線を泳がせたが、誤解を招きかねないのですぐさま説明を付け加える。


「ごめん。言おうと思ってたんだけど、フォルガーさんが突然現れて言いそびれたままだったの。バッジはいいけど、あの場でみんなスマホを取り出されても困るし…。あと起動できるからって、元の世界と繋がるわけではないからね?」


 淡い期待が生まれそうだった面々は、それを聞けばあからさまに落胆して興味まで失いかける。


「あ、そうなんだ…。じゃあ何に使うの?てかこれは鑑定できないんだね」


 校章バッジのように全く違うタイプの道具に生まれ変わったのかもしれないと、手にしている端末をじっと見つめた千田だったが〈鑑定〉は全く反応しなかった。


「もしかしたらこの世界にないタイプの魔道具になるからかも」


 校章バッジの性能は価値判定されないほど唯一無二のものであったが、収納魔道具という括りでは一般的に知られているものだった。

 ちなみに、沙奈、乃愛、新田、河内はスキルに収納があるためなのか、バッジは魔道具化していなかった。


「うわ、普通に起動した。やば…なんか泣けてきた。写真見れるだけでもすごい嬉しい」


 起動した画面に映る壁紙の写真を見て、有原が唇を震わせて目尻に涙を溜めた。家族や友人たちの姿が頭に思い浮かんでくる。もう会うことができないかもしれないと思うと悲しみで心が押しつぶされそうになるので、なるべく思い出さないようにしていたが、元の世界のものに触れるとどうしても思い起こされてきてしまう。辛くなるので考えないようにしていただけで、決して忘れたいというわけではなかった。


「圏外…まぁそりゃそうか…。通信できない以外はそのまま使える感じだな。時計は…十四時半…これ、どっち基準なんだろ」


 上総は〈鑑定〉ができないと分かると、実際に色々と動かしてみて活用方法を思案していく。


「時計はたぶんこの世界基準だと思う。一日二十四時間は変わらないけど、一年は五百七十六日もあるらしいんだよね…。地球換算で一月四十八日になるけど、ここでは四季と週六日でしか一年を分けてないみたい。今は地暦三一〇二年秋五の地。空に見えてるあの月っぽいのも翻訳されるから普段気にしなくてもいいけど本当の月ではないしね。確か…ルノ、だったかな」


 ここ数日の内で端末を検証していた沙奈は、相馬の書庫の本で得た〈記録〉も頼りに、この世界の普遍的な事柄ついて少しずつ分かってきたことがあった。


「え、ちょっとついていけなかった…つまり誕生日がわかんなくなっちゃったってこと…?」

「まぁ…うん…そうなるのかな。鑑定でステータスの年齢が更新された日が正確な誕生日になってくるのかも…」


 椎名は頭が混乱してその話をどう受け止めて良いかわからず、自分の誕生日に繋げて整理しようとした。

 そのことをあまり深く考えていなかった沙奈は面食らう。


「でも一年が…寿命が二百年だから…実質三倍に…」

「うん、この辺ちゃんと考え出すと怖いからもうやめとこ?」


 突き詰めるようにぐるぐると考え始めた椎名だったが、沼に嵌りそうで千田が思わずそれにストップをかけた。


 気を取り直して沙奈が本来の用件を告げる。


「話逸れちゃったけど、これを見て欲しかったのは、相馬さんと試していて、ここにあるスマホ同士であれば通話やチャットアプリが使えるっぽいことがわかったからなんだよね。魔道具の仕組みはよくわからないけど、電波とかじゃないみたいだから、通信範囲は気にしなくても大丈夫だと思う。使えるものは全部活用していきたいから、連絡先を交換しておいて欲しいんだけどいいかな?」

「へー、そうなんだ。もちろんいいよ!」


 皆と連絡先を交換していくが、それが必要なのは沙奈と乃愛くらいだった。

 相手が持つ端末の画面が見えた国分が首を傾げた。


「…あれ?それ起動してるんだよね?画面暗いままだけど…」

「これね、所有者じゃないと使えないみたいで、本人以外は画面も見えないし音も聞こえないんだよね」


 互いの端末を見せ合って、目を丸くする一同。


「へぇ。なんかさ、何から何までお膳立てしましたって感じだよね。これも加護の神様関連だから?何でもできるなら元の世界に帰してくれないかなぁ…」


 多賀谷が興味が薄そうに平坦な感嘆を漏らすと、へらっと可笑しそうに笑った。最後の言葉は行き場がなくて、独り言のように呟かれた。


 沙奈は真面目な顔つきとなって皆を見渡す。


「それなんだけど…。召喚を実行したのは人族かもしれないけど、それを可能にしたのはやっぱり神が関わっているからだと思うんだよね。全員に加護があるのも何か意味がありそうだし。だから、帰るためには、神にお願いして叶えてもらうこと、対話も必要になってくる気がしてる。召喚石とは別に、今後はその方法も探っていきたい」


 そこで一呼吸置いた沙奈は、それが極めて困難でありそうなことに、目を伏せて肩を落とす。


「それで、私って才能に次元っていうのがあって。やろうと思えば世界を跨いだ転移もできるはずなんだよね。でも地球には転移できなかった。必要な魔力が全く足りないのもあるけど、この身体になってから認識した場所のみっていう制限もあるかもしれない」


 新田が忌々しげに口を開いた。


「私は才能に神託があるから対話を試みたけど、こちらからコンタクトを取れるものじゃなかった」


 顎に手を当てて何事か考えていた相馬は、国分の隣に鎮座している巨狼をチラッと見ると、気になっていたことを告げた。


「里桜が召喚している先の幻獣界っていう異界も…地母神が従えている聖獣ってたぶん幻獣のことのような気がするから、無関係ではなさそうよね。ただ、ここにいるメンバーには地母神からの加護はないみたいだから、そういう意味では関係ないのかもしれない」


 今ここで分かることはほとんどないに等しい。

 相馬は頭を切り替えて、目先のことに思考を集中させる。


「ここら辺は人族の国が集まっているみたいだから、まずは人がいるところに行って情報収集かな。遺跡にあった本は古すぎるから、現在と事情が全く違っていそうだし。特に人族の方の地理は様変わりしてた。それと、当面の生活基盤も考える必要がある」


 譲って貰った地図を広げて、皆でそれを取り囲みながら、直近の方向性を検討していく。


「じゃあ、どこ行く?たくさんの国を回れそうな西側とか?」

「あんまり乗り気はしないけど、神関連であれば宗教国家っぽいところは行っておいた方がいいのかな」

「でも人族の国ばっかりっていうのもな。他の種族は東側に集中してるんだよな」

「確かに…。信仰している神は、獣族が風神、龍族が水神、オーガ族が火神、だっけ。運命神と雷神がわからないんだよな…今は魔族の情報がないからどっちかである可能性はあるけど」

「ここから東にも人族の国はあるし、そっちから回ってみる?」

「んー…そうしよっか。それまでに、私たちの素性についての設定も詰めておかないとね。それで、とりあえずこの森から出たいわけだけど…」


 初動が大体決まったことで、現状に目を移す。

 誰もが目を逸らしていたが、現実を受け止めなければならない。


「ここ、迷いの森ってなってるんだけど」


 引き攣る顔で武石がそれを言ってしまう。


「迷うのはもうお腹いっぱい」


 上総がげっそりした顔で弱々しく呟いた。


「今回は外なんだしどうとでもなるって。まずは咲希、ここのマッピングはできた?」


 げんなりとしてきた空気を払拭するかのように、相馬は努めて明るい声を上げた。


「うん。範囲も広がったから、この森全体とその周辺も少し見えてるよ」

「武石、近くの警戒よろしくね」

「了解。今のところ動物くらいしかいないみたいだ」

「朱莉は植物が操れそうなんだよね?何か変化があったら、教えてね」

「初めてやるから手探りになるけど、試してみるねー」

「あとは…美濃さん、いけそう?」

「うん、やってみるよ。みんな、ちょっと…離れてくれる?」


 沙奈に言われて、皆首を傾げながらも少し距離を取った。

 すると音もなく沙奈の足先が地面からゆっくりと離れていき、徐々に体ごと上方へと浮き上がっていった。


「うぉ、浮いた…!?」

「あ、そういう…」


 驚愕の声を上げるも距離を取った意図をすぐに察して、男子らは気まずげに視線を下げた。


 そのまま上昇して森の外へ出る手前で、沙奈の姿が掻き消えた。目立つので傍から見えないように幻影をかけたのだろう。

 乃愛には見えているが、配慮して見上げないようにしている。


 しばらくすると、地面に着地した沙奈の姿が静かに現れた。その顔はどこか強張っているように見える。


「…向かう方角はあっちで良いと思う。この森の中に魔族が入り込んでいるかまではわからないけど、周辺にはちらほらいるのが見えた。捜索してるのか単にまだ伝令が行き渡っていないだけなのか…判断つくまで森は抜けない方がいいかもしれない」


 別の気がかりもありそうに見えたが、内容は凡そ察していた通りではあるので相馬は溜め息を吐いた。


「そう…まぁついさっきのことだしそれは仕方ないか。追跡しないことを守ってくれたとしても、堂々と見られながら動きたくはないよね。警戒しながらギリギリのところまで進むとしても…出てきた先をまだ悟られるわけにはいかないから、最低でもここで二泊は確定かな」


 フォルガーの話によれば、この森は王家が管理していた神聖な場所で、人の手が入るのを一切嫌っていたらしい。なぜか魔物は寄り付かないようで、ここにいるのは動物くらいだろうという話だった。


「さっき見渡せた範囲であれば転移で一気に森の外に出ることもできるけど、この場合は目の前の状況を見極めながら確実に進んでいった方が無難かもね。この国に人族がまだ残っているのかは…かなり怪しいかもしれない」


 最後に呟かれた沙奈の言葉に一同は顔を強張らせる。背中に冷たい汗が一筋流れたような気がした。


「マップは人か動物か魔物か…生物の種別ができないかまた改良を進めておくよ」


 不安を少しでも和らげようと、今出来ることを東が口にした。

 マップの汎用性は相当高く、スキルの成長性は誰よりも際立っていた。活躍の機会が多いというのもあるだろう。


「うん、よろしく。…で、美濃さんはこの後、本当に一人で別行動するつもりなの?」

『え!?』


 耳を疑うような相馬の一言に、皆驚きのあまり一斉に沙奈を凝視した。


「…うん、そのつもり。魔族の国に行っておきたくて。でも海で隔たれて簡単には行けそうにないよね。人族と対立してるなら交流もないだろうし、占領軍がまだいる内に、紛れ込んで行けないかと思って。戻ってくるのは転移でどうにでもなるから」


 沙奈は居心地悪そうに視線を彷徨わせて、捲し立てるように一気に説明した。


「でも…今は相当ピリピリしてるし危険すぎるよ…。他の国で魔族のことを調べるのじゃダメなの?」


 国分が青褪めた顔で止めようとする。

 皆もなぜわざわざ行く必要があるのかと、困惑した表情を浮かべている。


「行けるのは今がチャンスだし、実際行ってみた方が確実だと思ってる。ちょっと特殊な理由もあってね」

「じゃあ私たちも…」

「目立つからそれはだめ。離れていてもスマホで連絡は取れるし、相馬さんが念話を送ってくれれば逆探知して転移でいつでも合流はできるから、そんなに大袈裟に考えなくても大丈夫よ」

「でも一人だなんて…魔族の国じゃなかったとしても、そんなの無茶過ぎるよ。美濃さん、本当に平気なの?無理してない?特殊な理由って…」

「魔族とあんな別れ方をしたからね、多少不安はあるけど、無理はしてないよ。それだけ重要なことでもあるの。理由については…」



東の事情extra ーー>



♦︎


 森の中を歩く二人の姿があった。

 原生林のように見えるここには人が歩けるような道などはなく、地面は凸凹としていて、木の根や倒木、苔などが足元を不安定にしている。

 そんな中を、高い身体能力を活かして、二人は軽やかな足取りですいすいと進んでいた。


「もう、急に頑固になるんだから」

「だ、だって…」


 沙奈は少し頬を膨らませて、肩を竦めた。その顔色を窺うように、乃愛はもごもごと言い淀む。


「心配してくれるのは嬉しいけど、私もそうなんだからね。…はぁ、ほんとに無茶なことはできなくなったかなぁ…」


 息を吐いた沙奈は、そのまま本音も漏れ出ていた。

 小声だったそれを、乃愛は耳聡く聞き逃さなかった。


「…やっぱり、そうだったんだ」


 乃愛のぼそりと呟かれた低い声音にギクリとした沙奈は、慌てたように言い繕う。


「あ、いや、より慎重に動かないとって意味で…」

「慎重になって欲しいから、一人にはしない」


 乃愛は力強い口調で、真っ直ぐ見据えた目を沙奈に向けた。

 その意思の固そうな様子に観念した沙奈は、眩しいものを見たかのように目を眇めて小さく笑みを浮べた。


「…ふふ。ノアって、なんでジョブがガーディアンなのかなって始めは思ってたんだけど、今は不思議と向いているように思うよ」


 思ってもみなかったことを言われて、乃愛は虚を突かれたかのように尻窄んでしまう。


「…そう…かな。じ、自分でも我儘言ってるって、分かってるんだけど、でもこれだけは…」


 どう思われても、どれほどの理由があったとしても、知らない土地で一人きりにさせるなど、乃愛にはどうしてもできなかった。そのようなこと、想像するだけで恐ろしいし寂しいことだ。そう思うだけで悲しくて涙が溢れてくる。誰であっても絶対そうなるはずだ。平気なわけがない。

 だからといって説得できるような上手い言葉も言えずに、己の不安をただぶつけて、聞坊のように駄々を捏ねて無理矢理付いて来てしまった。

 それでも何かがあってからでは遅いのだ。困らせていることが分かっていても、行動的な沙奈に対しては押し通すしかなかった。


「いいよ。お互い見張ることができれば、安心できそうでしょ?これからよろしくね」

「う、うん、よろしく…」


 沙奈は軽い調子でそう言うと、歯を見せて笑顔を向けた。

 見張るという言葉に少し引っかかりを覚えながらも、ひとまず受け入れられたことに乃愛は胸を撫で下ろして頷き返した。


♦︎


 夜の帳が下りる森の中、二つのテントがぽつんと建っていた。


「…」


 寝袋に包まって横になった新田は、昨晩、沙奈に言われたことを思い出していた。


 “自分が奪われたからといって、他の人も奪っていい理由にはならないよ。その一線を越えてしまえば、元の世界に戻れたとしても元の日常に戻ることはできなくなるんじゃないかな。押し付けるつもりはないけど、もう少し考えてみて”


 フィルター越しに見えるこの世界では、己の全ての感情が抜け落ちているせいか、色が褪せてモノクロのように映っている。

 つまらない映画を延々と見せられているようで、苦痛しか伴わない。

 ここでの事情や善悪などどうでもいいし、現実味もない。


 だが、クラスメイトだけは違う。

 ここで唯一自分を見失わずにいられる、元の世界の匂いだ。

 今の自分にとってはそれだけが救いで、心を癒してくれている。


 王子たちの異変を乃愛が気づいたままに暴露した為、その後は随分と面倒なことになった。おかげで今もその影響下にいる。


 しかし終わってみて子どもたちの笑顔を見たとき、少し心が揺れ動いた。皆もこの選択に後悔はしていないようだった。

 もしあのまま見て見ぬふりをして後からその事実に気づいた時、普段通りを装って過ごせていただろうか。

 今のように元の世界を思い出させてはくれただろうか。

 何となく、そうはならなかったような気がする。


 それでもどこか、ここに来てから皆少しずつ心境の変化があるのを感じている。


 そのなかでも、志津乃愛の存在は特異だった。

 この世界にいても、ありのままの姿をずっと保ち続けている。

 まるでまだ教室にでもいるかのようだ。

 それは今の自分にとって、宝石のように輝いて見えた。


 一時離れてしまうことになって少し寂しくは感じるが、どうかいつまでも変わらずにいて欲しいと、この世界の神ではない何かにそっと願いながら、静かに眠りについた。


ーーーーーーーーーーーーー>

序章【完】 次回、extra

次々回、第一章開始

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